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2011年9月

詩的言語の革命 第一部 理論的前提

ジュリア・クリステヴァ著,原田邦夫訳 1991. 『詩的言語の革命 第一部 理論的前提』勁草書房,346p.,3200円.

今,場所研究の一環として,プラトンのコーラ概念を検討している。コーラ概念に着目したのはどうやらデリダの『ポジシオン』の方が先のようだが,クリステヴァはこの概念を本格的に取り込み,本書では自らの批評を「コーラ・セミオティク」と名付ける。ということで,読まなくてはならなくなった本。クリステヴァは,

『テクストとしての小説』(原著1970年,翻訳国文社)
『セメイオチケ』(原著1969年,翻訳せりか書房)
『ポリローグ』(原著1977年,翻訳白水社)
『ことば,この未知なるもの』(原著1981年,翻訳国文社)

と,初期の作品中心だが,本書は5冊目。ちなみに,原著は1974年に出版されたもので,彼女の国家博士号請求論文だそうだ。詳細目次は省略するとして,大目次を一応記しておこう。

I セミオティクとサンボリク
II 否定性ー棄却
III 異質なもの
IV 実践

いやいや,これまでのクリステヴァ作品のなかで一番読みにくい。翻訳は『セメイオチケ』と同じ人なので,翻訳のせいではないはずだ。博士論文だからか。非常に急いで論を進めている感じがするが,かといって彼女のはじめての本でもないし。
コーラ・セミオティクというのは冒頭第2章で登場するが,プラトンの詳細な検討から導かれる概念ではない。議論はフッサールやフレーゲに関するものに移行する。II,IIIはフロイトを中心にヘーゲルなども交えて,難しくはあるがまとまりはある。でも,Iとの関連はさっぱり。第I部は他の著作同様に,そして本書では第二部以降のテクスト分析の前提としての理論編かと思いきや,IIとIIIは文学的なものとは無縁のような。でも,所々でマラルメやロートレアモンの名前が出てきて,実際に第二部以降ではそれらの作品が取り上げられるようだ。
そう,そもそもにして私には馴染みの薄いマラルメやロートレアモンの作品を取り上げるということで,その理論的前提はかなり複雑なものにならざるを得ないと理解するほかない。まあ,コーラ概念の含意としては読書の甲斐はあったと思うが,第二部以降はとても読む気になれない。

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大学後期講義開始

法政大学は既に前週から始まっています。23日も秋分の日で祭日だというのに講義はありました。そして,翌24日は東京経済大学の開始日。この週末は23日と25日に友だちがわが家に遊びにくるので,24日に映画を観させてもらいました。

9月19日(月,祝)
その前に月曜日の話。
タワーレコード新宿店 Quinka, with a Yawn
Quinkaが『こどもれこーど』なるCDを発売した。2枚同時発売で,1枚に15曲の童謡カヴァーが収録されて1500円。以前からQuinkaと仲の良いマリンバ奏者,大橋エリさんをはじめとして,鍵盤奏者の良原リエさんやtico moonなど,私の馴染みのミュージシャンが多数参加したアルバム。わが家も子どもがいるので購入ついでにインストアライヴに行くことにした。出産してからミッコさんやエリさんに会うのは初めて。いつもの7階ではなく,9階のエスカレータ付近に無理矢理スペースを確保しての演奏。でも,子連れを中心にお客さんはそれなりに集まりました。前日の銀座博品館などでは,カラオケなどを使っての演奏だったらしいですが,この日はギタリストのフタキダイスケ君と3人での生演奏。やはりミッコさんの声はこういう曲に合いますね。「しょうくんへ」と名前入りのサインをもらって,エリさんと少しお話をして。

9月24日(土)
銀座シネスイッチ 『あしたのパスタはアルデンテ
シネスイッチのみ上映のイタリア映画。ここで予告編を初めて観て迷うことなく前売り券をゲット。なんと,前売り券特典はキッチンタイマーでした。しかも,パスタ会社のバリラ製で,上にラビオリが乗っかっていてなかなか可愛い。最近わが家は土鍋でご飯を炊いているので,毎日利用しています。
さて,映画はイタリアの片田舎のパスタ製造会社の家族を中心とする物語。父親が別の家族経営のパスタ会社と共同経営の契約を結ぶというので,ローマで大学に通っている次男を呼び寄せる。そこで,次男は会社を継ぐ意志のないことを告白するつもりだった。自分がゲイであることをカミングアウトすることで,石頭の父親から勘当されるのを覚悟で。すると,先手を打って,すっかり跡継ぎとして会社経営を始めていた長男がなんとカミングアウト。父親はショックで寝込み,次男は自らの告白もできずにしばらく田舎に残って会社の手伝いをすることに。共同経営する家族には同年代の娘さんがいて,毎日新商品の開発のことで朝から晩までを共にする。そのうち2人に微妙な感情の変化が...
という感じのストーリーです。やはり映画の作りとしては無骨な感じもしないでもないのですが,まあそこはヨーロッパ映画だと割り切って。でも,次第にこの2人を演じる俳優たちに引き込まれていきます。次男を演じるリッカルド・スカマルチョは常に複雑な表情をしているところがセクシーで,共同経営の娘を演じるニコール・グリマウドはまさに私の好きなタイプでスクリーンに花を添えます。いま,こうして書きながら『ギルバート・グレイプ』を思い出しました。家族の各成員が個性的に描かれていて,それぞれの関係もそれぞれ違って,という感じの素敵なファミリー・コメディです。

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たまには息子の写真など。


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一般言語学の諸問題

エミール・バンヴェニスト著,河村正夫・木下光一・高塚洋太郎・花輪 光・矢島猷三訳 1983. 『一般言語学の諸問題』みすず書房,329p.,6000円.

2007年に言説分析に関する論文を書いた時に,いち早く言説(ディスクール)概念に着目したのがバンヴェニストだと書きながらも,バンヴェニスト自身の本は読んだことがなかった。また,最近文化と文明に関する論文を翻訳しているなかで,本書に収録されている「文明」という文章が引用されていたが,日本語訳にはそんな章は見当たらず,その理由も知りたかった。ということで,もっと早く読むべきではあったが,ようやく読めた次第。本書にはかなり短いものも含めて,以下の通り21の文章が収められているが,原著はなんと28の文章が収められていて,日本語訳では7つの章を訳出しなかったとのこと。その理由は「やや特殊にわたるかと思われる問題を扱ったもの」とされているが,「文明」の章も省かれてしまったのはとても残念。

I 言語学の変換
1 一般言語学の最近の傾向
2 言語学の発展を顧みて
3 ソシュール没後半世紀
II コミュニケーション
4 言語記号の性質
5 動物のコミュニケーションと人間のことば
6 思考の範疇と言語の範疇
7 フロイトの発見における言葉の機能についての考察
III 構造と分析
8 言語学における《構造》
9 言語の分類
10 言語分析のレベル
IV 統辞機能
11 名詞文について
12 動詞の能動態と中動態
13 《be》動詞と《have》動詞の言語機能
V 言語における人間
14 動詞における人称関係の構造
15 フランス語動詞における時称の関係
16 代名詞の性質
17 ことばにおける主体性について
18 分析哲学とことば
VI 語彙と文化
19 再構成における意味論上の諸問題
20 婉曲語法:昔と今
21 印欧語彙における贈与と交換

本書は原著が1966年に出版されたものだが,一番早いものは1940年代最後の方に書かれ,1960年代初頭に書かれたものまでが含まれている。収録されている順番は書かれた順番ではない。3章のタイトルにその名が用いられているが,前半はけっこうソシュールの業績に敬意を表した形での,言語学の転回から構造主義について書かれていて,なんだか懐かしい気分になります。しかし,実際,言語学内部でもソシュールの存在が注目されだしたのは比較的最近だということを知る。第IV部あたりからかなり言語学のディープな部分に入り込み,理解できない章と比較的理解できる章とが半々くらいで続く。特に,いろんな言語が登場する比較言語学のようなものは非常に読みにくい。原著は当然フランス語を母国語とする読者を念頭においてフランス語以外の言語について説明するのだが,それを日本語にするのは非常に難しいと思うし,実際に翻訳されたものも,読者にはとても難しいと思う。
しかし,一方で,難しくありながらも名詞と動詞の考察は非常に刺激的だった。人称の問題は,単なる言語の問題ではなく,人間が自己と他者をどう考えるかという哲学的問題でもあるので私も以前から興味があって,しかもその興味にうまく答えてくれるような内容で,14章と16章だけでも本書を読んだ価値があった。時称の問題も興味はあるが,やはりフランス語の話なのでなかなかピンとこない。17章ではオースティンやサールなどの言語行為論が,18章ではフレーゲなどの話もあり,少し親しみがわいた。21章ではマルセル・モースの研究などに関連づけられ,言語学者といってもやはり非常に関心が広いことが分かる。
ともかく,まだまだ言語学的な基礎知識はできていないことを痛感する読書でした。

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母親が携帯電話購入

先日,妻のもとに私の母親から電話がかかってきた。しかも,自宅の固定電話ではなく,その日購入したという携帯電話から。成瀬家の母と私と兄の3人のうち,これまで携帯電話を持っていたのは兄だけで,持っていない方が多数派だった。一気に立場逆転で劣勢に立たされる。
まあ,というのも普通は年老いた一人暮らしの親に携帯電話を持たせるのは子どもの役目だが,子ども自体が持っていないものだから,その役割は地元の友だちだった。ちょうど先日母親の家に私たち家族3人で1泊してきたのだが,その友だちも私たちの息子の顔が見たいといって,遊びにきたのだが,「お母さんにもようやく携帯を持たせたよ」と,購入した当日は携帯ショップまで同行したらしい。本人も観念した様子で,75歳にしてなんとか最低限の機能は覚えるつもりで前向だ。

9月10日(土)
新宿ピカデリー 『ハンナ
『つぐない』でキーラ・ナイトレイ演じる主人公の妹役で出演していたシアーシャ・ローナン主演作品。もちろん,その後の『ラブリーボーン』も観ているが,どちらも笑顔の少ないシリアス系。若かりし頃の宮崎あおいのような展開がいい。たまに見せる笑顔だけでときめいてしまう感じの女優。父親役を,私は『ブーリン家の姉妹』しか観ていないが,エリック・バナ,そしてその親子を追いつめるCIA捜査官を演じるのがケイト・ブランシェット。2人はかつて同僚だったが,ある秘密のミッションを機に,エリック演じる男は姿をくらまし,密かに極寒の地で狩猟生活をしながら娘を最強の兵士へと育て上げ,復讐を謀るという物語。こうして粗筋を書くといかにもシリアスなスパイものだが,実はある意味でコメディである,というのがこの作品の愛すべき側面。
といっても,つぎつぎに人は死んでいくし,結局生き残るのはハンナ一人だし,なにも表現そのものにコメディ的要素はないのだが,殺人という行為そのものを滑稽に見せる仕組みがこの映画にはある。そもそも,この時代にスパイも何もないものだ。その辺からして,時代錯誤的なことを自覚しているところが面白い。まあ,今後のシアーシャちゃんの女優としてのキャリアにおいても,こういう作品への出演というのはプラスだと思います。

9月16日(金)
新宿武蔵野館 『未来を生きる君たちへ
『アフター・ウェディング』のデンマーク人監督,スサンネ・ビアの最新作。アカデミー賞の最優秀外国語作品賞を受賞したらしい。予告編を観た時にけっこう衝撃的で観ようと決めていたもの。武蔵野館での最終日に間に合って観ることができました。講義の関係上,グローバル化の要素が色濃い映画は観るようにしていて,本作もスウェーデンからの移民であるデンマーク人の医師が,おそらく「国境なし医師団」のメンバーに志願して,アフリカの難民キャンプで医療活動を行うという設定であった。もちろん,このアフリカの地は水不足と食料不足,そして医師&医療施設不足で常に死と向き合った生活が描かれるのだが,その他にも暴力の横行という現実が描かれる。しかし,一方でデンマークの舞台でもさまざまな問題が登場人物にふりかかり,観るものは何度も死について考えさせられる,そんな作品。その描き方が非常にリアルで,観ているのがけっこうつらい作品です。という意味で,アカデミー賞最優秀外国語作品賞は納得の作品。

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2週連続欠勤

9月1日には夏風邪で会社を欠勤。この週は日曜日に喉が痛くなって,平日もずーっと会社で鼻水が止まらなかったが,喉が痛いのが妻にうつり,鼻水は子どもにうつった。まあ,ウィルス性ではないのでうつったということはないと思うが,ともかく家族で風邪をひいたということ。会社を休む前日の夜はそのせいかどうか分からないが,息子が夜中に起きたまま寝ずに,おかげで私たちも寝れなかった。さすがに,ほとんど寝ずに会社に行くのもなんだったので,上司も不在だし,たまった作業もないし,お休みして医者に行くことにした。引っ越して初めて近所の小児科もある医者に行くことに。看板などからは地元の寂れた町医者を想像したが,意外にも奇麗で,いい感じ。まあ,かといって問診だけで薬をもらうというのはどこでも一緒だ。
ということで,私は薬を飲み続けて2日ほどで症状は治まったものの,今度は翌週の9月7日の朝起きて,冷たい麦茶を飲んだら数十分後に下痢に襲われる。結局,いつもどおりに朝食を食べたのだが,朝のうちに3度トイレに駆け込み,3度目は急に血の気が引いてきて吐き気をもよおし,手足がしびれて動けなくなってしまった。下痢くらいだったら会社に行こうと思っていたのだが,結局休むことになり,2週連続同じ医者にかかることになってしまった。また薬は出されたものの,まだ治っていない。

9月2日(金)
府中 TOHOシネマズ 『うさぎドロップ
予告編を初めて観たときに前売り券を買った。しかし,引っ越しのゴタゴタで前売り券がどこかに紛失してしまい,そのうち出てくるだろうと思っているうちに公開になってしまった。公開中に探し出せるか不安だったが,妻の大切な書類と一緒になっていたのが出てきたので,早速観ることにした。映画ファン友だちのTOMさんもけっこう絶賛していたので期待大。最近テレビなどですっかり人気者の芦田愛菜が松山ケンイチと共演するということで話題だが,私は愛菜ちゃんのことはちょこっとスクリーンなどで観た程度でほとんどその演技を観たことないのでそれも楽しみ。SABU監督は実はあまり好きではないのだが,まあ育児ものだし,今回は原作もあるのではずれはないでしょう。というか,ちょっと癖のあるストーリーが多かったSABU監督だから,本作はある意味どうなのかとも思う。
実は,数日前から妻がネットでアニメ版の動画を探し出していて,アニメを何話か観ていたのだ。まあ,原作が漫画だからアニメの方が当然原作と近いわけだが,アニメの主人公「ダイキチ」はちょっと松山ケンイチのイメージとは合わない。りんも愛菜ちゃんとはちょっと違うなあとは思いながら映画館に向かう。で,結果としては原作も監督も特に関係なく,十分に楽しめる作品でした。松山ケンイチは微妙な髪型が,別に原作のダイキチと合わせているわけではないが,なんとなく雰囲気が出てくるから不思議。そしてなによりも,愛菜ちゃんの存在がずるいですね。ひっぱりだこになるのもわかります。周りのキャストもなかなかいい感じなのですが,ちょっと残念だったのが香里奈。もちろん,彼女の演技はよかったのだが,思ったよりも出番が少なく,なんか中途半端だったように思う。

9月4日(日)
渋谷ユーロスペース 『ミラル
パレスチナ問題を扱った実話に基づく映画化であるが,こういう映画をイスラエル自身が関わって作るようになるというのはどういうことなのだろうか。重い内容を含んだ映画だったが,まだ1週間もたっていないのに,私の頭のなかからはかなり印象が薄れている。『スラムドッグ$ミリオネア』で大人になったヒロインを演じたフリーダ・ピントがミラル役。インド人なんですよね。一方で,ミラルを教育した教育者を演じるのがヒアム・アッバスで,『パラダイス・ナウ』や『シリアの花嫁』といった日本でも公開されたパレスチナ関連の映画に出演している。アメリカ映画『扉をたたく人』にも出演していた美しい人である。そう,この作品は重要な女性登場人物を,日本の観客である私でも知っているような,そして美しい有名俳優によって演じられたことが,ちょっとリアリティを損ねたのかもしれない。しかし,そういう形で表現されたにせよ,史実の一部分を知れたことは大きい。

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