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風土学序説

オギュスタン・ベルク著,中山 元訳 2002. 『風土学序説――文化をふたたび自然に、自然をふたたび文化に――』筑摩書房,448p.,3990円.

私はきちんと読む本は手元に置いておきたいので,図書館で借りた本を読了するということは滅多にないが,本書はやむを得ずそうすることとなった。今回の人文地理学会の発表で,私は場所概念をプラトン『ティマイオス』のコーラ概念から検討することにしていた。本書の著者であるフランスの地理学者ベルクが,同様にプラトンのコーラについて論じていることは実はけっこう前から知っていた。ぺりかん社という出版社が出している雑誌『日本の美学』の1997年の号に掲載された「場所があるということ」という文章がそれだ。当時,大学院にいた後輩,荒木慎二君が日本の巡礼研究をやっていて,「霊場」の特集を組んでいたこの雑誌のこの号をチェックして気づいたのだろう。早速,私にも教えてくれたのだ。
それから10年以上の時が過ぎ,そのコピーもが紛失してしまい,急いでAmazonでこの雑誌を購入したのだが,近所の府中市立図書館に行った時,ふと目にとまったのが本書。ベルクの本は,講談社現代新書の『日本の風景・西欧の景観』(1990)や『都市のコスモロジー』(1993)は読んでいたが,日本研究者でもあり,日本の滞在歴もあり,地理学者以外の日本人にもけっこう人気のあるベルクの議論を私はあまり好きではなく,他の著書はあまり読んでいなかった。しかし,図書館で本書をペラペラめくっていると,上述の論文の記述が前半で利用されていて,つまりあの文章をきっかけとして書かれた本であることが分かった。しかも,その論文では特集の「霊場」に関連させて書かれていたのだが,本書ではもっと大きなテーマをもった壮大な著作だった。
プラトンのコーラは当然場所概念の起源として扱われているから,日本通のベルクにとって,それは西田幾多郎の論文「場所」が論じられるし,そこから最近の彼の主題である「風土性」へと議論を展開するために,和辻哲郎の『風土』も検討される。もちろん,彼はヨーロッパ人だからハイデガーの議論もあるし,デリダの『コーラ』についても言及がある。しかし,基本的にデリダ流の認識論には賛成していないようだ。「シニフィアンの物神崇拝」などと揶揄している。
私はやはり本書の議論にも全面的に賛成するわけではないが,面白い議論もけっこうある。やはりベルクも場所概念を含め,物事を静態的に捉えることを越えようとしていて,静態でも動態でもない,あるいは通時でも共時でもない,通態性(trajectivite)や封土=動性(mouvance),風物身体(corps medial)などという概念を提示し,時間・空間で変化しながらも,ある一定の方向性を有する「風土性」なるものを主張している。ちなみに,プラトンのコーラ概念とアリストテレスのトポス概念を明確に区別し,コーラ概念こそが私たちを取り囲む「環境」を場所概念に組み込むものだと主張し,そうした総体が「風土性」なのだが,風土を分離して,風性=コーラ,土性=トポスと表現したりしている。
でも,ともかく数々の哲学者や日本に住み日本語を使うわたしたちよりも日本について詳しい著者の博学的な議論展開には批判する余地はない。だからこそ,日本の地理学のなかで,ベルクを引用する人は少ないのかもしれない。

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