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オイディプス王

ソポクレス著,藤沢令夫訳 1967. 『オイディプス王』岩波書店,160p.,400円.

いわずと知れたギリシア悲劇だが,これまで読んだことがなかった。もちろん,この作品はフロイトの「エディプス・コンプレックス」,そしてそれを批判したドゥルーズ・ガタリ『アンチ・オイディプス』として有名で,男の子どもが母親を性愛の対象として欲望し,その障害である父親を殺害するという物語であることは知っていたが,まずは原典を読まなくては。
私は以前にアポロドーロスの『ギリシア神話』を読んでいたし,旧約聖書も『創世記』は読んでいた。わたしたちが「物語」という言葉で表現される文章を読む際に頭のなかにある文学形式は歴史のなかではかなり新しく形成されたもので,本書のように紀元前には当然当てはまらない。それを知りつつも,『ギリシア神話』や『創世記』のなかの多くの物語はわたしにとって意味不明だった。なので,本書もある程度は覚悟をして読んだのだが(だからこそ,今まで読むのを避けていたのかもしれない),その心配は無用だった。
この作品はまず演劇のために書かれたことを念頭に置く必要がある。この頃の劇の特徴として途中途中に合唱隊の歌詞が挿入される。もちろん,それも物語と関係するものだ。それ以外は台詞とト書きによって構成される。訳者によって冒頭に「劇がはじまるまでの出来事のあらすじ」が書かれてしまっていて,いわゆる「ネタバレ」なのだが,そのことは作品を読み進める上での興奮の妨げにはならない。さきほど私が書いた物語の短い概要によれば,父親を殺害するオイディプスはそもそも自身の性愛の相手が自身の母親であることを知り,殺害する相手が父親であることを知っているような書き方であったが,この作品では違っていた。オイディプスは人を殺したことがあることは認めていたが,その相手が父親であることは知らなかったし,その後結婚して子どもをもうけることになる相手が自分の母親であったことも知らなかった。だからこそ,その事実が少しずつ明るみになる過程で,自分が犯した罪の大きさを知る瞬間が読者に大きな衝撃を与えるのだ。もちろん,それはオイディプスだけでなく,その母であり妻である女性にとっても。

ともかく,この21世紀に読んでも全く遜色のない物語であった。先日観た映画『灼熱の魂』の土台にもこの物語があるのだと改めて知る。

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