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エバリスト・カリエゴ

ボルヘス, J. L.著,岸本静江訳 1987. 『エバリスト・カリエゴ』国書刊行会,200p.,2000円.

私はどうにも分かりにくい本に固執する傾向がある。まあ,それは致し方がない。自分にとって理解しやすいものというのは自分の理解の範疇にあるということで,そこから新しい思考は生まれにくいと思ってしまうからだ。日本ではボルヘスはビッグ・ネームの作家だと思うが,決して分かりやすい作品を書く人だとは思えない。難解だというのではなく,とらえどころがないといった方がいい。
そんなボルヘスの本も少しずつ収集しては読んでいる。しかも,早めに日本語訳された本の方が装丁などが素敵だったりするので,ある意味ではコレクションとして所有しているだけで一種の悦びがある。さて,ボルヘスがなぜとらえどころがないかというと,彼にとってはジャンルというものが無意味だからだ。本書もタイトルだけからすると意味不明。それもそのはず,「エバリスト・カリエゴ」とは彼の祖国アルゼンチンのほとんど無名の詩人の名前だからだ。
しかも,中身を読んでいても,それが詩人の伝記だなんてことはまったく忘れてしまうような記述も少なくない。「なぜ私はこんな本を読んでいるんだろう」と思ったりしながらも,この本のどこかに何かが隠れているはずだ,あるいはこの本を読むことで,何か自分でも予測できないような思考が現れるかもしれない,とひたすら活字を目で辿る。そんな読書。
ちなみに,ボルヘスが本書で取り上げたこのカリエゴという詩人は若くしてなくなって,ブエノスアイレスの(おそらく下層階級の集まるような)地区で過ごしたという。本書でもカリエゴの詩がその「場末」な雰囲気をよく表現していることが評価されている。訳者の解説のなかでも,カリエゴの作品が,そしてボルヘスの本書がある種のブエノスアイレスという都市を記述したものだという。都市研究,そのなかでも都市の記述というのは私の研究領域でもあるが,私にはとても本書を都市誌であるとは読めなかった。それは基本的に東京という都市しか経験していない私にとってはあまりにもブエノスアイレスは異質だからだろうか。

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コメント

エバリスト・カリエゴはタンゴのテーマにも出てくる実存の詩人です。ボルヘスは彼が少年時代まで住んだ町パレルモの状況をカリエゴの詩を解説しながらボルヘス自身が想像した街パレルモを想像描いた世界ですね。なおボルヘスの母親はカリエゴと親交があつたそうです。余談ですが小生もパレルモの街をうろついたことがありますが(一ヶ月ほど滞在しました)そこは高級マンションが立ち並ぶ当然もうすでに場末の面影はありませんでしたが。

投稿: El Bohemio | 2015年2月16日 (月) 11時08分

El Bohemioさん

随分前の日記に書込みありがとうございます。
そして,補足の情報をありがとうございました。

投稿: ナルセ | 2015年2月17日 (火) 04時56分

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