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離乳食開始

離乳食は6ヶ月目に入ってから始めるつもりだったが,妻が急に思い立って,先週から始めることになった。離乳食を始めるタイミングはいろいろあるようだ。授乳と違って,しっかり座って食べる必要があるので,一人座りが大体できるようになってというのはわかりやすい目安。残念ながら息子は一人座りはまだまだできないが,歯も2本生えてきたし,そのせいで,なんでも口に入れたがる時期。わたしたちの食事には毎回興味津々で,朝食時には私が毎朝食べているキウイの汁をスプーンで飲ませたり,妻がみかんなどの柑橘類をチュウチュウ吸わせたりしていた。ということで,離乳食開始の条件はいくつか揃っているので,とりあえず始めてみることに。はじめは10倍粥。小さじ1杯のお米を10倍の水と一緒に炊飯器に入れ,わたしたちのご飯と一緒に炊く。炊けたらそれをすりつぶす。わが家にはなんと乳鉢ってのがあるけど,最近はすり鉢の方が主流らしい。実際に乳鉢でやってみると,水分が多すぎてつぶせない。
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小さじ一杯分の米だが,出来上がりは息子にとって10回分の食事となる。始めは一日一回スプーン一杯のみ。なので,できた粥を製氷機に一回ずつキューブ上に凍らせる。解凍も電子レンジで10秒ほど。われわれの食事量とは比べ物にならない。まあ,要は胃腸が母乳以外を消化する能力をまだ持っていないということ。幸い,初日からもっとくれというくらい,息子は上手に粥を口の中に入れ,ごっくんと飲み込む。おっぱいを難なく飲めるようになるまで二ヶ月もかかったのに,これは嬉しい限り。しかも,一口食べるごとに,本当に嬉しそうな笑顔を私たちに見せるのだ。問題なのは,口のなかにうまく入れて飲み込むところではなく,胃腸がうまく消化してくれるかだ。今のところウンチに多少の変化は見られるものの,痛がったり吐き戻したりしていないので,順調というところだろうか。

4月9日(土)
日比谷シャンテ 『わたしを離さないで
ここ数年観た映画の中では、ほぼ完璧な作品。といっても、映画として優れているという意味ではない。まさに、私が観たかった映画なのだ。といっても、私が欲する映画にもいくつかの種類がある。奇抜な発想で知的刺激を与えてくれるもの。胸をキュンとさせてくれるラヴストーリー、思いっきり泣かせてくれる感動ものなど。しかし、本作はそのどれでもない。カズオ・イシグロによる原作は、ストーリー的な前知識をまったく入れずに観た私にとっては驚くべき展開だったが、かといって今までになかったような奇抜な設定やストーリーだったわけではない。どちらかといえば、本作は涙を誘う悲しい物語ではあるが、私は全く泣かなかった。驚きもしないし、何か私の頭のなかで思考がうずめいたわけでもない。
しかし、私はなるべく瞬きをしたくないほどにスクリーンを見つめていた。一枚一枚の愛おしい画像が次々へと移り変わる、そんな映画。ネタばれを含むのでご注意ください。映画の冒頭、「1952年に画期的な医療技術が発明され、人々の寿命は100歳を越えた」という字幕でこの映画は始まる。一番新しい設定年は1994年。そして、主人公は27歳。なので、生まれ年は1967年で、私と近い。大抵の小説ではこうした設定は近未来を想定するが、この原作は一つの可能世界を描く。ドラえもんのいうところのもしもボックスの世界だ。そして、1978年時点から物語は進展する。シャーロット・ランプリング演じる校長先生がいる寄宿学校。冒頭の字幕と何の関係もないような一昔前の片田舎の小学生の生活が淡々と描かれる。本作を完璧にしているのは、キャシーという主人公を演じる女優2人のキャスティングだ。大人になってからのキャシーは、『17歳の肖像』で心に残る演技をしたキャリー・マリガン。髪の色が違うのでよくわからなかったくらい、本作の役どころに染まっていた。そして、その幼少の頃を演じる若き女優がまさに、キャリーそっくりなのだ。本作には、大人を演じるアンドリュー・ガーランドとキーラ・ナイトレイという3人が主役級だが、さすがにこの2人は幼少の頃を演じる俳優とを連続させるには鑑賞者の想像力を必要とするが、キャシーはまさに連続体だった。そして、もちろん3人のなかでもキャシーは常にスクリーンに映し出される存在だったので、この連続性はかなり重要である。そして、キャリー・マリガンの演技。まあ、はまり役の嫉妬深いルースを演じるキーラと、『ソーシャル・ネットワーク』に続いての出演であるアンドリューは創造力豊かだが落ち着きのないトミーを演じる。喜怒哀楽の激しい2人とは対照的に、常に冷静に正しい道を行く女性を演じるキャシーを演じるキャリーは素晴らしかった。
主役級の3人が見知った俳優であるにもかかわらず、私はまったく本作の作品世界に没頭することができたのだ。それは、無理なく作られた英国の一昔前の田園風景であり、上述したように、原作の設定はちょっと近未来的なのだが、それは現実世界にない新しい技術を導入するのではなく、同時代的な技術で可能となる延命法なのである。そう、この寄宿舎で育った子どもたちは、なんと不通に生活する人々が難病にかかった場合に臓器を提供するドナーとして生かされている存在なのだ。まあ、一つ非現実的だと思うのは、子どもたちは18歳になる頃に寄宿舎から別の施設に移動するのだが、その頃には自分がドナーであることを知らされる。その時に、子どもたちは反抗しないのか。18歳ともなれば集団になってなにか運動を起こせばどうにかなるようにも思う。しかし、そういう展開はこのストーリーにはそぐわない。まあ、多少の非現実性は、この作品の美学のために犠牲になってもいいだろう。ともかく、大人になったかれらはひっそりと生活しながら、臓器提供の時を待つ。人によっては1度目で、丈夫な人は3度、4度と残された臓器を提供するのを待ち、それは命が絶えるまで続けられるという。もちろん、この設定だけでは映画にはならないので、恋物語的結末があるのだが、それについては私からは語らずにおこう。
ともかく、数年後、10年後にまた観たくなる作品である。その頃、キャリー・マリガンはどんな女優になっていることか。

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コメント

ブログ見るのを楽しみにしています。

投稿: 駒込の美容室よりお手紙 | 2011年4月13日 (水) 14時12分

美容師さん

よく分かりませんが,ありがとうございます。

投稿: ナルセ | 2011年4月20日 (水) 21時19分

赤ちゃんかわいい!大きくなりましたね〜!happy02

投稿: 永山マキ | 2011年4月23日 (土) 19時08分

永山マキさま

ありがとうございます。
そちらも離乳食始まりましたか?
早くご対面させたいですー!

投稿: ナルセ | 2011年4月24日 (日) 19時44分

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