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昭和旅行誌

森 正人 2010. 『昭和旅行誌――雑誌『旅』を読む』中央公論新社,278p,2310円.

本書は2010年12月20日を発行日としているが、私が知ったのはつい最近。やられた、と思いすぐさまAmazonで注文、購入し4日間で読了した。著者は私より年下の地理学者。個人のホームページを持っているので詳しい説明は必要ないが、2001年から毎年論文を複数本発表しながら、2005年には四国遍路に関する研究書を、2006年には近しい研究者3人で文化地理学の教科書を、2008年には中公新書から大衆音楽の概説書を発表してきている。2006年には英国に行ったこともあって、今年はそれをネタにした本も既に発行予定だとか。翻訳も毎年のように『空間・社会・地理思想』に複数本掲載されているが、今年にはマッシーの『空間のために』を単独訳で出版するらしい。そうそう、書き忘れるところだが、2008年と2009年には英文雑誌にも論文を掲載している。毎年複数本発表される論文も、学会誌から各種紀要、本の1章など、内容的にも多岐に富んでいる。まさに、この世代では一番生産力と発信力のある地理学者だといえる。
私も大学院生時代にはそれなりに頑張っていたつもりだが、結局いまだに大学に定職を得ず、平日企業での勤務時間に追われていることを理由に、研究活動から逃げているような状態。まさに森氏の活躍は輝かしく、沸き起こる嫉妬心さえ、自分の対抗する力のなさに空しくさえ思える。そう、私とて、書き下ろしの本を書こうとここ数年はそれなりに頑張ってきた。まあ、途中で別の論文を書いたり、学会発表の準備をしたりで中断はしているわけだが、結局5年間くらいかけても大学紀要の許容文字数に納まってしまうほどしか書けておらず、とても単行本にはならない。一方で、森氏は本書を5ヶ月で書いたのだという。私もかつて女性週刊誌『Hanako』の創刊後6年間300冊を分析対象にして論文を書いたが、本書の場合は1924年に発行され、2004年に休刊されるこの月刊誌『旅』に全て目を通し、まとめたのである。全部で何冊に及ぶのだろうか。ちなみに、入手できないものは図書館で複写した、とあとがきに書かれているが、ということは分析した全てが手元にあるということだろうか。私の場合、手元にある『Hanako』はせいぜい数十冊だが、想像しがたい資料の量だ。ちなみに、その5ヶ月間の中で、特に夏休みは「深夜から早朝まで」が執筆時間であったという。まあ、これだけの人は1日数時間しか寝ないのだろう。私のように、毎日9時間も布団に入っていたら生まれるものも生まれまい。
ちょっと自虐的な前置きが長くなりましたが、私なりに本書の書評をどこかの学会誌に掲載して、この悔しい気持ちを解消し、敵に賞賛を贈ろうじゃないかと読み始めたわけですが、読み終わった今、学会誌に掲載するような書評原稿が書けるかどうか自信がなくなった。もちろん、難癖をつけることは簡単でそういう意味では書くことは多い。でも、あくまでも本書は一般書であって学術書ではない。かといって、著者は根拠もないことを書き連ねているわけではなく、最低限の学術的スタイルを保持している堅実な本である。そして、堅実なだけではなくあまり工夫はない構成である。雑誌『旅』を時間順に読んでいき、時代時代で特徴的なトピックについて論じていくというスタイル。簡単に目次を示そう。

第1章 『旅』の創刊
第2章 観光を啓蒙する、観光で啓蒙する
第3章 戦争による国内旅行統制
第4章 終戦と国内観光の再出発
第5章 多様化する国内観光と海外への一歩
第6章 世界とふるさとを旅する
第7章 昭和の旅の終わり

私も雑誌研究をしていて、1970年くらいの雑誌を手にすることがあった。それは検索して発見した1つの記事をみることが本来の目的なのだが、40年前の1冊の雑誌は素直に面白い。文体、写真、広告、何をとっても私たちが同時代的に目にしているものとは違うのだ。『旅』創刊時の戦前のものであれば、漢字や仮名遣いも古くて訓練を積んだ者でないと読みにくさはあると思うが、その調査の楽しみは容易に想像することができる。そして、著者は地理学者でありながら、一般書である本書執筆に関しては学術的な意義や、地理学的な主題にこだわる必要はないのだから、まさに自分が面白いと思ったことを他人に説明するように綴っていけば必然的に筆は進むだろう。実際に、本書の前半は非常に面白い。しかし、著者も次第に疲れを感じてきたはずだ。もちろん、長い間発行されている雑誌ならば編集方針は徐々に変化していくものだが、それを何十年にもわたって読み続け、それについて説明をしていくというのはある意味で苦痛だったのかもしれない。読み手の方も徐々にマンネリ化していくと同時に、だんだん現代に近づくにつれ、馴染みのある事実になっていく。なので、残念ながら読後感はあまり刺激的でないというのが正直なところ。
先ほど,本書は一般書であり研究書ではない,と書いた。しかし,あとがきで著者は「近代以降の風景や,場所の価値や審美性を成り立たせている観光という仕組みを,『旅』をとおして考えてみる本書は,文化地理学的な研究だと言うことができるだろう。」(p.275)と書かれている。よって,多少なりとも本書の研究的価値を考えてみることも悪くはないと思う。私は一人の研究者の論理的一貫性を求めるわけではないが,森氏はうまいこと立場を使い分けているようにも思う。ここ数年の『空間・社会・地理思想』に翻訳してきた論文や,2009年に『人文地理』に掲載した自身の論文「言葉と物」では,近年の英語圏人文地理学における物質性の強調に同調している。それは,私も含む一昔前の人文地理学者たちがあまりにも表象を強調しすぎたことに対する批判である。しかし,本書はまさに表象分析であり,しかもかなりオーソドックスなものだ。例えば,本書には『旅』の編集裏話についても書いているが,それは独自の調査をして得られたものではなく,あくまでも紙面に書かれていることにすぎない。また,度々一般的な社会的背景についても記述があるが,その元資料は示されていないので,一般的な知識として書かれているのか,でも場合によっては明らかに紙面に書かれていたものである場合もある。まあ,ともかく本書はあくまでも『旅』というデータベースから復元された,昭和という時代の旅行ということに関する姿ということになる。つまり,森氏が批判していた地理学における表象分析研究はそれなりに表象批判を含んでいたが,本書はほとんど批判的なものは含まれていない。まあ,強いていえば第二次大戦前後の国民動員や社会統制にこの雑誌が一役買ったということくらいであろうか。あとがきにはあまりにも素朴に,この雑誌が単なる歴史的資料であるばかりでなく,事象や時代を作り上げた「行為者」であることが分かった,と述べる。しかし,メディア研究などを含む表象研究は,そうしたメディア制作者の「行為者」的立場を強調しすぎたところが批判点だったのではないだろうか。
確かに,『旅』という雑誌は,早くから読者投稿欄を設け,旅行者の経験を知る重要な資料として,観光研究のなかで用いられてきた。にもかかわらず,本書のような『旅』の包括的検討というのはなかったようだ。なので,これから観光研究のなかで『旅』を資料として用いる場合の検索用としても使えるし,また本書で検討されたいくつものテーマを,きちんとした形で事例研究として深めていくことも可能だと思う。しかし一方では,一般書であることを優先させてか,最低限に絞った参考文献は,この種の研究を始めてみようという初学者には不親切である。個人的には,『旅』の投稿欄を主たる資料とした研究をしている滝波章弘氏の諸研究や,『旅』の前史としての旅行案内書の研究をしていた中川浩一の研究は,同じ地理学者としてぜひとも参考文献に含めて欲しかった。

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コメント

ある人に教えられてこのページを閲覧しました。あることないこといろいろと書かれているのは自由ですが、2点。
私が『旅』を「行為者」としたのは、メディア制作者の立場を「あまりにも素朴に」強調するためではなく、むしろそれが制作者と読者の交流の場でありつつ社会に対する一つの構成要素であったという意味です。このことは文中で何度も読者投稿を挙げているので「素朴」に理解されると思っていたのですが、私の力不足のようですね。
また、一般書と学術書の区分を私はしておりません。一般書と学術書の編集者を比べて後者が前者より能力が高いこともありません。ではその区分は誰のためのものでしょうか。

投稿: 森 | 2011年4月27日 (水) 20時53分

森さま

まあ,そのうち本人が読むことになるとは思いましたが,わざわざコメントいただいてありがとうございます。しかも,こんなただの読書日記に丁寧に答えていただいて恐縮です。
「行為者」が制作者と読者の関係でという話はそのとおりですね。私の書き方がよくなかったですね。でも,私のささやかな雑誌研究でも確認できたように,基本的に雑誌というのは読者との相互作用でできあがるもので,それも含めて社会に対する影響力云々を語るには,投稿するような一部の読者だけでなく,それ以外の多数の読者,あるいは潜在的な読者についてのオーディエンス研究的なものが必要ではないかと思った次第です。まあ,私にはとてもできない研究ですが。
一般書と学術書の区別をしていないというのは理想ですよね。もちろん,編集者の能力に高低があるなんて私は思ってませんよ。まあ,私は本を書いたことがないので,一般書と学術書の区別については分かりませんが,商業誌と学会誌に書く文章はどうしても区別せずにいられません。やはりかなり厳しいルールを守らないと学会誌には載せてくれませんからね。まあ,その程度の頭で『昭和旅行誌』は,研究者としての私のような読者が気にしてしまうようなくだらないルールからは解放されている,と思ってしまうだけです。

投稿: ナルセ | 2011年4月27日 (水) 21時47分

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