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ゲルハルト・リヒター《アトラス》

林 寿美・ブクロー, B. H. D. 2010. 『ゲルハルト・リヒター《アトラス》』ワコウ・ワークス・オブ・アート,93p.,1500円.

ゲルハルト・リヒターの有名な『アトラス』は日本でも2001年に川村記念美術館で開催されたらしい。そして,どうやらその際の日本語カタログがあるということを知って,探してみたら現在でも入手可能なものとしてあるのが本書。でも,本書に実際の作品はあまり掲載されていない。『アトラス』は1972年に初めて公開されてから現在までふくれあがり,今日ではそのパネル数は600枚を越えるらしいが,11.7×19cmの大きさで90ページあまりの本書に収められたのは16のパネルにすぎない。
そして,文章として本書に収められたのは,『Gerhart Richter, Text』から,インタビューやノートから『アトラス』に関する部分の抜粋。一応,『増補版 ゲルハルト・リヒター 写真論/絵画論』には収録されていない新しいインタビューも一つ収録されている。そして,川村記念美術館の学芸員である林 寿美氏の文章と,『October』という雑誌に1999年に掲載されたベンジャミン・ブクローの論文の翻訳。林氏の解説文は,日本で『アトラス』展が開催された際のカタログに掲載した文章を加筆・修正したものとのこと。この文章は私が今まで読んだ『アトラス』に関する文章で一番分かりやすくて詳しい。
そして,ブクローの文章は実は原文で既に読んでいた。リヒターについて書かれている文章をネットで検索し始めた最初の頃に発見し,しかもPDFファイルがダウンロードできたのがこのブクローの文章だった。そして,リヒターについて調べるにつれ,このブクローという人物がリヒターに最も近しい批評家の一人だということが分かった。この論文は,この『アトラス』という名前が,16世紀の地図学者メルカトールによる地図帳の名前に起因することをきちんと指摘している。しかも,それから議論は20世紀前半の美術史家アヴィ・ヴァールブルクの話へと展開する。ヴァールブルクはエルンスト・カッシーラーやエルヴィン・パノフスキー,フランセス・イエィツなどの今日でも大きな影響力をもつ人々がヴァールブルク学派などと呼ばれたりして,非常に重要な人物である。そんなヴァールブルクが晩年に手がけたのが『図像アトラス・ムネモシュネ』であるといい,数多くの写真を組み合わせてパネルにし,それを蒐集するという意味で,リヒターの『アトラス』の歴史的起源の一つだという。管見の限りではリヒター自身がヴァールブルクに言及しているかどうかは不明だが,リヒターが自身の作品素材アーカイヴに「アトラス」という名前を付けたのは,ヴァールブルクと同じ想像力のなかにあることが間違いなく,両者に批評家が連続性を見出すのは当然だと思う。日本でも,ヴァールブルクについての著書もある田中 純氏が,『10+1』での連載「都市表象分析」の一文でリヒターの『アトラス』とヴァールブルク『ムネモシュネ』に言及している。
リヒターは現代芸術家として,いくつもその創造力の起源を有しているが,この系譜はかなり重要だと思う。

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