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青空感傷ツアー

柴崎友香 2005. 『青空感傷ツアー』河出書房新社,174p.,470円.

妻の書棚にあった柴崎友香もの2冊目はこれでした。
『その街の今は』と本書は語り手が1人。『きょうのできごと』は語り手が交互に入れ替わる。『その街の今は』はタイトル通り基本的に場所は移動せず,主人公の日常的な範囲内で収まっている。『きょうのできごと』は大阪に住む人々が京都に引っ越した友人を訪ねる設定。どこか明示はされていないが動物園なども出てきて,関西圏にいくつか舞台を持つ。それに対し,本作は主人公ともう一人の女性の活動範囲が広い。冒頭では東京発新大阪行きの新幹線で,主人公の芽衣と音生(ねお)の2人旅が始まる。3年勤めた会社を辞めた芽衣と,東京で恋人の二股が発覚して別れてきた音生の感傷ツアーってことだ。突然トルコに出かけることになった2人。旅の途中で仲違いしてしまうのに,帰ってくるとその足で徳島の温泉に移動し,そこで長期滞在をする。そして,また急に思い立って石垣島まで辿り着く。
まあ,それだけでも柴崎氏の作品としては大きな出来事の連続なのだが,ある意味では相変わらずドラマティックな展開はなく,淡々と物語は進む。ある意味で,これら3作品で作品中舞台の空間スケールが異なっているのは,地理学を専攻していたという作者のこだわりだろうか。トルコ旅行における主人公の視点も単なる観光客目線とは違ったものを感じます。
そして,今回も文庫版なので,解説文がついています。今度は長嶋 有という人物の解説だが,『きょうのできごと』の保坂和志氏の解説文が気に入ったらしく,勝手に続編にしていて,タイトルは「ジャームッシュ以降の作家・その2」と題された。そして,長嶋氏は次の人にもバトンをつなげたいとこの文章を結ぶ。この解説文でも非常に的を射たことが書かれていた。それは,私の『きょうのできごと』の読書日記とも相通じるし,私の研究活動の意義にも類似している。というのは,作者が解説者とのインタビューでの一言を引用して次のように書いていることだ。「これから世界がどんどん(閉塞した)管理社会になっていくとか,そういうことを(私は)信じていない」という発言だ。そして,長嶋氏もそれにひどく同意する。簡単にいうと社会に対する楽観主義だが,驚くべきことに文学の世界でもそうした楽観主義はあまり受け入れられないと長嶋氏は主張している。同じことは学問でも,特に私が属していると考える人文・社会科学で特に似たような風潮を感じるのだ。近年顕著になっている政治的な問題や社会的な問題を取り上げ,ユーモアなど排除して,文彩も排除して論文を書くのが研究者だと,そんな風潮があるように思う。でも,実はそれは間違いで,ヨーロッパの難民を研究している人や日本の日雇い労働者の研究をしている人は私と同様に,なかなか就職できないでいる。結局,大学側が要求しているのはなににつけても社会に波風立てないような知的刺激がほとんどないような研究者なのだろうか。まあ,それにしても読む人が読めば上の例は具体的な地理学者のことを書いているのがバレバレなのだが,彼らは少なくとも出版界からはある程度必要とされている。それに対して,私のような研究は全く必要とされているように思われない。メディアを研究していても最新のものでもないし,思想ぶった文章を書いていても,それは1970年代くらいの思想家で最新でもない。自分では政治的な批判を込めているつもりだが,それは決して分かりやすいものではない。むしろ,何気なくやりすごしてしまうようなもののなかに,批判すべき社会の本質が潜んでいるのではないかと,しかも一方ではそういう作品は地味に楽しむことができるような。
なんか,書いていて自分だけにしか分からないような内容になってきたので,この辺にしましょう。

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