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その街の今は

柴崎友香 2009. 『その街の今は』新潮社,158p.,324円.

私が手にしたのは新潮文庫版で,単行本の初版は2006年とのこと。実はつい最近までこの作家の名前は知らなかった。映画好きの私は当然『きょうのできごと』は公開当時劇場で観ていたが,妻の書棚にその原作本が置いてあり,「ああ,あれって原作あるんだ」という程度でその場で読まなかったし,名前も覚えなかった。
さて,最近の私の会社の仕事はムラがある。そして,大半はいたって暇である。そんな時にサボってみられないのは,ネットでの検索。私の場合は当然遊びではなく,研究関連のネット利用だが,そんなときに引っかかったのが,この作者,柴崎友香氏のインタビュー記事。こんな2009年のものである。そう,検索ワードは「地理学」で引っかかったのだ。彼女は私より年が3つ下で大阪府立大学(こちらはWikipedia情報)での専攻は「地理学」だったらしい。大阪府立大学には福田珠己さんという優秀な地理学者が勤めているが,私が彼女に初めて接触したのは,私が1994年に『地理科学』に掲載した論文の抜き刷りを送ったときで,その返信の手紙が残っていた。彼女は学部卒が修士修了後に徳島県立博物館に勤め,その後出身大学の関西学院大学の大学院に入り直した。その後大阪府立大学に就職するが,柴崎友香さんが在籍した時にいたかどうかは不明。ともかく,柴崎さんはインタビューに書いているように,卒業論文を「写真による都市のイメージの考察」というタイトルで書いていたらしい。私の卒論は1993年に『人文地理』に掲載され,都市イメージの言葉はあえて用いていないが,このタイトルで卒論を書くんだったら私の論文を読んでいる可能性は十分にある,と勝手に嬉しくなってしまったり。
そんなこんなで,その卒業論文をいかして書いたという『その街の今は』という作品を早速書店で購入して読むことにした。少なくとも,映画の『きょうのできごと』は非常に好きな雰囲気だし,私もその後写真を研究テーマに用いたり,インタビューのなかに出てくるポール・オースターも当然好きだし。
ということで,読み始めましたが,さすが都市と写真をテーマにした卒論を書いた人だけのことはある。非常に緻密な観察眼から成り立っている小説です。というのも,主人公に自分自身を重ね,古い大阪の写真を集めるのが趣味だという設定。昔の写真を集め,それを手に同じ場所を訪れることを密かな趣味にしている主人公。単に見た目の風景の新旧比較というだけではなく,上の世代の人たちにさりげなく昔の大阪について話を聞くという徹底振り。その代わり,ドラマティックな物語展開はありません。まあ,それは映画版『きょうのできごと』を観ていれば分かることではありますが。しかし,確かになかなか魅力的な作品を書く作家ではありますね。単に風景に対して鋭い観察眼をしているだけではなく,人物描写についてもいえます。
ところで,文庫版には川上弘美さんが解説文を寄せています。これがなかなかコンパクトながら鋭いところをついています。といっても,私はまだ柴崎さんの作品を2冊しか読んでいないのに対し,川上さんはこの解説のために,読んだものは読み返し,読んでいないものも読むという徹底ぶりで柴崎さんの作品世界の特徴を捉えたというから当たり前か。その解説文で,川上さんは柴崎さんを唯一無二の存在と表現していますが,これは有り体の表現としてではなく,柴崎さんであっても,ちょっとした日常の出来事の展開の違いで作品は変ってくるという。つまり,さまざまな偶然性がもたらすものが柴崎作品の特徴だという。柴崎友香という確固たるアイデンティティを有した作家としてではなく,自分の周囲に起こる日常のさまざまな出来事の影響のなかで,彼女はコンテクスチュアルに作品を生産するとでも言い換えることができましょうか。地理学的にもなかなか興味深い作品です。ちなみに,この作品は関西地区限定放映でドラマ化もされたようですね。

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