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C.D.フリードリヒ《画家のアトリエからの眺め》

仲間裕子 2007. 『C.D.フリードリヒ《画家のアトリエからの眺め》――視覚と思考の近代』三元社,258p.,3200円.

19世紀ドイツの画家,フリードリヒ。前にもリヒター関係の話で何度かこのblogにも登場している名前だが,本書でも最後の最後でリヒターの話が出てくる。リヒターの風景画について論じる人は必ずフリードリヒの名前を出すので,まずはこの画家のことを知らなければということで,Amazonで中古品がなかなか安値にならなかったものの,思い切って買ったのが本書。でも,なかなか素晴らしい研究書だった。まずは目次から。

第1部 「独自」のロマン主義
 第1章 《画家のアトリエからの眺め》
 第2章 フリードリヒの「抽象」
 第3章 リューゲン島の風景――自然,主体をめぐる言説
 第4章 北方の風景――トポグラフィーとアイデンティティ
 第5章 観照の美学から新しい美学へ
第2部 再発見と受容
 第6章 「ドイツ100年展」――フリードリヒの”再発見”とナショナル・ギャラリー(ベルリン)
 第7章 メランコリーとロマン的イロニー――フリードリヒから今日のドイツ美術へ

書名と第1章のタイトルにある「画家のアトリエからの眺め」というのは,1805〜1806年にかけて描かれたフリードリヒの初期のセピア画。右窓と左窓という2枚の連作。フリードリヒの主要作品は1820年代から1830年代にかけてのものが多く,その頃に成熟期を迎えたというのが一般的な理解だという。フリードリヒは1774年生まれ,1840年没だから,まあ50歳前後に成熟期を迎えたという見方。それに対し,本書で著者はこのフリードリヒ30歳頃に描かれた作品のなかに,その後のフリードリヒ作品を理解するヒントが盛り込まれているというのが,書名に込められた本書の主たる意図。
といいつつも,基本的にはこの画家の生涯の作品について論じている。フリードリヒの作品はもちろんのこと,議論の引き合いに出される同時代の別の画家の作品も含め,文中に出てくる多くの作品が掲載されているのは嬉しい限り。この点,100年以上前だと著作権どうのこうのという面倒がないのだろうか。ただし,非常に綿密な資料に基づく研究書なので注釈が多いのは仕方がない。しかも,注は全て巻末に集められている。ちなみに,フリードリヒほどの画家であれば,ドイツ語圏以外でも研究がありそうだが,本書はその議論のほとんどをドイツ語文献から成り立たせている。まあ,美術史を専門とせず,ドイツ語も解さない私のような読者にはこうした本が日本語で読めるのは非常にありがたい。
さて,フリードリヒといえば,「ロマン主義」と「風景画家」という形容がよくつくが,この「ロマン主義」というのは曲者。それだけで分かったような気がするが,この語自体が曖昧で,ロマン主義といわれるものも多様である。
http://geopoliticalcritique.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-968f.html
この読書日記でも以前に紹介した,ケネス・クラークの『ロマン主義の反逆』なんて本もあったが,当時としては旧態依然の芸術界に新しい刺激をもたらした人たちが紹介されていた。フリードリヒもまさにそんな風景画家。英国の地理学者コスグローヴが論じるところによると,風景画というのは幾何学に基づく遠近法の成立にあって,デカルト的な意味における主体と客体の切り離しという思考法が前提となって成立するものである。時代的にはルネサンス以降であり,それは人間が世界を観る特殊な方法として獲得していくものとなる。それはすなわち,人間の視点が固定され,その視野から光学的に目に飛び込む映像ということだ。
それはわたしたち現代人も義務教育の図工や美術の時間に写生会と称し,野外に出かけ,特定の場所に落ち着いたらアングルを決めて風景を描くという訓練(?)をさせられる。静物画などと一緒に,それが絵画の初歩であるかのように。しかし,フリードリヒはこうした風景画の一般的な描き方をしないようだ。もちろん,野外に出かけてスケッチは数多くするものの,それらを持ち帰って組み合わせ,架空の風景を作ったりするという。もちろん,この頃すでに絵画の主要なジャンルとしての風景画の空間構成法には従いながら,しかし,それは画面全体を実在する視覚的風景の再現を最終目的とはしていない。
そして,分量的には第2部の方が小振りだが,こちらもけっこう魅力的。そもそもフリードリヒは現代ではドイツロマン主義絵画の代表格といえるほど有名だが,実は本国ドイツでも忘れ去られていた時期もあったという。そして,ドイツの国家統一がなされ,国力を高めて20世紀前半の二度の世界大戦へと突入しようという時代に注目されたのだという。
風景画が国民アイデンティティの形成に寄与する,という議論はよくあるが,ともするとそれは画家自身が国民アイデンティティの原因であるか結果であるかという主張に結びつくが,フリードリヒの場合にはむしろ利用されたというべきか。もちろん,フリードリヒの場合も,ヘルダーなどの同時代的なドイツの哲学者の思想と関連し,彼自身が愛国的な精神を持っていたこともある。
最後の現代ドイツ芸術家との関連においては,アンゼルム・キーファーという芸術家の考察がまた面白いし,リヒターについての議論は分量的には少ないが,なかなか鋭い考察がなされている。もちろん,本書はフリードリヒに深い思い入れがあり,基本的には批判的視点よりも彼の作品をよりよく評価するというのが根底にあるが,それでも非常に謙虚な筆運びで,綿密な調査に基づく考察はとても勉強になった。

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