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物の本質について

ルクレーティウス著,樋口勝彦訳 1961. 『物の本質について』岩波書店,330p.,660円.

ルクレーティウスは古代ローマの詩人哲学者ということになっている。訳者の巻末解説によると,著者については残された情報がほとんどなく,紀元前94年ころから55年頃まで生きていたといわれているそうだ。岩波文庫に納められた本書のことは,古書店でよく見かけたので知っていたが,いつの時代の人かもよく知らず,目次を見ても,第一巻~第六巻までと記されているだけなので,特に買う気は起きなかったのだが,先日読んだ,コスグローヴの『Geography & vision』のなかにルクレーティウスが登場したので,読んでみようと思った次第。予想したとおり,古書店で容易に入手できた。ちなみに,原著は詩作だが(ウェルギリウスは後輩にあたるとのこと),中身は自然学なので,訳者は散文で翻訳している。それはまさしく正解だ。
これがまたまた驚きの読書体験であった。アリストテレスやプラトンを読んでいるので,古代の哲学者がその後の著作家よりも神に対して忠誠心はないことは知っていたが,本書には「この世界の不完全さをみれば,この世界の創造者が完全たる神であるはずがない」と断言するのには驚く。そして,プラトンやアリストテレスが,中世よりも自由な発想で素晴らしい哲学的思索をなしているのも驚きではあるのだが,彼らは一応,万物を四大要素(火,水,土,空気)から成っていると考えていたのに対し,ルクレーティウスは基本的な構成要素を原子と考えているのだ。確かに,四大要素説とは別に原子論も古くからあるということは知っていたが,実際に読んでみるとなかなかの驚きである。
といっても,本書はあくまでも詩篇なので,アリストテレスのように,当時の学説を採用したり批判したりして論を進めるようなものではない。だからこそ,本書が書かれた時期を特定するのも難しいのかもしれない。でも,一応原子論者ということで,エピクロス派だということは間違いないらしい。でも,私はそうした原子論学派といえるような作品を読んだことはなかったので,非常に刺激的だったということです。前半はこの日本語タイトルのように,万物が原子からなるということの説明に当てられていますが,だんだん大きな話に移行します。まずは雨や雷のような地上現象の説明,そして無機物だけでなく,有機物の話もあります。動植物の話がどれだけあったかは忘れてしまいましたが,人間の生殖行為の記述もあったりして面白い。人間については,視覚や味覚などの感覚についても原子論の立場から説明がされます。これらはプラトンが『ティマイオス』で書いていたこととも似ていますが,なかなか面白い。
その後,創世記的な話に移り,一気に天文学的な次元に達し,月や太陽,そして太陽については地球上に降り注ぐ熱量にも話が及びます。そういう意味では,ミクロ物理学から宇宙論まで,非常に広範な考察を含みながらもそれを常に人間生活との関係において考察しているといえるのかもしれない。だから,再び人間の話の戻って,人間の生死,そして人間の精神と魂の話に移行します。基本的に創世を神の業とはしないのが,著者の思想の特徴ですが,創世記のバベルの塔的な内容があったりして。
ともかく,アリストテレスを読んでいても,現代の学術論文よりも素朴だが非常に論理的な筋道がしっかりしているのに驚きますが,本書はそれ以上に,自然を観察する態度が近代的で違和感がなかったりします。

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