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定本 想像の共同体

ベネディクト・アンダーソン著,白石 隆・白石さや訳 2007. 『定本 想像の共同体――ナショナリズムの起源と流行』書籍工房早山,386p.,2000円.

今年度前期の「人文地理学」講義で教科書として使用する予定なので,久し振りに読み直した。ちなみに,私が十数年前に読んだのは1987年にリブロポートから翻訳が出たもの。原著は1983年で,1987年の日本語訳は本書の世界で初めての翻訳だったらしい。そして,1991年に新たな章が書き加えられた改訂版が出版され,2007年の日本語訳はそれを含むもの。まずは目次をみてみよう。

1 序
2 文化的起源
3 国民意識の起源
4 クレオールの先駆者たち
5 古い言語,新しいモデル
6 公定ナショナリズムと帝国主義
7 最後の波
8 愛国心と人種主義
9 歴史の天使
10 人口調査,地図,博物館
11 記憶と忘却
旅と交通――『想像の共同体』の地伝について

1991年の改訂版で新しく追加されたのは10章以降。特に,地理学者にとっては10章で地図の話が出てくるので,言及されることが多かった。なお,本書以降にポストコロニアル研究などで「クレオール」という語が一般的になったため,4章のタイトルが「旧帝国,新国民」から改められている。
リブロポート版を読んだ時,私にとって一番印象的なのは「出版資本主義」に関する議論であった。この議論は日本の明治期における近代化の話でもよくされるようになったが,国民という政治集団は,新しい国民国家という政治主体によって上から押し付けられるようなもの(義務教育や徴兵制)だけではなく,個人個人が好んで参加していくものだという議論。個人は新聞や雑誌,そしてそれらに掲載される小説を読みたいがために標準語を習得し,そこに描かれるフィクショナルな人物たちに自分を投影することで,見ず知らずだが同じ国土に住む人たちに共鳴し,共感し,同情し,それが共同意識につながるという考えだ。しかし,改めて読んでみると,出版資本主義の議論はそれほど印象的ではない。というのも,この議論はフェーヴルとマルタンの『書物の出現』にかなり依拠しているのだが,私はその後,翻訳されている『書物の出現』を読んだ。このことで,本書の斬新さはあまり感じられなくなった。
また,私にとって過去の読書はこの印象が強かったために,本書の重要な主張をあまりきちんと理解していなかったようだ。本書は,これまでナショナリズムの起源をヨーロッパとする定説を覆すことで注目されたのだ。著者によれば,ナショナリズムというのは植民地が独立する際の原動力として登場するものだという。著者の専門はインドネシアだが,かつてのオランダ植民地支配から脱するために,本来地域的なまとまりを持たない島々の間で共同意識が生まれることで独立運動が起こるという。しかも,それは支配のために入植者たちが現地の住民に押し付けたオランダ語やヨーロッパ文明の浸透としての出版資本主義。こうした手段を使って,独立運動が起こるという皮肉というか,時代の運命というか,そんなことが見事に描かれている。
と,分かったように書いてみたが,実はここが本書の難しさでもあり,それがゆえに今以上に知識が浅かった私が一度目に本書を読んだ時にはきちんと理解せずに,知識としても蓄積されなかったのである。これは,今後講義を行う上でも自分のなかで補足しなくてはならないことだ。つまり,植民地の歴史と独立の歴史を知ること。どの時代に,どこの国がどの地域を植民地化し,それがどのようにしていつ独立するのか。植民地化の歴史はラテンアメリカに始まって,アフリカに終わるともいえるが,その分かりやすい2つの大陸に比べ,実は植民地化に日本も加担した,アジアの歴史というのは意外に理解していないことを自覚させてくれた。
さて,それはそれとして,意外にも1991年に書き足された章はあまり目新しいものではなかった。でも,そのなかでも一番面白かったのは,あとがきともいえる「旅と交通」であった。これはいわゆる旅と交通の話ではなく,出版資本主義の議論をその一商品でもある本書自体について分析したものである。1983年に出版された本書は1987年に日本で初めて翻訳されたが,それはリブロポートという今はなき西武系の出版社だった。日本の場合にはいかにも思想を反映した出版社というのは少なく,多くの出版社の政治的思想は分かりにくい(まあ,政党すらも思想的にはっきりしない国だから仕方がない)。リブロポートの場合にはある意味,本書を知的流行として捉えていた感がある。実際に「社会科学の冒険」というシリーズの一冊として出版されている。それから始まった世界中での本書の翻訳は,時代によって地理的分布が異なり,またそれを手がける出版社,国によっては正規にではなく海賊版として,出版されたという。日本では,本書が発禁処分になるなんてことはありえないが,国によっては当然事情が違う。まさに,植民地後のこのグローバル世界において,本書の受け止められ方,また利用のされ方も違うという。その辺りの考察を原著者自身が行うということはすごいことだ。あらためて,アンダーソンのすごさを思い知らされる。
さて,日本では改訂版も聞いたこともない小さな出版社から出されたわけだが,これがまたけっこうひどい。リブロポート版にはなかったウムラウトの文字化けがあったり(28ページ),文献の日本語訳情報があったりなかったり。まあ,ちょっとこの辺は笑うしかない感じだが,きちんと読むべき人は原著に当たれ,ということで,原著もAmazonで購入した次第。

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