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快楽の館

アラン・ロブ=グリエ著,若林 真訳 1969. 『快楽の館』河出書房新社,229p.,550円.

またまた,ロブ=グリエの作品。1960年代前後に翻訳されたロブ=グリエに決まった訳者がいたわけでもないようで,私が読んだものもほとんどが別々の訳者によるものなので,どうか分からないが,そんなに私の好む文体ではないが,なんとなく古書店で見かけると買ってしまう。
ということで,手元にある彼の作品としては最後になります。いかにも怪しげなタイトルになっていますが,原題を直訳すれば『淫売宿』といった具合だと訳者解説に書かれているので,このタイトルはあくまでも訳者の解釈を含んだもの。でも,確かに作品の中心的な舞台となる「青い館」は売春も斡旋しているようなことを仄めかしてはいるがそれだけではない,人々をひきつける何かがある場所である。この館にはレディ・アーヴィなる女主人がいて,そのパトロンというか,エドゥアール・マヌレという老人がいるという設定。一応「ぼく」という一人称の語り手がいるが,本文は全て一人称で書かれているわけではなく,事態の進行を報告する第三者的語り手も並存している。でも,この「ぼく」自体はレディ・アーヴィとちょっとしたやり取りがあるだけで,基本的には傍観者だといえる。
訳者解説には作者自身の言葉が引用され,『去年マリエンバートで』のような映画のために書かれたシナリオとは違って,本作は映像的なものを描いたものではないとされている。でも,私はこの不可思議な物語をいかにもフランス映画的なものとして読んだ。本作には分かりやすいストーリーはない。といっても,滅茶苦茶なのではなくきちんとした設定は存在する。その「青い館」では毎晩のように怪しげなパーティが開催されている。そして,そこに「ぼく」がいて,その状況を事細かに説明しているのだ。しかし,実際の出来事かと思って読んでいると,それはこの館で頻繁に開催される余興であり,演劇なのだという。そして,その一方ではその館の常連たちが,その演劇に出演している女優たちをお金を払って抱くという取引もなされている。そして,そんな客の一人としてラルフ・ジョンソンという「アメリカ人」も登場する。
そうそう,書き忘れたが舞台は香港で,しかし登場するのは欧米人が中心で,登場する中国系の女性と日本人女性はこの館に勤める侍女だけである。香港に九竜,マカオなど,アジアにありながら当時は欧米諸国の植民地であった場所が舞台。そして,後半ではそのマヌレという老人が殺害される,あるいは自殺するという事件が起こり,その顛末がいく人かの人物を中心に論じられる。しかし,実際にその老人が死んだのかどうなのか,それは劇の上でのことなのか,そして死んだとしたらその死因は。自殺なのか,他殺だとしたら誰がどんな目的で殺したのか,絶対的な回答は作品中に用意されていない。まあ,ともかく多様な解釈が可能である作品であるといえると同時に,そもそも確実なことなどなにもないのだという哲学なのかもしれない。私たちのいる現実界はそうであるのに,私たちは確実な根拠を知りたくて小説を読むのかもしれない。人間のアイデンティティの確実さ,物事の確実さが,陳腐な小説には揃っている。そんな小説のあり方に抵抗しようというのが,こういう小説家の試みなのかもしれない。

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