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鯰絵新考

気谷 誠 1984. 『鯰絵新考――災害のコスモロジー』筑波書林,91p.,600円.

気谷氏は『風景画の病跡学』の著者である。その素晴らしい研究にうならわれたわけだが,筑波大学付属図書館の職員だからまったく学問の世界と無関係なわけではないが,大学教員としての職業研究者ではないという事実を後になって知った。そして同時に知ったのは,2008年に気谷氏が他界していたということ。
ということで,彼の研究論文や著書というのはそれほど多く残されていないということだ。そんななか,古書店で実物を見たのか,たまたまAmazonかなにかでその存在を知ったのか,本書の存在を知り,すぐさま購入してすぐには読まずに大事に置いておいた。というのも,本書は「ふるさと文庫」という新書サイズで100頁未満という小冊子にすぎず,読み始めてしまったらすぐに終えてしまいそうだったから。しかし,先日神奈川県立近代美術館の葉山館に出かけた際,今度鎌倉館で気谷氏の鯰絵コレクションの展示が予定されていることを知る。なんだかんだでそれもなかなか行けず,最終日になってしまったが,9月9日に鎌倉まで出かけることにした。当初は家族で行く予定だったが,息子が風邪をうつされてしまい,結局一人で行くことに。展示を観てから本を読むか,本を読んでから展示を観るか,と迷ったが,一人で行くので行きの電車で読むことにした。自宅の最寄り駅から北鎌倉駅までちょうど1時間半ほどで読み終えることができた。目次を見ておこう。

序章
第一章 鯰の老松――仕掛人仮名垣魯文
第二章 志ばらくのそと寝――道化役鯰坊主の出奔
第三章 水神の告げ――偽王・呪文歌・竜退治
第四章 ひやかし鯰――仮宅と瓢簞鯰
第五章 繁昌たから船――常世波の彼方から
付章 難義鳥――脱コード化あるいは祝祭の終り

冒頭に紹介されているが,鯰絵についてはオランダの人類学者アウエハントによる『鯰絵――民俗的想像力の世界』(1964年)が1969年にせりか書房から翻訳もされているということで,本書はそこでは論じられていなかった側面について考察するものとしている。だから,タイトルは「新考」になっている。
後で別の日記にも書くが,気谷氏がコレクションにした鯰絵の多くは安政2(1855)年のものがほとんどのようだ。もちろん,鯰で災害といえば地震のこと。安政2年10月2日(西暦だと1855年11月11日)に南関東直下地震があり,気谷がコレクションしたのは,この震災に関する報道記事ということになる。だから,神奈川近代美術館で今,この展示を行うのはそれなりの意義がある。以前,木下直之・吉見俊哉編『ニュースの誕生――かわら版と新聞錦絵の情報世界』(東京大学出版会,1999年)で学んだが,この頃の報道といえばかわら版と新聞錦絵であり,それらを今日眺めるとなんとも微笑ましいものである。現代のニュース報道の根底にある真面目さというものがない。といっても,ニュース報道の中立性とか客観性とか,真面目さというのはごく最近つくられたものだと思う。特に最近の民放の夕方のニュース番組はワイドショー的な雰囲気になっているが,そもそも視聴者が求めるのはそういうものなのかもしれない。
そして,かわら版や新聞錦絵は江戸の絵画的表現である浮世絵の系譜を引いている。江戸の人物画といえば相撲に芸者に歌舞伎役者,ということで,この鯰絵も基本は災害の様子を伝えるニュース報道なのだが,その語り口は相撲を除いた花街と歌舞伎というものと深く関係している,というのが本書の視点。
このように,分かったような描き方をしているが,日本の歴史はかなり苦手。本書も読みにくいところは所々あった。それでも,この鯰絵の図像がかなり面白く,しかもきちんと解説されるとその面白みはさらに増す。私にとって面白かったのは,震災が単純な悲劇としてのみ捉えられていないというところ。地震は金持ちも貧乏人も同時に平等に被害者にする。その場合,たんまりあった財産を失う金持ちと,場合によっては借金が帳消しになる貧乏人とを比べると,地震はまさに天からのマネーゲームのリセットのようなものである。そんなことを図像化した鯰絵に,七福神の宝船をもじって,船を鯰に,七福神を建設産業の事業者たちに描き変えたものがあったり,鯰が金持ちの背中をさすり,嘔吐した汚物が途中でお金になって,下界の肉体労働者たちの下に降るというもの。つまり,震災によって家々が倒壊した後には,建設業者たちに仕事がまわってくるという次第。現代ではこういう話は不謹慎で表立っては語れないが,この時代は堂々と語られていたのだ。
それから面白いのは,もちろん地震の源である鯰を捕らえる図が多いのだが,なぜか鯰のつるつると滑る頭を,角のない瓢簞で押さえつけるという図像が多いのだという。その理由はすっかり忘れてしまったが,こういう不可解なところがまた何とも面白い。

本書の紹介はこのくらいにしておこうか。気谷氏の死後,遺稿が2冊ほど出版されているらしいから,また読むのを楽しみにしておこう。

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