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幻想の東洋

彌永信美 1987. 『幻想の東洋――オリエンタリズムの系譜』青土社,569p.,3600円.

副題を見ると,サイードの『オリエンタリズム』を追随した研究だと思ってしまうがそうではない。ちょうど,『オリエンタリズム』の日本語訳が出版されたのが1986年だし,日本人研究者から見た日本を含む東洋を論じるという研究計画は容易に思いつく。しかし,本書の副題は恐らく,『オリエンタリズム』の翻訳を受けて,出版社が売り上げのためにつけたものだと思われる。といっても,サイード人気に便乗したような内容ではない。もちろん本書でもチラッとサイードは参照されるが,ある意味では『オリエンタリズム』よりもスケールが大きい。
本書は同名のタイトルで,『現代思想』に1985年1月から1986年5月まで連載されていたものである。370ページの本文は連載時のほぼそのまま収録されていたのに対し,160ページもの注は新たに書き換えたものであるという。また,それに伴って,26ページにも及ぶ文献表がつけられている。実際の執筆期間は分からないが,連載期間1年半にしてこの内容はすごいと思う。しかも,この人は大学に勤める職業研究者ではないという。いったいどうやって執筆活動をしているのだろうか。まずは目次を見てみよう。

序 旅への誘い
1 最古の民・最果ての怪異
2 遍歴する賢者たち
3 秘境の解釈学
4 隠喩としての歴史
5 世界の終わりと帝国の興り
6 東の黎明・西の夕映え
7 終末のエルサレム
8 楽園の地理・インドの地理
9 秘境のキリスト教インド帝国
10 ――そして大海へ……
11 新世界の楽園
12 反キリストの星
13 追放の夜・法悦の夜
14 東洋の使徒と「理性的日本」の発見
15 天使教皇の夢
16 アレゴリーとしての「ジアパン島」
エピローグ

目次では分かりにくいが,本書は副題の「オリエンタリズムの系譜」というよりはサイードの『オリエンタリズム』前史といったところだろうか。サイードは基本的に「オリエント」という地理的区分の定義についてはさほど自覚的ではないし,その歴史的起源にもそれほど注意を払っていない(ように私は記憶している)。むしろ,18世紀以降の言説に限定することで,論点を拡散しないようにしているようにも思える。
それに対し,本書は古代から始まり,逆に18世紀で終了してしまう。あとがきによれば,当初は全歴史を書くつもりだったらしいが,力尽きたとのこと。でも,十分楽しめます。古代における東方とはアジアを意味せず,場合によってはギリシアやエジプトを指していたという。確かに,本書にも出てくるが,古い絵画のモチーフとしての「東方の三博士」がなぜ東方なのか,という疑問は私も持っていた。博士たちはどうみてもアジア人じゃないし,そもそも博士とは知識人のことであるから異邦人的なものではないと思う。この東方が「日のいずる方」であり,博士がギリシア哲学者だといえば納得。ちなみに,ここでいう博士とはマギというが,これは魔術=マジックの語源でもあるらしい。そして,ヨーロッパにおける東方の典型とはインドであるが,当時のヨーロッパにおける「インド」とは特定の地理的地域というよりはやはりかなり抽象的な「他所」を意味するものだったようだ。もちろん,本書には多木浩二が『眼の隠喩』などで論じたような「怪物」の話もある。そして,本書にはフランセス・イエイツにも何度も言及する。直接的なかかわりがあるところはそれほど多くないが,私も先日読んだ『星の処女神』と同様に,ヨーロッパにおける歴史的な帝国における専制君主たちが神のように振る舞い,またかれらを神とみなし,聖書や神話の抽象的な事柄を現世に当てはめて政治を行うという,政治と宗教の結びつきは,イエイツの扱うルネサンスのみならず,それ以前のいつの時代にも存在していたようだ。その一つで面白かったのが終末論的な話。この手の話は高山 宏も大好きだが,本書ではテーマどおりにそれを東方,ないしは東洋と結びつける。
コロンブスの話もたっぷりあるし,ルネサンス期のネオ・プラトニズムの話などはイエイツの研究と重なり合うが,それらも東洋との関係があるというのだから,東洋人著者としてはイエイツとは一味違った視点。もちろん,マルコ・ポーロから始まる「黄金の国ジパング」,すなわち日本へのこだわりも日本人研究者ならでは。最後の2章は16世紀のフランス人,ギョーム・ポステルという名前も聞いたことのない人物が登場する。なんでも,本書の始まりは著者がこの人物に興味を持ったことにあるらしい。しかし,ほとんど知っている史実が出てこないので,残念ながらその2章の理解度はかなり低いが,とも書く面白い本であることは間違いない。また,本書出版に際して丹念に書き直してくれた注は今後の読書にも役立つことでしょう。日本語訳のある文献や,日本人の文献についても十二分なほど情報があります。さすがに厚くて上下巻に分かれますが,ちくま学芸文庫でも出ているそうなので,多くの人にお薦めしたい本ですね。

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