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星の処女神 エリザベス女王

フランシス・A.・イエイツ著,西澤龍生・正木 晃訳 1982. 『星の処女神 エリザベス女王』東海大学出版会,273p.,3000円.

何気に歴史的作品をよく出版している東海大学。本書は歴史学的作品だが,歴史的古典としては,プトレマイオスの『地理学』や,ヴィトルヴィウスの『建築書』などを発行している。さて,イエイツ作品として,本書は原著が1975年に出版されたものだが,中身が書かれたのは1950年代だという。『星の処女神:16世紀における帝国の主題』というタイトルの本を日本語訳では上下巻に分け,本書はその上巻に当たる。イエイツといえば,最近ついに『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』が翻訳されたばかりだが,イエイツの研究史的にはその前段に当たる研究。冒頭の序言には,本書が『16世紀フランスのアカデミー』(1947年)と『ヴァロワ・タピスリーの謎』(1959年)の中間にあたるという。両方とも翻訳があるが,残念ながら『16世紀フランスのアカデミー』はまだ読んでいない。
いきなり訳者はまえがきで,「本書は難解」と書く。確かにその印象は否めない。ブルーノ研究から,ヘルメス教やオカルト哲学などの集中してきて,独特のイエイツ的文体に慣れれば多少なりとも読みやすいが,本書はなかなか私のように歴史に疎い読者にはとっかかりが掴みにくい。ちなみに,訳者の2人は,一人が西洋史,一人が日本史を専攻していることもあって,翻訳の文体に凝っている。原著にある史料からの引用はほとんどが16世紀のものなので,古い英語で書かれていると思う。その雰囲気を伝えるかのように,史料からの引用文は全て古い日本語で訳されているのだ。確かに,文学作品を読むのであれば意味が多少分からなくても雰囲気を味わえばいいけど,本書は歴史研究書であるので,ちょっと日本語自体の意味が読み取れないと困ります。
さて,難しいながらも本書は非常に読み応えがあります。タイトルどおり,本書はエリザベス女王に関する研究だが,実際にエリザベス女王が何をしたかということはほとんど出てこない。巻末に印刷されたエリザベス女王を描いた15の肖像画や彼女のことを詠った数々の詩篇などが主な分析対象。しかし,文化的表象を素材にしながらもその考察は至って政治的。それがいかにもイエイツ的であり,今日の人文・社会科学においても流行しているやり方である。当時は今日的政教分離などとんでもなく,宗教と政治が,そして政治家による文化的振る舞いが一般的な時代である。そんななか,エリザベス女王は映画でケイト・ブランシェットが演じてお馴染みであるが,生涯独身(処女?)で貫き,常に美しく装うことを忘れない君主であった。そして,天文学と地理学が盛り上がりをみせる時代において,彼女は天文学的意味における処女神であり,地理学的な意味における世界を征服する帝国の長であったというわけだ。
「テューダー帝国の宗教改革」と題された第二部に対して,第一部は「カール五世と帝国理念」と題し,中世から引き続くルネサンス前史が語られる。神聖ローマ帝国という名の下にヨーロッパが統一化されてきた時代,もちろんその政治的勢力もあるが,重要なのはキリスト教。まさに,政治(皇帝)と宗教(教皇)が拮抗する時代であり,それが徐々に政治の支配力が強くなってくるということが論じられる。この辺りではダンテがよく登場します。そして,アクィナスやマキャベルリ。
第二部で登場するのはジョン・ディー。イエイツのオカルト哲学論でも登場する人物で,ユークリッド幾何学原論の英語訳に長い序文をつけ,ルネサンス的解釈を説いたとして知られる。そして,ディーはエリザベス女王の助言役でもあり,映画にも登場します。映画では,まさにスペイン艦隊を打ち負かすシーンにおいて,ディーの気象学的予測が勝利へと導いた,そんなことだったと記憶しています。しかし,ディーの天文学はもちろん,イエイツが関心を持つような占星術的で怪しげなもの。当時はイタリアでガリレオが投獄され,ブルーノは処刑されたような時代ですから,まだ近代的な天文学が支配していたわけではないですね。だからこそ,占星術的な意味におけるエリザベス女王の象徴が政治的にも役割を果たしたというわけです。もちろん,ブルーノは本書にも登場します。特に,彼が英国に滞在した時のこと。そして,シェイクスピアも登場します。第二部後半の「エリザベス朝の騎士道」というところは,もっとつかみどころがない話に展開していきますが,私はなんとか『ヴァロワ・タペスリーの謎』を読んでいたので雰囲気は分かります。ブノワ・マジメル主演の映画『王は踊る』も,17世紀のフランスだったが,その雰囲気は伝わるだろう。そして,本書の下巻『星の処女神とガリアのヘラクレス』はフランスの話らしい。
広大な宮廷を用いた,こうした文化的催しは,もちろん権力の誇示という政治的意味合いを持っていた。日本の近代史でも『天皇のページェント』というタカシ・フジタニの本があったが,まさにページェントのことである。『ヴァロワ・タペスリーの謎』で分析された綴れ織りも,まさにそうした豪華絢爛な祝祭だった。まあ,多少難しいとはいえ,1950年代にこんな研究がなされていたとは驚きである。下巻や『16世紀フランスのアカデミー』,そして分厚くて1万円もする『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』も,今後読むのを楽しみにしておこう。

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