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ひとつではない女の性

リュース・イリガライ著,棚沢直子・小野ゆり子・中嶋公子訳 19. 『ひとつではない女の性』勁草書房,p.,2700円.

前に紹介した『差異の文化のために』が1980年代に書かれたものだったが,本書は1977年に刊行されたイリガライ初期の作品。本書は1974年の『検視鏡,他の女について』(日本語訳なし)の反響下で書かれたものといえる。1982年の『基本的情念』と1984年の『性的差異のエチカ』は難しいながらも,理解しようとする努力がなんとか意味を成すようなものだが,本書は『差異の文化のために』と同様に,努力ではどうにもならず意味が私の思考をすり抜けていくような文章も少なくなかった。といっても,いくつかの文章からは学ぶことも多かった。
そんな本書は以下の11つの文章から成っている。

鏡,その向こう側から
ひとつではない女の性
精神分析理論再考
言説の権力,女性的なものの従属
コジ・ファン・トゥティ
流体《力学》
質問録
女の市場
商品たちの間の商品
《フランスの女たちよ》,もう何の努力もしないで……
わたしたちの唇が語りあうとき

「鏡,その向こう側から」は『測量士たち』という映画を『鏡の国のアリス』と関連付けながら綴った文章で,その映画を知らない私には意味不明。「質問録」はそのタイトルどおり,『検視鏡』にまつわるさまざまな質問に答えるもので,これも『検視鏡』を呼んでいない読者にはちょっと理解しがたい。「わたしたちの唇が語りあうとき」は本書における精神分析批判の実践版といえようか。このテーマは『差異の文化のために』でもあったが,基本的に言語というものは男性が作り上げたもので,特に科学的言説や文体がそうである。その同じ言語を用いて男性性の批判をするだけでは,言語を,そしてひいては社会を女性のもとに取り戻すことができない。ということで,論理一貫性とか,主体の固定的なアイデンティティなどを前提としない文章を綴っているのがこれ。
こうした特殊な文章を除けば,前半は精神分析批判に当てられ,「流体《力学》」を中間に挟む形で,後半はマルクス『資本論』における商品論の枠組みで女性の性の商品化批判を行っているといえる。「流体《力学》」は物理学における剛体力学に対する流体力学の関係を,男性的なものに対する女性的なもののアナロジーとして用いている。前者は支配的で,明瞭な唯一解に導かれるのに対し,後者は従属的で複雑で唯一解にはたどり着かない。
全体的にそんな論調だから,精神分析批判も,精神分析という説明原理がそもそも女性的なものの存在を認めていないという根本的なところを出発点としている。特に,訳者もあとがきで書いているように,「精神分析理論再考」は前半でそうしたフロイト理論を批判して,後半でフロイトに反して女性的なものを精神分析理論に取り入れようとしてきた著者たちの議論を丁寧に解説している。比較的分かりやすい文章である。そして,批判はフロイトからラカンへと移行します。「流体《力学》」にもラカン批判が随所に挿入されています。
「女の市場」は実はけっこう以前に『現代思想』に訳出されていたのを読んでいる。それがイリガライの名前を知った初めてであり,訳者の一人が山崎カヲル氏だったから恐らくコピーして読んだのだと思う。しかし,その内容はすっかり覚えていない。だから,本書で読むのも新鮮だったのだが,この文章は次の「商品たちの間の商品」を読むことでより理解されやすくなると思う。つまり,狭義の性産業だけでなく,女性は男性の間の商品として機能しているのであり,社会全体が男性の同性愛関係によって成立しており,見かけ上の異性愛はあくまでも,男性同士の関係を成り立たせる媒介にすぎないのだ。こんな理解でいいのだろうか。「《フランスの女たちよ》,もう何の努力もしないで……」の前半はその具体例というか,ポルノグラフィ分析である。ポルノを消費する男性は,女性そのものの性を消費するのではない。そこでは,男性に支配されている女性の姿を見るのである。

まあ,ともかく相変わらずイリガライの文章はそう簡単に理解をさせてくれない。それは巻末につけられた「訳者解題」にも明瞭にあらわれている。そもそも自著の翻訳に対して,訳者による解説の掲載をイリガライは認めていないのだそうだ。その代わりに本書では「日本語版への著者あとがき」が掲載され,第三者的視点で自らのプロフィールを紹介している。しかし,日本語訳者たちは解題をつけた。そのなかで,「すみません。努力しましたが,これ以上よい日本語にはなりませんでした。」と告白する。

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