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カルチュラル・アイデンティティの諸問題

ホール, S.・ドゥ・ゲイ, P.編,宇波 彰監訳 2001. 『カルチュラル・アイデンティティの諸問題――誰がアイデンティティを必要とするのか?』大村書店,342p.,2600円.

出版されて少したって,けっこう古書店でも見かけていたので,いつでも買えると高を括っていたものの,Amazonでは中古で高価で取引されるようになってしまった本の一冊。最近は古書店ではすっかり見かけなくなり,Amazonでは1万円近い値段で中古品が出回っているので,とりあえず「ほしい物リスト」に入れておいたら,ある日4000円台の中古品が出ていたので,すかさず購入したもの。ステュアート・ホールもポール・ドゥ・ゲイもあまり日本語では読めない重要な研究者である。その他にもけっこう著名な文化研究者が名を連ねる本書に翻訳があるというのはけっこう貴重。ちなみに,目次はこんな感じ。

ステュアート・ホール「誰がアイデンティティを必要とするのか?」
ジグムント・バウマン「巡礼者から旅行者へ,あるいはアイデンティティ小史」
マリリン・ストラザーン「アイデンティティの権限付与?――生物学,選択,新しい生殖テクノロジー」
ホミ・K・バーバ「文化の中間者」
ケヴィン・ロビンス「トルコ/ヨーロッパ,干渉するアイデンティティ」
ローレンス・グロスバーグ「アイデンティティとカルチュラル・スタディーズ――それがすべてか?」
サイモン・フリス「音楽とアイデンティティ」
ニコラス・ローズ「アイデンティティ,系譜学,歴史」
ポール・ドゥ・ゲイ「組織するアイデンティティ,企業管理と公的経営」
ジェイムズ・ドナルド「市民と都市民」

監訳者の宇波氏は,かなり以前から翻訳だの著書だの精力的に活動している人だが,確か長い間大学には職を持たず(高校教師か何か),フリーで活動していた人だったと思う。その仕事量には敬服すべきだが,彼の翻訳に疑問を抱く人もいなくはないらしい。まあ,全章を彼が翻訳しているわけではないのだが,近年非常に多くの著書が翻訳されているバウマンの名前は「ボーマン」と記されているし,『サイバー・メディア・スタディーズ』という書名で翻訳の出たロビンスも「ロビンズ」と表記されている。間違いではないのだが,他の人には追随しない妙なこだわりがあるというところだろうか。私も多少は馴染みのあるカルチュラル・スタディーズ論者の論文集であるはずなのに,ちょっと読みづらかったのは訳のせいではないと思うが。
雑誌『現代思想』の「ステュアート・ホール」特集号(1998年)にも「文化的アイデンティティとディアスポラ」というホールの論文が掲載されていたがホールのアイデンティティ論はなかなか難しい。もちろん,思想系の人々は皆難しい議論をするのだが,大抵はフーコー的とか,デリダ的などと表現されるような強い主張を持っているのだが,ホールの議論の多くはいろんなことに配慮して書かれていて,隙がないというか,言い換えるとどっちつかずのところがあるというか,読後感がすっきりしないような印象がある。だからこそ,彼には単著が少ないし,翻訳もしにくいのかもしれない。でも,本書に収録された論文では,彼の議論もフーコーやらラカンやらバトラーを丁寧に解説している箇所があったりしてちょっと驚く。
さて,カルチュラル・スタディーズとアイデンティティ論というのが深く結びついていることはよく知っているつもりだったが,本書に収められた論文からはこれまであまり触れてこなかったような議論がいくつもあって新鮮だった。しかし,逆にいうときちんと咀嚼できなかったという読後感も残った。ロビンスのトルコ論はそのなかでも分かり易かったし,彼が地理学出身だということを納得できる文章だったとも思う。『サウンドの力』が翻訳されているフリスの音楽論も比較的分かり易かった。勉強になったのはストラザーンの生物学的な議論とローズのタイトルとはちょっと違った精神分析的な議論。そして,最終章で何度か言及されているビアトリス・コロミーナ編『マスメディアとしての近代建築』という本は,この章の訳者が翻訳しているようで,読んでおきたいと思った。
とにかく,本書を通じて,カルチュラル・スタディーズに関わるアイデンティティ論にもいろいろあることが分かった。それぞれの章で画期的な結論にまで達するようなものはあまりなかったが,いろんな角度から物事を考えるヒントはいっぱい詰まった本だと思う。

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