« 新しいこと2つ | トップページ | 映画レポのみ »

那覇:戦後の都市復興と歓楽街

加藤政洋 2011. 『那覇――戦後の都市復興と歓楽街』フォレスト,240p.,1800円.

久し振りの読書日記。最近はリヒター論文の執筆中につき,単行本ではなく学術論文ばかり読んでいる。昨年の今頃も下北沢論文を書いていたが,関連文献の量は圧倒的に増えてしまった。なぜそんなことが思いつかなかったのか分からないが,ともかく最近は国内外に限らず,論文がPDFファイルでインターネット上に溢れているのだ。関連するキーワードに「PDF」などを付ければ,全く知らなかった学会誌や,聞いたこともない大学の紀要の類がいろいろ出てくる。もちろん,そうなるとそれが価値のある論文なのかどうかはある程度読んでみないと分からないのだが,ともかく際限がない。日本では書籍の電子化はまだまだ進んでいないようだが,洋書ではすでに何冊かPDFで入手してしまった。正規のルートで購入すれば4000円前後してしまうもの。研究がしやすくなったのか,しにくくなったのか。
さて,本書は著者からいただいたもの。こちらから抜き刷りを1本送ったら著書を送ってきてくれた。申し訳のない不等価交換だ。といっても,こちらはこの3年間で3本の論文しか書いていないのに,あちらは3年間で4冊の本を執筆しているのだから仕方がない。ありがたいので,すぐに読むことにした。といっても,歯磨きの時間を中心に自宅で読んでいるだけなので,けっして厚い本ではないが,1ヶ月以上かかってしまった。
「はしがき」に「小さな驚きや発見,ちょっとしたコトやモノに対して覚える戸惑いをきっかけに」(p.5)と書かれているが,これは彼が翻訳したソジャ『第三空間』の最終章のタイトル「ちょっとした戸惑いを刺激として」(これは雑誌『10+1』の24号,2001年に先行で訳出された)を明らかに意識している。それに加え,加藤氏は昨年『空間・社会・地理思想』(14号)にもマッシーの「ウィゼンショウに住まう」を訳出している。どちらも著者の生活に関わりの深い場所を,学術的な決まり事にとらわれずに書かれた地理学的記述だといえる。加藤氏の言葉を使えば「空間誌」ということになるようだ。たしかに,「はしがき」では彼の昼間の那覇の散歩コースが,そして「あとがき」では夜の飲み歩きコースが描かれており,ソジャやマッシーを積極的に日本に紹介している彼ならではの新しい都市のモノグラフィが期待できる。
しかし,序章から読み進めるにつれて,その期待は変っていく。そう,もちろん本書の書名にあるように,あくまでも本書は那覇の歴史地理学なのだ。この直球的なタイトルの付け方は,彼の先輩方が翻訳したハーヴェイの『パリ』(青土社,2006年)を意識しているのか。といっても,この本を私は読んでいないが,本書『那覇』がそうした様々な地理学者の影響下にあることは間違いない。
ところで,加藤氏自身が書いているように,本書は彼のこれまでのフィールド,大学院を過ごした大阪(『大阪のスラムと盛り場』),はじめに就職した大学があった神戸(『神戸の花街・盛り場考』),そして現在の職場である京都(『京の花街ものがたり』)と馴染みのある都市について研究してきているが,そうではない都市について一冊の本を書くのは初めてだという。研究者が馴染みのない土地で研究を始めるのはもちろん大変だが,読者も馴染みのない場所について書かれた一冊の本を読むのもなかなか大変だ。しかし,私はもう10年前になると思うが,那覇にはけっこう通ったことがあった。といっても,会社の仕事の関係だが,一度は那覇空港の夜間工事の立ち会いで延べ1週間ほど滞在したこともある。夜間の仕事ということで,昼間はフリー。といっても,夜間に起きているために大部分は睡眠に当てなければならないのだが,意外と那覇の街は歩いた。といっても,何か目当てがあるわけではないので,迷わない程度にあてどなく歩いただけで,那覇の土地勘ができたわけでもないのだが。ちなみに,まだモノレールができる前の話である。その他にも那覇には打ち合わせと称して他の社員の方と一緒に行ったことがある。今ではなくなってしまったが,その頃は継続的に那覇空港をはじめとした沖縄内空港の業務があって,社員の方が一人は空港事務所に出向していたのだ。なので,出向経験のある社員は那覇に詳しく,1泊だけでも訪れると皆で行きつけの店に飲みに行くのだ。一度は女性がお酌をしてくれるような店にも行ったことがある(決して性風俗店ではありません)。しかも,その日はたまたま旧盆にあたっていて,その街ではお祭りが催されていた。なので,本書で描かれる歓楽街というものもなんとなく想像できるほどには知識があった。ということで,読みやすかった次第である。とりあえず,目次を示しておこう。

序章 那覇の空間誌へ
第1章 歓楽街の設置問題とビジネスセンター構想
第2章 遊郭から料亭街へ
第3章 都市計画と歓楽街(1)―《栄町》の誕生をめぐって―
第4章 忘れられた最初の商店街―《神里原》の盛衰をめぐって―
第5章 変容する遊興文化―《桜坂》誕生の意味―
第6章 《ハーバービュー》の地理学
第7章 都市計画と歓楽街(2)―《辻》の再興をめぐって―
終章 「都市動態の研究」へ

読み終わって,荒又美陽さんの『パリ神話と都市景観』と比較したくなった。もちろん,都市にはそれぞれの事情があり,歴史がある。パリと那覇では全く事情は違うのだが,ある意味で都市の陰の部分を研究として扱うと同時に,その陰の部分を行政の側がどう対処しようとしたのかということも研究対象としている,という点でこの2冊は共通しているように思う。しかし,すでに何冊も著作を書いている加藤氏と,博士論文を基礎として初めて単行本としてまとめた荒又氏。そんな違いも明白にある。物語としての話の展開にはぎこちなさがあるものの,実直に,そして徹底的に学術的なものであろうとする荒又氏の本に対し,加藤氏のものは読み始めは明らかに読者を意識した,読み手を飽きさせない展開を心得ている。第7章まで読み進めて,私は那覇の地元の出版社から出しているということと,1800円という値段に押さえていることから,地理学とは関係ないが那覇という都市の歴史に興味を持つような読者に対して書かれたものだと想像した。資料の出典なども明示はされているが,詳細な情報は与えられていない。そして,その資料のほとんどは新聞(『琉球新報』と『うるま新報』)であり,当事者が書き残した伝記の類である。第7章までは学術的な文献にはほとんど言及がない。この時点では,比較するのであればむしろ,雑誌『旅』に徹底的にこだわって書かれた森 正人氏の『昭和旅行誌』だと思っていたが,終章で突然学術的な議論が登場するのだ。
都市研究のシカゴ学派と,その同時代人としての日本の都市計画家「石川栄耀」。そして,ロラン・バルトを経由して,最終的には加藤氏の好きなアンリ・ルフェーヴル(多くの翻訳がルフェーヴルと表記しているのに,加藤氏はルフェーブルという表記にこだわるのはなぜか?)に落ち着く。
今更告白するが,実は加藤氏の著作は1冊目の『大阪のスラムと盛り場』(2002年)以来読んでいなかったのだ。なので,他の著作がどんな書き方をしているのか分からないのだが,本書がどんな狙いなのかイマイチよく分からなくなった。まあ,上に書いたように,すでに冒頭からソジャとかマッシーとかハーヴェイとか,読む人が読めば分かるような記述があったので,そういう地理学者読者が楽しめる要素と,そういうこと抜きで楽しめる,両方の要素を取り込んでいるのかもしれない。学術的な立場からいえば,突っ込みどころはたくさんあるが,そういう風に理解しておくことにしよう。ともかく,加藤氏の他の本も読んでみたくなった次第である。

|

« 新しいこと2つ | トップページ | 映画レポのみ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/218863/54921084

この記事へのトラックバック一覧です: 那覇:戦後の都市復興と歓楽街:

« 新しいこと2つ | トップページ | 映画レポのみ »