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風景と記憶

サイモン・シャーマ著,高山 宏・栂 正行訳 2005. 『風景と記憶』河出書房新社,738p.,9500円.

風景研究の必読書でありながら、まずその価格に買い惜しみし、ようやくAmazonの中古で少し安く購入しても、その厚さに読み怖じした。会社での昼休みは、一人で落ち着いて何か作業をするのにもってこいの環境だが、論文執筆時はいろいろとやることが多い。家での読書は歯磨きなどのちょっとした時間の積み重ねなので、本書のような厚さだとかなり厳しい。ということで、論文執筆が落ち着いた頃に会社に持ち込んで、昼休みに読み進めていた。それでも、読み終わるまでに3ヶ月弱を費やしてしまった。とりあえず、目次を示しておこう。

序論
第1部 森
 プロローグ:迂回
 1章 リトアニアのバイソンの地にて
 2章 林道:森を抜ける道
 3章 緑林の自由
 4章 緑の十字架
第2部 水
 5章 意識の流れ
 6章 血また流れる
第3部 岩山
 7章 ディノクラテスとシャーマン:高さ、至福、そして崇「高」
 8章 垂直の帝国、脳髄の深淵
第4部 森と水と岩山
 9章 再びのアルカディア

本当は目次には節もついています。それも凝っていて、1章は3節、2章は4節、3章は5節、4章以降は6節で統一といった具合。やはり長文による歴史学のアラン・コルバンの目次立てと似ていますね。しかし、訳者解説で高山氏も書いているように、歴史記述のあり方はコルバンのようなアナール派とはちょっと違いますね。この手の本によくあるように、本書は一次資料に基づいたものというよりは大量な歴史学の成果を利用して、歴史物語を紡ぐといったスタイル。その物語の語り口がまさに小説のように滑らかで、時折著者自らの経験、あるいは家系を刷り込ませながら、遠い過去の出来事でもあたかも著者がその目で見たような臨場感で語られる。
そして歴史書でありながら、非常に地理的な感覚も有しているのが本書の特徴である。私は現在、景観論と場所論を同時並行的に執筆しているが、本書は当然景観論に利用するために読んだわけだが、実のところは景観論では引用せずに、場所論で引用することとなった。というのも、その場所論のなかではなぜかかつての地誌学の歴史を辿ることになったのだが、大衆的な地誌所に関する記述が本書には豊富に含まれているのだ。私の文献調査では、ルネサンス期の地誌学は英国が中心なのだが、本書ではドイツの事例が詳しく論じられている。
本書の中の地理的な要素は地誌学に関するものに限られない。第1部のテーマは森だが、イングランドの話からドイツの話、そして米国の話へと移行する。それは単なる地域史ということではなく、それぞれの地域で郷土愛やナショナリズム的感情と関わり合い、それぞれの地域の森の特徴と森に対して抱かれる理想とが異なってくる。同じテーマでさまざまな地域が取り上げられると同時に、さまざまな時代も縦横無尽に行き来される。当然ドイツでは19世紀の風景画家フリードリヒも登場するし、現代画家のキーファーも登場する。
森とか山とかは風景論で欠かせないテーマだが、本書は水というテーマにも相当のページ数を割いていて面白い。やはり本書の事例は欧米が中心なのだが、自然を改変する人間の姿というのがどのテーマでも登場する。公園にある噴水などは現代ではかなり時代錯誤的な印象があるが、現代では電力を使って可能な水の人工的な操作は当然、電気が発明される以前から権力者の命によって技術者たちが取り組んだテーマである。
岩山の第3部の冒頭の事例は米国にある、あの有名な4人の大統領の肖像が刻み込まれた崖の話だ。なんでも、4人の男性の隣に、スーザン・B・アンソニーという女性の肖像を掘り込んでもらうよう運動していたローズ・アーノルド・パウエルという女性のことが詳しく語られている。アンソニー女史とは公民権運動の指導者である。
本書が言及する歴史書の類は当然私の知らないものばかりだが、言及される文献のなかには私の知っている地理学文献も少なくない。ということは相当広い領域の文献群によって、本書は成り立っているのだろう。訳者解説を読んでも、あの高山氏がいかに本書の翻訳に苦労したのか、そしてその作業の達成感を知ることができる。この本を自分の研究にどう活かすかということはともかく、読書の快楽を深く味わうことのできる作品であることは間違いない。
ちなみに,本書のタイトル,「風景と記憶」というのは,決して本書のテーマの一つが記憶だということではない。もちろん,裏のテーマという意味ではそうなのだが,記憶は表立って論じられるわけではない。私の理解では,本書における風景とは,高山氏の言葉が帯にも引用されているように,「記憶の最高の喩としての風景」というように,かなり広義に用いられている。風景とは自然物に対する人間のかかわり合いのことであり,そのあり方は歴史とともに蓄積される。つまり,それは記憶となってその時代時代の人々の自然に対する態度を決定づけるというわけだ。

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