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表象空間の近代

李 孝徳 1996. 『表象空間の近代――明治「日本」のメディア編制』新曜社,342p.,2900円.

本書の読書日記を書くにあたって,新曜社という出版社について書こうと思った。大学院に入りたての頃は社会学関連の図書をよく読んでいて,新曜社の本もけっこう読んだ記憶があったからだ。しかし,書棚をよく見ると実はあまりないことに気づいた。本書で6冊目。せっかくなので,列挙してみよう。

バーガー,ルックマン『日常世界の構成』(1977)
ライター『エスノメソドロジーとは何か』(1987)
シャルチェ『読書の文化史』(1992)
西川長夫『地球時代の民族=文化理論』(1995)
ケーシー『場所の運命』(2008)

バーガー・ルックマンは最近新訳も出た名著で,私も1994年の論文で活用させてもらった。エスノメソドロジーはこの本で一時期はまってしまったが,結局研究には活かせていない。シャルチェの本を読んだ頃はアナール学派の歴史学にはまっていたころだ。日本でシャルチェの著作も相次いで翻訳されたが,最近はあまりされていませんね。西川氏の本の頃になるともう最近なので,この出版社をあまり意識するようにはなっていない。ケーシーの本は原著で読んでいて,読み返すのは大変だなあと思っていた頃に翻訳が出てありがたいと思ったが,この出版社でしたね。
ともかく,私の読書関心も変化するように,出版界でも分野のはやり廃りがあり,この出版社もそれに対応するように,社会学から歴史学,哲学の本も扱うようになっているのでしょう。西川氏の本は歴史よりだし,なによりもこの李氏の本が西川氏の本と同じ時期に出版されたというのもうなづけます。
と,前置きが長くなりましたが,本書の存在は出版当時から知っていたものの,日本の近代史を真面目に勉強するつもりはなく,そのままにしておいた。最近,古書店でたまたま安く売っていたので買ったところ,最近読み込んでいた風景・景観関係の文献のなかの一つで,その著者が風景の捉え方は本書に依拠するみたいなことを書いていて,この本は風景の本なの?と思い,手元のものをパラパラめくってみた。日本の近代期における風景というと志賀重昂の『日本風景論』の話だったり,柄谷行人の「風景の誕生」論が必読書とされたりで,視覚芸術としての話ではなく,文学における風景観という議論になりがち。でも,本書は冒頭に油彩による戦争画が掲載されていて,けっこう真面目に遠近法と風景画の関係などを論じていたりして,早速きちんと読むことにした。まずは目次を。

 序章
 第1章 境界と切断
第I部 「風景」の変容――「空間」の近代化
 第2章 アノニマスな風景の出現
 第3章 風景への視線――「風景画」の誕生
 第4章 言葉と風景――遠近法と言文一致
第II部 メディアの変容――経験の均質化
 第5章 「声」の変容――情報メディアと速記術
 第6章 視覚革命――複製技術の変容
 第7章 教育の変容――〈知〉の空間の均質化
 第8章 交通空間の変容――世界のパノラマ化
第III部 境界の変容――外部の顕現・内部の誕生
 第9章 権域の空間――近代国家「日本」の境界
 第10章 「国民」の輪郭――均質性と境界
 終章 表象空間と近代

こうして目次を打ち込んでみるとやたらと「変容」と「均質化」が使われているのに気づく。国民国家研究にありがちな日本の近代化におけるさまざまな分野の変容と,それに伴って国家内部が均質化するという議論だといってしまうと身も蓋もない。実際に読んでみるととても魅力的なので,目次は気にしない方がいいようだ。
本書は東京大学出身者ではたまにあるが,修士論文が本になったもの。現在は東京外語大学にいるようだが,なんと学部では生物学を専攻していたとのこと。といっても九州大学ですから,頭のできは違うんでしょうね。それが東大の表象文化論の大学院に入って,ちょっと所属は違いますが,木下直之や小森陽一,大澤真幸,佐藤健二,なぜか巻末の文献表からは抜けているが吉見俊哉や若林幹夫など,東大の先輩の業績を巧みに取り入れつつ,独自の論を展開しています。
私の修士論文もある意味でそうでしたが,やはり研究に対する熱意が違いますね。何か気になることがあるととことん調べ,しかもそれらを強引に自分の論理に引きつけていく。そして,それは研究内容だけでなく,「あとがき」に書かれていますが,研究自体を自分の人生の目的の一部とするような,そんな熱意を感じることができる本です。しかし,話がかなり大きいので,論を組み立てるのに用いた事例の多くは個別の経験的研究がなされているもので,一次資料によるものは少ないのも特徴ですが,まあそういう大風呂敷的な研究もあってしかるべきですし,そういう類の研究にしてはまだ修士論文ということもあって非常に謙虚であるともいえます。
また,すっかり内容の説明をしていませんが,是非本書は多くの人に読んでもらいたいですね。と出版後16年も経って読んだ私が偉そうにいえることではありませんが。そして,現在著者がどんな研究をしているのかも知りたいところです。

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