« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月

フランス革命前後

まったく表題とは関係ない話だが,私には一つ憤慨していることがある。くだらないことだが,最近のジーンズ市場の話である。近年の人類学を中心として,人文・社会科学一般で「真正性authenticity」に対する疑いがある。簡単にいうと,「本物らしさ」というものは演出されたものであるということ(そもそも字義的にいって本物らしさは本物ではない)。例を挙げれば,一昔前に缶コーヒーのCMで「オーセンティック」という言葉が使われたことがある。基本的に缶コーヒーはレギュラーコーヒーとは別物であるが,よりレギュラーコーヒーに近い味を缶コーヒーで実現した,というようなCMである。でも,実際飲んでみれば分かるように,その商品はあくまでも缶コーヒーだ。
それは以前からジーンズ市場にもあった売り文句でもある。リーバイスのジーンズが,創業当時の商品に近い復刻版を売り出す時の文句。ヴィンテージ・ジーンズや中古ジーンズが流行ったとき,長年履き込んだ色落ち感を人工的に作り出すというのが流行った。それは現在まで引き続いている。そして,私がトゥモローランドでユーズド感覚のブラックジーンズを購入した頃に出始めたのが,単に腿やお尻に色落ちを施すだけでなく,足の付け根にできる皺を再現するような色落ち加工である。
これは瞬く間に広がっていることは,この1年間にジーンズの購入を検討したことがある人なら分かるだろう。一昔前はその色落ち感がいかに自然であるかということが重要だったが,現在ではその加工をしなければジーンズではない,といった位にエスカレートしている。皺に見える色落ち加工ではなく,皺そのものをあらかじめつけて売っているという始末。しかも,怪しげなジーンズ屋ではなく,ユニクロやGAPも当たり前のようにやっている。そして,それはチノパンやスキニー,場合によってはレギンスにまで及んでいる。
一応,社会科学者の端くれである私だから,今更オーセンティックだの自然だのを求めるわけではないが,何も加工がない普通のジーンズを探すことが一苦労,あるいはこだわりのある高価なジーンズメーカーでないと手に入らないというこの状況に憤慨するのだ。まあ,いまさらポストモダンだのというのも時代遅れだが,まさにこうした加工はユーズド感を追求するという目的を忘れ,それ自体として成立している。まさに,模倣する対象を失ってしまった模倣,シミュラークルだ。
そういうものが価値の選択肢の一つとあることはいいことだと思うのだが,それのみになっている現在の状況はどうかと思う。この時期にジーンズを履き始めた若い人たちはこれがジーンズだと思うのだろうか。ともかく,価値観の多様性を保つような努力をしていただきたいものだ。

12月28日(金)

私の勤めている会社は前日で実質的に年内の業務終了。一方の妻は金,土と出勤ということで,この2日間は私の映画見納め。

丸の内日劇 『レ・ミゼラブル
本作は上映時間が2時間半と長いので,1日で2作品を観ようと思うと,どうしても早朝からになってしまう。ということで,9:10の回で観る。『英国王のスピーチ』の監督トム・フーパーがミュージカル作品として人気の「レ・ミゼラブル」を映画化。アン・ハサウェイがこの作品のために髪を切り,減量をしたということ,そしてTOHOシネマズの作品紹介では,本作が演技中に歌の収録もするというスタイルで撮影したということを強調していたので,基本的にミュージカル嫌いな私だが,観ることにした。
まあ,結論からいうとやはり私をミュージカル好きにすることはできないかな。ミュージカルにもおそらくいくつかのスタイルがあって,私が想像していたのは,普通の演技があって,時折歌うというものだったが,本作は基本的にほとんどの台詞を旋律に乗せて歌うもの。それが感情移入を妨げていた。悲しいシーンが多かったのに,ほとんど泣かなかった。アン・ハサウェイの出番も思いの外少なかったのも残念。やはり頑張っていたのはヒュー・ジャックマン。ラッセル・クロウの出番は多かったけど,彼らしさを発揮できる場面が少なかったかも。コゼット役のアマンダ・セイフライドは今回は清楚な役である意味貴重。時代の描き方もちょっと安っぽくて残念。

日比谷シャンテ 『マリー・アントワネットに別れをつげて
引き続いて観たのがこちら。『レ・ミゼラブル』が12:05に終わって,移動する途中で前売り券を購入し,ファミリーマートで缶コーヒーとパンを一つ買って(一応平日の昼休み時間なので若干混雑),予告編上映中に席に着く。『レ・ミゼラブル』が1789年のフランス革命後の王政復古時代を舞台にしているが,こちらはまさに1789年7月15日の前後を描いた作品。レア・セドゥ演じる若い女性がダイアン・クルーガー演じるマリー・アントワネットの朗読係という設定。
こちらはヴェルサイユ宮殿での出来事がほとんどだが,実際の宮殿でのロケということもあって時代の描き方はなかなかリアルだ。門の外側の手すりがいかにも近代的だが,下手に隠したり画像処理をしないところも潔くて良し。本作は若き朗読係が王妃に心酔してしまうという内容だが,王妃の方はある貴族婦人にぞっこん。その婦人を演じるのが久し振りにスクリーンで観るヴィルジニー・ルドワイアン。レオナルド・ディカプリオと共演した『ビーチ』以来で,もう彼女も36歳とのことだが,相変わらず美しい。裸体で寝ている姿も本作では拝めます。ちなみに,主演のレア・セドゥもどこかで観たことがあるはずだが,プロフィールにある出演作品をみてもピンと来ない。今年観たばかりの『ミッドナイト・イン・パリ』にも出演していたらしいが。
まあ,ともかくフランス映画的作りが,やはり『レ・ミゼラブル』よりも私の好みです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

風景と記憶

サイモン・シャーマ著,高山 宏・栂 正行訳 2005. 『風景と記憶』河出書房新社,738p.,9500円.

風景研究の必読書でありながら、まずその価格に買い惜しみし、ようやくAmazonの中古で少し安く購入しても、その厚さに読み怖じした。会社での昼休みは、一人で落ち着いて何か作業をするのにもってこいの環境だが、論文執筆時はいろいろとやることが多い。家での読書は歯磨きなどのちょっとした時間の積み重ねなので、本書のような厚さだとかなり厳しい。ということで、論文執筆が落ち着いた頃に会社に持ち込んで、昼休みに読み進めていた。それでも、読み終わるまでに3ヶ月弱を費やしてしまった。とりあえず、目次を示しておこう。

序論
第1部 森
 プロローグ:迂回
 1章 リトアニアのバイソンの地にて
 2章 林道:森を抜ける道
 3章 緑林の自由
 4章 緑の十字架
第2部 水
 5章 意識の流れ
 6章 血また流れる
第3部 岩山
 7章 ディノクラテスとシャーマン:高さ、至福、そして崇「高」
 8章 垂直の帝国、脳髄の深淵
第4部 森と水と岩山
 9章 再びのアルカディア

本当は目次には節もついています。それも凝っていて、1章は3節、2章は4節、3章は5節、4章以降は6節で統一といった具合。やはり長文による歴史学のアラン・コルバンの目次立てと似ていますね。しかし、訳者解説で高山氏も書いているように、歴史記述のあり方はコルバンのようなアナール派とはちょっと違いますね。この手の本によくあるように、本書は一次資料に基づいたものというよりは大量な歴史学の成果を利用して、歴史物語を紡ぐといったスタイル。その物語の語り口がまさに小説のように滑らかで、時折著者自らの経験、あるいは家系を刷り込ませながら、遠い過去の出来事でもあたかも著者がその目で見たような臨場感で語られる。
そして歴史書でありながら、非常に地理的な感覚も有しているのが本書の特徴である。私は現在、景観論と場所論を同時並行的に執筆しているが、本書は当然景観論に利用するために読んだわけだが、実のところは景観論では引用せずに、場所論で引用することとなった。というのも、その場所論のなかではなぜかかつての地誌学の歴史を辿ることになったのだが、大衆的な地誌所に関する記述が本書には豊富に含まれているのだ。私の文献調査では、ルネサンス期の地誌学は英国が中心なのだが、本書ではドイツの事例が詳しく論じられている。
本書の中の地理的な要素は地誌学に関するものに限られない。第1部のテーマは森だが、イングランドの話からドイツの話、そして米国の話へと移行する。それは単なる地域史ということではなく、それぞれの地域で郷土愛やナショナリズム的感情と関わり合い、それぞれの地域の森の特徴と森に対して抱かれる理想とが異なってくる。同じテーマでさまざまな地域が取り上げられると同時に、さまざまな時代も縦横無尽に行き来される。当然ドイツでは19世紀の風景画家フリードリヒも登場するし、現代画家のキーファーも登場する。
森とか山とかは風景論で欠かせないテーマだが、本書は水というテーマにも相当のページ数を割いていて面白い。やはり本書の事例は欧米が中心なのだが、自然を改変する人間の姿というのがどのテーマでも登場する。公園にある噴水などは現代ではかなり時代錯誤的な印象があるが、現代では電力を使って可能な水の人工的な操作は当然、電気が発明される以前から権力者の命によって技術者たちが取り組んだテーマである。
岩山の第3部の冒頭の事例は米国にある、あの有名な4人の大統領の肖像が刻み込まれた崖の話だ。なんでも、4人の男性の隣に、スーザン・B・アンソニーという女性の肖像を掘り込んでもらうよう運動していたローズ・アーノルド・パウエルという女性のことが詳しく語られている。アンソニー女史とは公民権運動の指導者である。
本書が言及する歴史書の類は当然私の知らないものばかりだが、言及される文献のなかには私の知っている地理学文献も少なくない。ということは相当広い領域の文献群によって、本書は成り立っているのだろう。訳者解説を読んでも、あの高山氏がいかに本書の翻訳に苦労したのか、そしてその作業の達成感を知ることができる。この本を自分の研究にどう活かすかということはともかく、読書の快楽を深く味わうことのできる作品であることは間違いない。
ちなみに,本書のタイトル,「風景と記憶」というのは,決して本書のテーマの一つが記憶だということではない。もちろん,裏のテーマという意味ではそうなのだが,記憶は表立って論じられるわけではない。私の理解では,本書における風景とは,高山氏の言葉が帯にも引用されているように,「記憶の最高の喩としての風景」というように,かなり広義に用いられている。風景とは自然物に対する人間のかかわり合いのことであり,そのあり方は歴史とともに蓄積される。つまり,それは記憶となってその時代時代の人々の自然に対する態度を決定づけるというわけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オイル・オン・フォト

清水 穣 2001. 『ゲルハルト・リヒター/オイル・オン・フォト,一つの基本モデル』ワコウ・ワークス・オヴ・アート,61p.,1500円.

先日,初めてワコウ・ワークス・オヴ・アートに行った際に購入したもの。実はちょっと前にこの本の存在は知っていたのだが,Amazonで調べると「ドイツ語」と書いてあったので,ちょっと購入する前に実物を確認したかったのだ。すると,今回のリヒター展に併せて2割引のバーゲン価格で販売していたし,中身も見て,日本語とドイツ語が併記されているということを確認したので,購入。
清水さんはリヒター関係の図書で,リヒターの言葉の翻訳などもしている人。本書は日本語部分は60ページあまりだが,なかなかコンパクトにまとめられたリヒター評です。オイル・オン・フォトとは,先日のリヒター展に関する日記でも書きましたが,そこで展示されていた『ベイルート』の原画もそうであり,普通の写真プリントの上に油彩が上塗りされているもの。全ての作品に連番をつけているリヒターですが,このオイル・オン・フォトには正規の作品番号はつけられていません。この清水さんの本は,そのオイル・オン・フォトを中心に論じるものではなく,これまでの作品群のなかにオイル・オン・フォトを位置づけるというもので,むしろこれまでのリヒター作品の全体像を概観することができるものだ。
なので,オイル・オン・フォトそれ自体に対する解釈ももうちょっと欲しいところだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『サンシャイン・クリーニング』の姉妹

12月13日(木)

新宿武蔵野館 『恋のロンドン狂騒曲
ウディ・アレン監督作品。いやあ、なんか普通の映画でした。といっても、決してけなしているわけではなく、もちろんウディ・アレンらしいところもいろいろありましたが、彼が出演していない作品でも、彼が乗り移ったような登場人物が出てくることが多いのが彼の作品。この作品にはいないかな。
といっても、本当にオーソドックスな映画。こういう古典的な映画がはやりこの現代では逆に新鮮に見えますね。そして、肩の力の入っていない感じも気楽なエンターテイメントとして素晴らしい出来。あまり好きではないナオミ・ワッツもいい感じでした。『スラムドッグ$ミリオネア』のヒロイン大人役のフリーダ・ピントも出演しています。相変わらず美しい。こういう映画、落ち着きますね。

この日は10時からの映画の後、移動します。今、WAKO WORKS OD ARTでゲルハルト・リヒター展をやっているということで観に行く。以前、調べた時、このギャラリーは六本木にあることを確認したはずなのに、なんとなく調べたら初台になっていて、出かける前にもう一度確認すればよかったんだけど、そのまま出てしまって、とりあえず新宿から歩いて初台に向かう。頭のなかにある地図を頼りに歩いてみるが見つからないので、とりあえず昼食。そして、オペラシティのなかにあるギャラリーの近くのショップで、美術館・ギャラリー案内の雑誌で確認するとやはり六本木だった。
地下鉄で移動。青山ブックセンター裏手の建物の3階で今度はすぐに見つかったが、どこから入るのか分からない。一通りウロウロしたんだけど、やはり正面のガラス扉から入ってよかったのだった。美術館ではなく、ギャラリーということで、入場無料。私にとっては「世界のリヒター」だが、こんな狭いギャラリーに無防備に彼の最新作が展示されているのも不思議。
今回展示されていたのは、カラフルな横縞模様の作品数点。これは筆で塗られたものではなく、非常に細い色の帯で染めた生地をガラスで覆ったもの。それから、かなり前の作品だが、「8枚のガラスパネル」が展示されていた。この作品がどの美術館の所蔵になっているかは知らないが、日本まで運ぶのにいくらかかるのか、などと思ったり。そして、奥の方の小さな部屋には、今年出版されたリヒターの作品集『ベイルート』から、オイル・オン・フォトといわれる作品が数点展示されていた。そのなのとおり、通常の大きさの写真プリントに油彩を上塗りしたもの。これは現物を見て感激した。思ったよりも小さく(写真プリントだからその大きさは想定できるのだが)、その上に綺麗に油彩が塗られている。この作品集も欲しい。
受付で、清水 穣さんのヒリター本を購入し、受付の女性とちょっとお話しする。それはカナダで製作されたリヒターのドキュメンタリーフィルムの上映が日本で企画されているかどうかという内容だったが、すると奥からこのギャラリーの主催者である、和光さんが出てきてくれた。ついでなので、リヒター作品を論文などで使用する際の版権についても訪ねてみた。非常に丁寧にいろいろ教えてくれたので助かった。困ったときはまた訪ねることにしよう。

12月15日(土)

講義後、吉祥寺に急ぐ。10:30に講義を終え、吉祥寺PARCOで前売り券を購入し、バウスシアターへ。11:10からの上映になんとか間に合う。

吉祥寺バウスシアター 『砂漠でサーモン・フィッシング
ユアン・マクレガー主演作品。前から書いているけど、彼は好きなんですよね。私と同世代で、スクリーンの中ではいろんな職業に就き、いろんな女性を抱き、さまざまな人生を生きている。それはそれで満足しているとはいえ、何の変哲のない私の人生を彼が登場する物語で疑似体験するという悦び。
今回は役所勤めの釣りバカ男。若くして結婚して子どもはなし。マイホームを購入して共働きの日々。そんな彼の人生を大きく変えることになるプロジェクトに巻き込まれることになって。というありがちな展開だが、相手役がエミリー・ブラントってところがまたいいじゃないか。しかも、政府のお偉いさんにはクリスティン・スコット・トーマスが配役されるなど、期待は高まります。ちなみに、監督は『ギルバート・ブレイク』のラッセ・ハルストレム。
一昔前、アフガニスタンでの戦争に英国軍が加勢している時期、スコット・トーマス演じる外務大臣が、なんとか対アラブ世界関係のイメージ向上を狙って目をつけたのがあるプロジェクト。英国好きのイエメンの大富豪が、イエメンで鮭釣りをしたいという無謀な計画。その富豪の英国における財産管理会社の社員がエミリー演じる女性。英国として協力する際の事務員がユアン演じる男性。お互いに恋人と妻とがいるが、この2人が結ばれることになるのは目に見えている。この無謀なプロジェクトをどう実現するのか、現実に基づく外交関係をどのように物語化するのか、2人の恋の行方はどうなるのか、確かに原作は面白そうだが、映画は正直なところ無理があるというかツッコミが浅いというか。確かに、面白いシーンもあったし、俳優たちは魅力的だったし、でも期待したほどではなかったというところ。

12月16日(日)

前日職場の忘年会で多少二日酔いの妻。いつもどおり半日ほどの自由時間をすごすというが、私は無理をいって夕方から近所の映画館で映画を観させてもらう。

府中TOHOシネマズ 『人生の特等席
私も野球を小中と7年間やっていた野球少年だったし、主演がエイミー・アダムスということで、前売り券を買っていたものの、先に妻がその前売り券を使って観てしまい、しかも彼女の評判はよくなかったので、観ようかどうか迷っていた。でも、なんとなくこれを見逃したら後悔する気がして、観ることにした。ちなみに、クリント・イーストウッドは監督としては好きではないが、俳優としては幼い頃からダーティ・ハリーをよく見ていたので、けっこう好き。
ということで、本作はイーストウッドが演じるのが大リーグのスカウトマン。しかし、加齢のためかつての栄光も陰りをみせ、視力も落ち、引退の瀬戸際にいる。エイミー演じるのはその娘。幼い頃に母親を亡くし、父親は彼女を親戚に預けてしまい、不仲の父娘。娘は弁護士としてがむしゃらに働き、昇進を目前にしている。そんな転機を迎える2人がいかにその距離を縮めるか、そんな物語。6歳までしか父親と一緒にいなかった娘がなぜ滅茶苦茶野球に詳しいのか、その辺にちょっと謎が残らないでもないが、物語の展開はなかなか良かったと思う。そして、イーストウッドに頑固な老いぼれじじいをやらせたらかなうものはいませんね。『恋のロンドン狂騒曲』でバイアグラを飲んで若者ぶっているアンソニー・ホプキンスも素晴らしいが。
まあ、ともかく観て良かったと思える作品でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

映画4本まとめて

ここのところ,順調に週2本映画を観れているが,また感想がたまったしまった。

11月29日(木)

この日は近所でいろんな用事を済ます。朝一で府中で映画を観,調布に移動して髪の毛を切る。多摩霊園に戻って歯医者。

府中TOHOシネマズ 『綱引いちゃった!
『なくもんか』や『舞子Haaaan!!!』の水田伸生監督の作品だが,実はどちらも観ていない。まあ,なんとなく井上真央が主演だし,松坂慶子が母親役ってので観ることにしたんだけど,かなりイマイチだった。相手役が玉山鉄二ってのはあまり期待できるところではないが。強いていえば,西田尚美演じる母このエピソードくらいかな。犬山イヌ子とかけっこういい感じのキャストなんだけど,誰にも感情移入できる脚本ではない。演技とか演出の問題ではなく,そもそもが脚本の問題か,編集の問題か。ともかく,かなり残念な映画だった。

12月1日(土)

この日は映画の日。映画の日はインターネットの予約システムを利用できて便利。

府中TOHOシネマズ 『エヴァンゲリヲン:Q
前にも書いたが,エヴァンゲリオンって献血ルームで一度原作漫画を何巻か読んだことがあるが,新劇場版だけしか観ていない。まあ,でもそれはそれで楽しめるので,新劇場版は見続けようと思っている。でも,毎回間が空いてしまうので,今回も前回の終りを覚えていない。でも,それなりに楽しめた。さすがの精巧さで作り上げられた作品世界。エンドロールで流れる宇多田ヒカルもさすがだった。

12月6日(木)

最近,会社の仕事が暇なので,木曜日はお休み。前売り券を買ったまま観られなかった作品を観に行く。

新宿シネマート 『気まぐれな唇
シネマートでは,ホン・サンスという韓国の映画監督の特集をやっている。今回日本初上映の4作品だけではなく,今回私が観ることになったのは2002年の作品とのこと。一昔前に予告編で観たことがあるシーンがあって,驚く。エッチシーンがかなり露骨で面白い。日本の女優さんもこのくらい脱ぎっぷりのいい人が多いと面白いのに。ダメ男のある一週間,という物語だったが,まあ面白い。でも,やはり予告編で観た4作品が観たかったかな。

この日は新宿の献血ルーム「ギフト」に成分献血をしにいく。予約をしてあって,前に来た時にその存在に気づいていた『宇宙兄弟』のコミックを読むのが目的。しかし,なにやら機械の不備があって,ワンサイクル目で中止。約200ml採ったところで,返血できなくなってしまい,中止。ひたすら平謝りされたが,特にこちらには問題なし。

12月8日(土)

この日も映画が観られるということで,いろいろ探していたら新宿テアトルで14:25からの回がちょうどよかったが,なんと監督のトークショーあり。そうなると直前に行って席がなくなっていたり,あったとしても好きな席がなかったりして嫌なのだ。幸い,40席のみのインターネット予約というのがあって,これをやってみたら取れました。ということで,トークショーありで観ることになった。

テアトル新宿 『ふがいない僕は空を見た
ちょっと前に本作主演の田畑智子がヌードになったと話題になっていたが,この作品の撮影のついでだったのでしょうか。先ほど脱ぎっぷりのよい韓国女優の話をしましたが,本作はまさにそういう感じ。さすが,田畑さんです。日本ではなかなか脱がない女優さんですが,かといってそのことが急激に女優の価値を下げたり上げたりもしないところが日本の芸能界の不思議なところ。だったら,脱ぐことなんてもっと普通になればいいのに。まあ,だからといって無理にベッドシーンなどを作る必要はないけど,そういうシーンが必要であるならば,中途半端に脱がないほうがよっぽど不自然だ。
まあ,そんな話はいいですね。作品に戻りましょう。面白い作品ではあるが,いくつか書くことはある。前半は永山君と田畑さんのシーンが中心なのだが,2人それぞれの視点で同じ場面を繰り返すところがあります。しかし,これは2人の視点がさほど相対化されておらず(これは撮影の問題と編集の問題両方),上映時間を一部無駄にしていると思う。そして,2人の情事が暴露されてしまった後の永山君演じる男子高校生の描き方が不十分。実は,表向きの主演ということですが,あまり感情移入できる人物としては描かれていない。むしろ,彼の親しい友人となっている窪田正孝君演じる人物の描き方のほうが際立っている。そういう意味では,この作品は主人公のみに光を当てるのではなく,各登場人物の感情をそれぞれ奥深くまで描こうとしている点でいい映画だと思う。
そして,個人的には原田美枝子さん演じる永山君の母親が助産院を経営しているという設定が魅力的。あらに,田畑さん演じる女性は夫との不妊治療を受けているという設定もあり,妊娠・出産について考えさせる映画ってのがいいですね。最近こういうの増えています。外国映画でも『理想の出産』という作品が近日公開で面白そうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

久し振りの再会

11月24日(土)

この日はこのblogにもコメントをよく寄せてくれている「岡山のTOM」さんとお会いする予定。名前の通り岡山在住のTOMさんは,23日に開催されたTAMA映画祭の授賞式に出席するために,上京していた。映画好きの人なので,1泊するついでに,翌日は岡山で上映予定のない作品をまとめて3本観る予定だと聞いていたので,そのうち1本でもご一緒できればと事前に連絡を取り合っていた。その結果,17時から渋谷シネクイントでの『ミロクローゼ』をご一緒することに。
午前中は大学で講義。17時に渋谷となると,それまでに映画を2本観るのはかなり難しく,かといって1本だと時間が余ってしまう。ということで,ちょっと吉祥寺に寄ることにした。どうせ,国分寺から中央線で吉祥寺乗り換え,井の頭線で渋谷に行くのだから。ちょうど昼時なので,昼食もそこで食べるつもりだったが,駅に隣接した喫茶店がいつのまにかファミリーマートになっていた。そこのクロックムッシュが美味しくて,コーヒーも安くはなかったが,たまに立ち寄っていたお店。古風で個性的なお店だったので,とても残念。古書店「百年」で1冊デリダの本を購入はしたものの,なんとなく吉祥寺で昼食をとる気になれず,とりあえず渋谷に移動。
シネクイントの『ミロクローゼ』はこの日が初日だったので,とりあえず先に受付。昼食はスペイン坂のカフェ「人間関係」へ。ここも随分前からお世話になっているお店で,古風で個性的。この店はなくならないことを願う。しかし,以前はあった総菜パンがなくなっていた。スコーンは相変わらず大きくて安かったが,この日は初めてホットサンドをいただく。最近は平日にサンドイッチのランチセットをやっているらしい。
シネクイントの前に観る予定にしていたユーロスペースに移動して受付。やはり時間が余ったので,東急本店の7階にできた書店「丸善+ジュンク堂」へ。渋谷の書店も変り続けている。以前は大盛堂という書店があったがつぶれ,続いて今はH&Mになったところにブックファーストが出店したが,これも間もなく閉店。渋谷で長らく続いているのはPARCO地下のパルコブックセンターくらいだが,ここも何度も改装をしていて,最近は私の好みの書籍は少なくなった。なので,この「丸善+ジュンク堂」出店は嬉しい限り。

渋谷ユーロスペース 『カミハテ商店
女優の高橋恵子が25年ぶりに主演という映画。こういう企画がなんとも嬉しいですね。日本海に面した断崖絶壁の自殺の名所の近くに店をかまえる女店主を演じるのが高橋恵子。自殺する人がその前に立ち寄りコッペパンとビン牛乳を買っていき,最後の食事として飛び降りるということが密かにネットで話題になっているという設定。最寄りの鉄道駅からの路線バスの運転手をあがた森魚を演じる。
思った通り,淡々とした雰囲気で進んでいくが,その展開を飽きさせないのが,寺島 進演じる主人公の弟の周辺の出来事も同時進行に進んでいくから。予告編でも流れる音楽は,ビリンバウという楽器の響き。私はこの楽器をドイス・マパス(現在は木下ときわ名義で活動)のサポートとして渡辺 亮さんの演奏で聴いたことがあるが,この映画でも演奏しているのは渡辺さんだった。音楽監督は谷川賢作さんだった。谷川さんは谷川俊太郎さんの息子さんだが,私も何度か演奏を聴いている。
ともかく,コッペパンが美味しそうで食べたくなる作品。そして,コメディ的要素もちょくちょく登場し,深刻なテーマを扱いながら,重々しくないこと。でも,日本の映画にありがちだが,どの登場人物も自殺をまじめに考えてしまうほど人生に行き詰まっているという雰囲気が醸し出されているのはちょっと残念。ちょっと近視眼的なんだよな。

映画が終り,パルコブックセンターへ。少し時間をつぶして,スターバックスでカフェミスト(カフェラテはベースがエスプレッソだが,カフェミストはドリップコーヒー)を2つ購入し,シネクイントへ。TOMさんのスケジュールはとても詰まっていて,2人でゆっくりお店でお話というわけにもいかないので,映画館のロビーで30分ほどお話しようということだったので,私がテイクアウトで持参する。幸い,エレベータで降りるなり,私の存在を気づいてくれる。TOMさんに会ったのはもう3年以上前で1
度きりなので,実は顔を覚えているか自信がなかった。TOMさんからはTAMA映画祭のパンフレットをお土産としていただき,映画談義で盛り上がる。しかし,お互い映画ファンなので,隣同士の席ではなく,お互い好きな席で鑑賞。私は最前列の中央だった。この日は眼鏡を忘れてしまったことを座席指定してから気づいたが,最前列で幸い。

渋谷シネクイント 『ミロクローゼ
『オー!マイキー』の監督が手がけた映画。山田孝之を主人公に,いくつもの物語が,それぞれ山田が演じる別の人物を中心に,錯綜しながら進行する。もう,ハッチャカメッチャカの映画。私的にはこういう映画,好きなんですよね。ミロクローゼとはそのなかの一つの物語のヒロインの名前。マイコが演じます。映画館を出る時に,ある女性が一緒に観ていた人に「マイコがあまり好きじゃないから,説得力がなかった」みたいなことをいっていたのが面白かった。確かに,男目線でできている映画ではあるし,私はマイコさんを美しいと思うが,映画のなかで「絶世の美女」として登場する女優さんがまったく好みでなかったりすると急に覚めてしまうという気持ちも分からなくはない。かといって,ミロクローゼが別の物語と関係する訳ではない。むしろ,ヒロインという意味では石橋杏奈ちゃん演じる女性の方が出番が多いような気もする。ミロクローゼが出てくる物語ではナレーションを美波ちゃんがやっていて,それも魅力の一つ。
石橋杏奈ちゃんはつい最近まで女子高生役がよくに会っていた女優さんだが,なんとこの映画ではどぎついメイクにミニスカート,場面によっては胸の谷間も拝めるような衣装。どぎつい化粧はあまり似合ってなかったけど,ショートパンツから覗く太ももなどはかなり魅力的で,といっても胸の谷間などは何か見てはいけないような罪悪感を覚えますが,彼女が大人の女性の役どころも演じることができるようになったことを素直に喜びたいと思う。そして,こういうぶっ飛んだ映画が日本でもさらに作られることを願いたい。

TOMさんはそのまま予約している新幹線に急ぐというので,私もすでに19時近くなっていたので,帰路を急ぐことにして駅までご一緒したのでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »