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ロビンソン・クルーソー

ダニエル・デフォー著,平井正穂訳 1967, 1971. 『ロビンソン・クルーソー』岩波書店,416+423p.,620+620円.

今年度の東京経済大学の「人文地理学」後期では,ヨーロッパにおける旅行記とユートピア文学の歴史を辿る講義をしている。本作も当然その講義に含めるべき作品であるが,岩波文庫版で上下巻800ページにわたるのでなかなか読み始める勇気がなかった。でも,今年度は思い切ってレポートの課題図書に選定したので,読まざるを得なくなって読んだ次第。
結局,上下巻読むのに3週間ほどかかってしまった。しかも,岩波文庫版では上下巻となっているが,実は上巻と下巻は別の作品であることが判明。上巻を読み終えたところで,あまりにも結末がしっかりしているので,これ以上同じ分量で何を続けるのかと思いきや,続編でしたね。上巻が『ロビンソン・クルーソーの生涯と冒険』,下巻が『ロビンソン・クルーソーのその後の冒険』として発表されたものらしいが,どちらも1719年に出版され,第3作として,小説の形はとっていないが『ロビンソン・クルーソー反省録』が1720年に出版されたという。
私も当然,ロビンソン・クルーソーの名前は知っていた。無人島に漂着して,自力で生活をするという物語として。しかし,『ガリヴァー旅行記』がそうであったように,実際の作品は非常に長く,学ぶことは大きい。いわゆる無人島での生活を中心にしたのが上巻であり,28年におよぶ無人島生活から英国に帰還したところで終わる。しかし,無人島に漂着する67ページまでにも波乱にとんだ人生が語られている。ロンドンから出向してアフリカはギニアで商人として一儲けし,海賊船に襲われて捕虜になり,脱出して助けられた船に乗ってブラジルに行き,農園を所有しまた一財産作り,再び航海に出たところで船が遭難し,彼一人だけが無人島にたどり着くという物語。
私が知っているいい加減なストーリーでは結末がどうなったかも知らないが,原作ではロビンソンが漂着した島は誰も知らない無人島ではない。野蛮人なる人々が登場するのだ。といっても,その島に住む住人ではなく,近くの大陸(それは後に大陸ではないことが判明するが)から時折島の海岸を利用して食人行為を行うという人々。作品中にコロンブスの名前が出てくるかどうかは忘れてしまったが,とにかく固有名詞は出ていないが,明らかにカリブ海に浮かぶ島々が想定されている。といっても,本作中の野蛮人は日常的に食人行為をするわけではなく,いくつかのいがみ合っている種族があり,小競り合いの結果捕虜になった他種族の人間を食べるのだという設定になっている。捕虜を数人,ロビンソンが住む島の海岸に連れてきて,数人の男たちがお祭り騒ぎで捕虜を食べるという現場が何度も登場する。そんな具合で,上巻の後半はそうした野蛮人からいかに身を守るかという方策にあてられる。しかも,続いてスペイン人の一行が出てきたり,島の近くにイギリス船がやってきたりと上巻の最後の方に急な展開があり,最終的にロビンソンはヨーロッパに帰還する。
さて,下巻はガリヴァーと同様に,元来の放浪癖から再び航海に出る,という始まり。船長になった甥の船に乗せてもらい,いろいろ物資を積んで再び彼が1人で生き抜いた島に行く。その頃は数人のイギリス人だの,十数人のスペイン人だの,野蛮人だのが住んでいる。この時点では,この島はロビンソン個人の植民地ということになっている。単独生活時代に家を作り,家畜を飼い,農産物を栽培し,とできうるかぎりの文明的生活の礎を築く。その後にこの島に住むようになった人間はすべてそういった彼が築いた物資やノウハウに頼らざるを得ない,というところがこの島が彼個人が統治する植民である所以である。そこでは明らかに奴隷制度が横行しているほか,男性だけが住む土地に彼は家畜と同様に女性を連れて行くのである。
ロビンソンは個人生活をしていた時に,漂流の結果彼だけが生き残ったことや,自然の恵みを食することについて,彼は有り余る時間で神に祈り,聖書を読み,プロテスタント派のキリスト教徒になる。そして,再び甥の船でその島に向かう途中,遭難しかけた船を救出し,そこに乗っていたフランス人のカトリック派の司祭とともに,島に向かう。島の住人たちをみた司祭は,かれらをキリスト教徒へと改宗することをロビンソンに提案し,かなりのページが宗教談義に費やされたりする。
結局,3週間ほどの滞在でロビンソンは島を後にし,甥の船の目的地である東インド諸島(現在のインドネシア辺りのことか?)へと向かう。しかし,ここでも災難は降り掛かる。その途中でブラジルに寄ったりもしているが,なんやかんやでロビンソンは乗組員から疎んじがられ,最終的には船から降ろされてしまう。そこで出会った人と共同して船を購入して中国方面への航海を始めるのだが,今度はその船が曰く付きの船で,オランダ人たちに海賊船扱いされて尾行されるのだ。なんとかかんとか,危機を乗り越えて中国にたどり着く。この辺りで最終的にその船は日本に寄ったりする話が書いてあるが,ロビンソンはその航海には参加しない。
結局,中国から陸路,モスクワ帝国を抜けてヨーロッパへ帰るという旅を実行するのだ。その道中では砂漠を横断したり,韃靼人(中央アジアのタタール人)の来襲から身を守ったり。ところで,この韃靼人が島の野蛮人に続いて差別的対象として登場する。キリスト教で禁じている偶像崇拝をかれらが行っているということだけでひどい仕打ちをするのだ。まあ,ここでは自ら危機を招いているわけだが,それも最後に切り抜けてヨーロッパへたどり着く。

訳者である平井氏はトマス・モア『ユートピア』も訳していたりするが,訳者あとがきで,本書がプロテスタントと資本主義精神の関係性を示した典型だと書いていることに妙に納得。といっても,ウェーバーは読んでいないのだが,本作でロビンソンはプロテスタントにこだわっているし,意外に金儲けにも固執している。やはり,いろいろと歴史的なことについて思いを巡らすことができる作品でした。

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