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2013年4月

パンドラの箱

ドラ・パノフスキー,エルヴィン・パノフスキー著,阿天坊耀・塚田孝雄・福部信敏訳 1975. 『パンドラの箱――神話の一象徴の変貌』美術出版社,214p.,3500円.

芸術関係の論文を書いていることもあり,古書店に行くとそういう本が気にかかります。ということで,やはりパノフスキーですね。本書は珍しく夫婦連名で出版されたもの(元妻らしいですが)。原著は初版が1956年に出版されたもので,この訳本は本文が半分で,後は図版と注なので比較的コンパクトな本です。まずは目次から。

I 中世伝承におけるパンドラ
II 「箱」の起源――ロッテルダムのエラスムス
III パンドラと〈希望〉――アンドレア・アルチャーティ
IV パンドラと〈無知〉――ロッソ・フィオレンティーノ
V ローマ・プリマ・パンドラ,エヴァ・プリマ・パンドラ,ルテティア・ノヴァ・パンドラ
VI パンドラ,「みんなの贈物」――エリザベス朝の人々とジャック・カロ
VII ピトイギア――ヘシオドス対バブリオス他
VIII 浪漫主義,古典主義者,ヴィクトリア朝の人々
 舞台のパンドラ――カルデロン,ヴォルテール,ゲーテ,および古代後期の寓意

本書は著者が掲げる「イコノロジー研究」の一事例として典型的なものである。現代日本に住む私たちの多くも知っているような「パンドラの箱」。それにまつわる図像を歴史的に蒐集し,その意味するところを解明していくという,この21世紀に発表されてもおかしくない内容。といっても,私たちはその神話を浦島太郎の玉手箱のように,箱の中身が知りたい故に開けてしまうと災いがふりかかるというように単純に理解しているが,「パンドラ」とは一人の女神の名前である。そして古代においてはけっしてその女神は禁断の箱など有していなかったという。パンドラにまつわる詩的既述のまとまったものは『神統記』の著者ヘシオドスによる『仕事と日々』であるという。
確かに,図像の歴史においては裸体の女神が何か容れ物を持ったようなものがあったり,しかしそれは特にイタリアにおいては蓋のある箱ではなく壺であったりと,現代の神話と一致するものは少ない。しかし,そこが図像と言説との密接な関係というか,歴史が進むなかでさまざまな図像表現と言語表現とが結び合うなかで箱を持った女神パンドラという物語が生成されていく,ということが見事に論証されます。
しかし,この本のすごいところは,原著が10年後に改訂されるに際して補遺が追加され(本書は第二版の翻訳である),初版の誤りやその後新たに発表された関連論文などについてきちんと言及していること。やはりこうした著書を発表すると,関連する研究社からさまざまな情報が集まるんでしょうね。
さて,訳者のあとがきがまたなかなか面白い。パノフスキーは研究社仲間から「パン」という愛称で呼ばれていたらしい。そして,共著者である前夫人の名前はドロシアだが,愛称のドラという表記になっている。つまり,「パン」と「ドラ」で「パンドラ」であるという,そんなウィットもある著作なのかもしれないのだという。

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エネファームなど

まあ他の業者も同じようなものではあるが、ハウスメーカーは年末年始やゴールデンウィークなどに販売促進活動が盛んになる。わたしたちはそれに乗っかったわけではないが、時期的にそうなってしまった。2月はじめに住友林業のイベントがあり、その際に契約をすると、大きな特典があるというのだ。キャンペーン対象となるのは100棟の契約。わたしたちの営業担当者はなんとしてでもわが家をその対象に入れたいということであたふたしていた。結局、土地も決まったので、ちょっと早い気もしたが、その特典が魅力的だったので、契約をすることになった。
その特典とは、東京ガスなどとタイアップしてのもので、東京ガスの商品であるエネファームと太陽光発電に関するもの。わが家は太陽光発電は見送ったが、エネファームは導入することにした。エネファームとは、ガスに含まれる水素を利用し、電気と熱を発生させるというもの。発電する電力の大きさは限られていて、このシステムには蓄電能力はないので、太陽光ほどの伝記供給量はないが、冷蔵庫や照明など、長時間使う電力をまかなうことができる。そして、発電に伴って発生する熱でお湯を沸かし、そのお湯はタンクに貯蔵する。一応予備の給湯器もついてくるが、そのお湯でほぼ日常的な用途はまかなえるという。そして、そのお湯のもう一つの使い道が床暖房。今回のキャンペーンでは、リビングの15畳分の床暖房もサービスで付けてくれるというのだ。
エネファームは定価185万円するが、このキャンペーンによる割引が80万円。そして、エネファームは国による補助金も45万円分出るので、実質55万円でエネファームと床暖房がついてくるという特典です。さらに、標準仕様の床材(要するにフローリングの板ですね)をアップグレードできるというのも特典の一つ。住友林業が朝日ウッドテックという会社と共同開発したというライブ・ナチュラル・プレミアムという商品。完全なる無垢板ではありませんが、無垢材を使った挽き板で床暖房対応になっています。

ところで、家についていろいろ調べていると、勉強になることも多いです。木を使った家具などの見方が変わってきますね。私は以前から木材をそのまま使った物が好きでしたが、そういうのを「無垢材」というんですね。でも、安価な家具は大抵「化粧版」といって、中は木材でも、外側に木目を印刷したシートを貼ったものです。いわゆるベニアというのは、薄い木材を重ねたもので「突板」というようです。その他、おがくずを圧縮して固めたものなど、木の板にもいろいろ種類があり、値段も違うようです。
なお、2階に採用した床材はライブ・ナチュラル・プレミアムから朝日ウッドテック自体では販売していない住友林業独自の「くり」を選びました。1階は標準品のライトオーク、そして1階の子ども部屋だけは贅沢にライトオークの無垢材にしました。

さて、続いては外壁。外壁にも2種類あります。一つは従来の日本の住宅建築で多く使われてきた「モルタル吹き付け」で、もう一つは最近の住宅で多く採用されている「サイディング」です。サイディングとはいわゆるパネルを貼り合わせたものですね。最近の新築を見ると大抵サイディングですが、私の見る限りあまり魅力的な外壁がなく、困っていましたが、営業担当者は「私は吹き付けをお勧めします」と非常に強く主張していました。屋根材や外壁のメーカーはケーミューニチハという2つの会社がかなりのシェアを占めているとのこと。ちょっと調べてみると、ニチハの商品で「キャスティングウッド」というものがグッドデザイン賞を受賞していて、いい感じ。でも、設計担当者に聞いてみると、どうやらその商品は15年保証しかきかないという。ちなみに、住友林業の標準仕様は30年保証。
実は、その後近所の新築住宅でキャスティングウッドを部分的に使っている家をみましたが、ちょっとイマイチだったりして、まあ、値段のこともあり、わが家は結局モルタル吹き付けを選択しました。屋根材へのこだわりはないので、こちらも標準仕様で。屋根は濃いブラウン、外壁は白に近い色を選択。最近の住宅は外壁にもアクセントカラーや部分的にサイディングを使ったりもしますが、わが家はシンプルにそういうものはなし。

4月24日(水)

この日は講義の後に吉祥寺に移動。吉祥寺は家具屋が多い。家の設計も最終段階に入っているので,新しく買い足す家具を考えています。この日は映画も観るのであまり時間はありませんが,以前妻が自由が丘と目黒で見てきた家具屋を私の目でもチェック。
一つ目は吉祥寺店はコピスに入っているブランチというお店。さすが,目黒を拠点としているということもあり,本格的な家具。お高いです。もう一店はパルコから西に少し移動したところのビルの2階にあるモモ・ナチュラルというお店。こちらは手に届きそうな値段でものもなかなかいい。こちらは自然素材のカーテンも扱っています。
今,欲しいと考えているのはダイニングテーブルとキッチンの収納。今使っているダイニングテーブルは妻が独身時代から使っているIKEAのもので,かなりガタガタしていてちょっと危険です。今使っているキッチンの収納はいわゆる食器棚ですが,私が一人暮らしを始めた時にLOFTで購入したもの。上で書いたいわゆる化粧板の安いもの(といっても当時の私にとっては安くはなかった)で,その表面のシートが最近はがれてしまいました。でも,もの自体はまったく壊れる気配もなく,すでに20年使い続けています。

吉祥寺バウスシアター 『舟を編む
この日観た映画はこちら。石井裕也監督作品ですが,これまでのちょっと特異な感じのオリジナル脚本ではなく,初めて原作の映画化に挑戦します。しかも,俳優もメジャーどころの松田龍平と宮崎あおい。私はあまり期待していなかったのですが,映画ファン友だちの岡山のTOMさんが絶賛していたので,観ることに。しかも,水曜日はここバウスシアターが誰でも1000円というサービスデーでした。
結論から書くと,観て正解の映画。なかなかない申し分のない秀作です。はじめは松田龍平が真面目な役ってのはどうなのかと思った。しかも,オダギリジョー演じる会社の先輩がお調子者の役どころ。以前松田龍平が出演した『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の役どころが真逆です。それに加え,ヒロインが宮崎あおいって。宮崎あおいは実はけっこう好きで,以前は主演級の出演作はほとんど観ていましたが,最近はどうにも同じような役が多くて,気づくと出演作をあまり観ていませんでした。以前はクセのある役が多かったのに。先日,どこかの映画館を出る際に,隣の女性たちが別の映画の話をしていて「宮崎あおいはどう見ても宮崎あおいなんだよねえ」と否定的に語っていて,思わずなるほどと思ってしまう自分がいたのだ。本作でも予告編を観る限りそんな感じ。
本作が非常にまとまった印象を与えるのは,主人公以外の人物の描写を分散しているからだろうか。もちろん主人公の松田龍平は最初から最後まで出ずっぱりだが,主人公が辞書編集部に配属になるのは,小林 薫演じる定年退職する社員と入れ替わりだし,直属の先輩にあたるオダギリジョー演じる社員も途中で異動してしまう。主人公のお相手の宮崎あおい演じる女性もその後結婚するものの出番はあまり多くはない。10年以上の編集作業の終盤では黒木 華という若手女優演じる社員が辞書編集部にやってくる。要は脇役が次々と入れ替わり立ち替わりで飽きないし,集中的にいいところを発揮していくというか,そんな感じです。そんななかで,もじもじしていた主人公が少しずつ成長し,最後に1冊の辞書を作り上げるという盛り上がりが分かりやすくていいのかもしれません。
ちなみに,舞台挨拶かなにかで宮崎あおいちゃんが絶賛していた黒木 華。その記事をネットで読んで期待していましたが,なかなか魅力的な女優さんです。また女優歴の長い池脇千鶴ちゃんもいい味出していますね。個人的には板前としてのあおいちゃんの活躍ももう少し描いてもらいたかったかな。
それから本作で面白かったのは髪型。まあ,年齢を重ねるのを表現する時に伸ばしたり短くしたりというのは映画でよくある常套手段ですが,本作ではそれが多用されています。しかも,けっこう自然な形で。これが不自然だとそれだけで覚めてしまう原因になったりしますが。
ともかく,いい映画でした。

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標準仕様と提案工事

以前書いたように、住友林業の注文住宅には標準仕様というものがあります。価格的にはできるだけ標準に合わせた方が楽だし、安いのですが、やはり注文住宅ですから、こだわりたいところはこだわりたい。また、はじめから標準仕様には含まれていないものもあります。それがインテリアとエクステリア。インテリアだと壁紙は標準のなかに含まれますが、照明器具とインターフォン、またカーテンの類は標準という考え方はありません。また、わが家の場合2階玄関ということで、外の道路から玄関に入る橋はどうしても住友林業さんにお願いしなくてはなりませんが、その他フェンスなどはお願いしなくても大丈夫です。ただし、こうした部分を他の業者にお願いすることになると、ローンに組み込むことはできなくなり、現金での出費が大きくなります。インテリアとエクステリアについてはまた詳しく書くことにして、今回は住宅に必要なものについて書くことにしましょう。

・トイレ
トイレの標準仕様はTOTOとLIXIL(INAX)から選びます。アップグレードであればタンクレスなどももちろん選べますが、標準仕様はタンクあり、リモコンが便座と一体型のタイプです。標準仕様ではトイレ内のちょっとした収納棚や手すり、ペーパーホルダーやタオルかけが付きます。また、当初の段階ではそれにプラス、提案工事ということで手洗い器もつけたらどうだという話がありました。わが家はトイレにはあまりこだわりはなく、むしろウォシュレットもなくていいかなとも思いましたが、その場合値段は変わらないといわれ、そのままに。そして、手洗い器はつけないこととし、タンクの上部に水栓がついているタイプを選びました。収納棚はなくし、ペーパーホルダーとタオルかけは標準品のデザインがイマイチなので、自分たちで買うことにしました。2階だけは手すりをつけています。ちなみにTOTOを選択。

・ユニットバス
こちらについても標準仕様。4社の選択肢がありましたが、こちらはLIXILを採用。お風呂の広さもいくつかありますが、ごく標準的な1坪タイプです。浴槽は標準仕様のなかから、半身浴ができるタイプを選択。わが家は風呂場に鏡は不要ということで、とりつけず、洗面台の前にでもつけようかと今は考えています。プラスティックのシャンプー棚などもつけません(安くはなりませんが)。後は壁の色を決めなくてはいけません。いわゆるアクセントパネルというやつですね。
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↑住友林業仕様はちょっと違いますが,こんな感じです。

・キッチン
わが家は妻が子育てで休職中から、現在に至るまで食事の担当は妻になることが多いので、キッチンには妻の要望を活かしました。キッチンも4社の選択肢があります。また、いわゆる壁に向かって据え付けるタイプと、独立したアイランドタイプがありますが、このアイランドタイプが以外に奥行きがあって、ダイニングの広さを確保しつつ、対面式を可能にしたいということで、壁据え付けタイプをアイランド形式で取り付けることになりました。要するに、壁に当たる部分にちょっとしたカウンターを現場で取り付けてもらい、またガスレンジのダイニング側には壁をつけてもらいます。キッチンそのものはクリナップのものを選びました。長年使うことを考えて、キッチン本体がステンレス製というのが決めてです。木製だと腐食したりカビが生えたりという心配があります。換気扇だけは標準仕様をちょっとアップグレードして、掃除がしやすいタイプにしています。ちなみに,食器洗浄機は外してもらいました。こちらも差額が戻ってきます。
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↑こちらもちょっと違いますが,こんな感じ。

・靴箱
標準仕様の靴箱はとても大きなタイプです。もはや靴箱とは呼べない天井近くまである収納で、手をかける高さあたりにくぼみがあって、コの字になっています。夫婦揃って、この靴箱はいやだということで、収納能力は低くなりますが、高さの低いものにしてもらいました。この場合にはわたしたちの選んだもののほうが安く、差額が出ます。

・洗面台
洗面台も同様で、機能性と収納能力を重視した標準仕様が気に入らす、いくつか探しましたが、結局こちらは現地で作ってもらうことになりそうです。イタリアなどから洗面器を輸入しているサンワカンパニーという会社があり、こちらで洗面器を購入します。もちろん、ここでは水栓などの器具も扱っていて、そちらは日本製だというので揃って購入する予定。わが家の洗面台でこだわった点は洗面器の横に化粧台を設けるということです。座って化粧をするために、下の部分に収納は置かず、足が入るようにします。
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↑こんな感じの洗面器です。

もうすでに長くなってきたので、今回はこの位にしましょう。実はまだ玄関ドアや室内ドアなどが決まっていません。玄関ドアは標準仕様から選ぶ予定なのですが(玄関ドアはかなり高いので、こちらで標準以外のものにすると大変になりそう)、わたしたちが写真から選んだタイプの実物を確認できていないので、まだ保留。室内ドアも基本的には標準仕様から選ぶ予定ですが、玄関からダイニングキッチンに入るドアくらいはいいものにしようと今検討中。


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間取りの決定

住友林業の注文住宅にはいろんな人が関わる。すでに紹介したのは営業担当のFさんと、別会社だが土地担当のOさん。Oさんの役目は土地引渡しの3月末で一応終了してしまったが、Fさんは建物本体の総元締めみたいなものだから、建物の引渡しまでのお付き合いになる。諸々の手続はFさんの担当。実際の建物の設計は設計担当のWさん、そしてインテリア担当のTさん、こちらも別会社ではあるがエクステリア(外構)担当は住友林業緑化という会社のKさん。まだお会いしていませんが、工事が始まると現場監督の担当者がつくらしい。そんな感じで、まずは間取りからということで、当分は設計担当の人との打ち合わせが続きます。

まずは間取りから。
前にも書いたように、わが家は2階玄関ということで、ダイニングキッチンは2階にするというのが大前提だった。夫婦の寝室と子ども部屋は1階にして、ダイニングキッチンの隣には4畳半くらいの小さな和室を置くことも決定。本人はどういうか分からないが、埼玉で一人暮らしをする私の母との同居も視野に入れて、そうでなくてもゲストルームとして利用できるし。
当初は母の存在を考慮に入れて、母が階段の上り下りをせずとも生活できるように、バスと洗面も2階におくつもりだった。一方で、キッチンは対面式がいいという要望だったが、この条件はなかなか厳しかった。これを可能にするにはシステムバスを少し小さめのにしたり、リビングがかなり手狭になったりした。一方で、1階には6畳ずつの部屋を2つ作っても、中途半端に余ってしまうスペース。といっても、今6畳の部屋の両壁を専有している私の本棚たちのスペースも確保しなくてはならない。妻はこれら本棚はキッチンダイニングには置かない、寝室には置かない、と主張していたので、ここも難しいところ。
すったもんだで、解決策は以下のとおり。まず、全体の建物形状を見直し、長方形の建物形状を、5角形の建物敷地をできるだけ活用するように、南側に1.5畳分はみ出した形に変更。これによって、1階の寝室と2階の和室をちょっと移動します。それでもダイニングキッチンを広くするのは難しいので、思い切ってバスと洗面を1階にもっていくことに変更。今度は私の本棚スペースの確保が難しくなりましたが、階段の位置と形状を見直し、IKEAの本棚の組み合わせを変更することで、配置を見直すことで、なんとかうまい配置をひねり出す。バスと洗面を移動した結果2階にはちょっとしたゆとりの空間ができ、キッチンの奥にパントリーを設置、1階の寝室にはウォークインクローゼットを配置した。ただし、ウォークインクローゼットはその名の通りというか、そこを経由しないと部屋の出入ができないような配置になってしまった。これも全て私の本棚のせい。しかし、かなり試行錯誤でたどり着いたこの間取りによって、新しい本棚の拡張可能な壁も140cm確保することができた。今ある本棚は最高でも180cmの高さだが、今度は引越しする必要もないし、転倒防止のために壁につけることもできるので、天井までの本棚が欲しかったのだ。まあ、本は研究者の命ですからね。減らすのは忍びないのです。1階のこのスペースは見渡す限りの壁が本で埋め尽くされるということにできればと思います。

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こちらが1階の間取り。ほぼ北が上になります。

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そして,こちらが2階の間取り

さて、これが最終的な間取りですが、いくつか導入しようと思って諦めたものがあります。
・バルコニー:これは一戸建ての必須と思いきや、わが家では採用されませんでした。もちろん、当初はありました。非常に一般的な、出来合いのものを2階の南側にくっつけるような。でも、私は当初から洗濯物を干すだけのベランダは要らないと思っていました。しかし、一方では2階のダイニングキッチンから床まである窓、そしてバルコニーへと続いていく解放的な空間は欲しいと思っていましたが、広いバルコニーはなかなか難しいしお金がかかる。ということで、一度諦めたのですが、Wさんが南側に建物形状を出っ張らせる案と一緒に、その上にもっと大きなバルコニーをつけたらという案をもってきてくれました。それとともに、最終的に採用されたダイニングキッチン上吹き抜け案が追加されたのですが、両方を採用するには予算的に厳しく、最終的にはバルコニーよりも室内空間を優先し、バルコニーは却下となりました。
・エントランスクローク:これは最近けっこう流行っていて、玄関に靴のまま入れる収納空間を作るというものです。こちらも当初の案にありました。これもいいなあと思っていたのですが、最終的に階段の位置を変更したりした結果、そのスペースがなくなりました。
・ロフト:やはりマイホームとなると必然的にモノが増えていきます。それらをどこにしまうかということで、ちょっと欲しかった空間。法律上は、屋根の高さが140cmを越えなければ階数には入らないということのようで、その床面積は容積率にも含まれないということのようです。しかし、ロフトに上がる階段を現実的に考えて却下になりました。はしごを作るとすると、荷物を持ってはしごの上り下りが不便だということと、常設階段であれば、滅多に使わないものに重要な空間を割いてしまうことになる、まあそんな理由です。
・ステップフロア:これも少し前に流行ったものですが、1階2階と明確に分けるのではなくて、1階、1.5階、2階のように、立体的に空間を利用する間取りのことです。これに収納のための140cm未満の高さの空間も組み合わせると、なかなか面白い居住空間になるということで、住友林業も他社を真似してそういう商品を作ったようですが、実際には空間効率が悪いという話を聞き、却下。
まあ、そんなところですかね。最終的にわが家ではダイニングキッチンの上方に吹き抜けができ、天窓ではないのですが、そこに南向きの窓をつけました。他にもパントリーやウォークインクローゼットを採用し、決して収納の多い間取りではありませんが、モノを増やさないように気をつければそれなりに収まるのではないでしょうか。


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The interval

Hill, R. 2012. Th interval: relation and becoming in Irigaray, Aristotle, and Bergson. New York: Fordham University Press. 187p.

本書はフェミニスト哲学の学術書であり,著者の博士論文。私は地理学における場所研究の一環として,最近プラトンのコーラ概念とアリストテレスのトポス概念を検討している。はじめは,コーラ概念を検討したデリダの『コーラ』および,アリストテレス『自然学』の精読であるイリガライの「場,間隔」(『性的差異のエチカ』所収)という,日本語訳のあるフランス哲学のテクストの検討から始めた訳だが,実はけっこう英語圏の地理学ではこうしたコーラやトポス概念の再検討が行われていることを知り,またフェミニズムでもこの手の議論がけっこうあることが分かった。そのなかで見つかったのが本書。といっても,Amazonで見つけた時には本書はまだ出版前で「予約受付中」になっていた。もうちょっと調べてみると,本書の第5章が『Hypatia』という英文雑誌に2008年に掲載されていることを知り,実際に読むことができた。どうやら本書は彼女の博士論文らしい。
日本のフェミニズムはけっこう進んでいると思っていたので,この著者に辿り着く系譜を誰かが日本語で書いているかと思いきや,ネットで検索する限りではみつからない。日本におけるフェミニズムの状況もよく分からないが,本屋とかでよくみかけるのは,論文集という形を取ることが多いので,なかなか見つからないのかもしれない。研究論文を掲載するいくつかの雑誌もあるが,ウェブ上に記事を公開している雑誌はほとんどない。まあ,日本における動向は今後の課題ではあるが,英語圏の動向はある程度把握できている。ちなみに,東京大学には清水晶子というクイア研究の研究者がいるが,彼女は英国でPh.Dを取得し,英文で著書も出している。また,イリガライの研究もしているようなので,彼女にコンタクトが取れればこの辺の事情はよく分かるかもしれない。まあ,ともかく現段階で分かったことを記録しておこう。
フェミニズムでコーラ概念に着目したのはクリステヴァである。『詩的言語の革命』や『ポリローグ』といった翻訳されているなかでもその議論を読むことができる。これは1960年代の話で,デリダも『コーラ』という本を書いたのは1993年だが,クリステヴァとの関係のなかで,1970年頃からこの概念の検討はなされていたらしい。それとは別個に,イリガライは1984年の「場,間隔」の前に,1974年の『検鏡,もう一人の女性について』(日本語訳なし)でプラトンの検討をしている。私はフランス語が読めないので,英語訳で確認はしているが,非常に難しい。イリガライの議論を受けて,ジュディス・バトラーは『問題なのは身体である』(日本語訳なし)でやはりコーラ概念を検討している。
他方,エリザベス・グロスという日本ではあまり紹介されていないフェミニストは「女性,コーラ,住まうこと」という文章で,デリダとイリガライの検討から,コーラ概念を建築的な議論へと導いている。その他にもオルコウスキやビアンチという人は,本書の著者も書いている『Hypatia』という雑誌にコーラ関連の論文を発表している。特に,オルコウスキにおいては,イリガライとともにベルクソンが登場し,本書の内容に近くなってきます。ようやく本書の内容に入りましょう。といっても,詳しく紹介できる自信はありません。

序章
第1部 関連
1. 間隔の忘却
2. 場所における存在
3. 包むものと物の間のアポリア
第2部 生成
4. ベルクソンにおける二元論
5. 間隔,性的差異
6. 人間=男性を越えて:生命と物質の再考
結論:関連としての間隔,生成としての間隔

実は,上に挙げたフェミニズムの論文はいずれも私のような門外漢に分かりやすくは書かれていない。イリガライにも時代時代に著作があり,また例えば『性的差異のエチカ』一冊にしても,それ自体は講義録であり,12回の内容が収録されていて,「場,間隔」はアリストテレス『自然学』の検討だが,他のものはプラトンの『饗宴』だったり,スピノザ『エチカ』であったり,メルロ=ポンティやレヴィナスらの著作の精読という形をとっている。そういう細かいところをすっ飛ばして,「イリガライ」なる論者を論じているところがあって,きちんと辿るのが難しい。
しかし,本書はその辺がかなり丁寧に説明されている。例えば,『自然学』のなかでアリストテレスは「トポス」概念を形相でも質料でもないものとして定義しているわけだが,形相と質料について,本書ではアリストテレスの『形而上学』に遡ってきちんと検討している。また,『自然学』のなかの「間隔」概念とイリガライの「間隔」との関係,そしてイリガライにおいて間隔は性的差異として再定義されるわけだが,ではアリストテレスにおいて性的差異はいかに論じられているのかというところを確認したり,とかなり丁寧な論の進め方で,決して文字数の多い本ではないが,一つのテーマを深く掘り下げている。
アリストテレスのトポス概念は場所や空間という概念に近いものであり,イリガライの「間隔」もある程度それを踏まえたものであるが,本書の後半で取り上げられるベルクソンにおける「間隔」とは時間におけるそれである。ベルクソンなある意味時間の哲学者であり,「持続」という概念を用いて人間主体の時間的連続性を論じているが,本書はその空間的「間隔」と時間的「間隔」の関係をも考察に含めている。イリガライがアリストテレスの検討から得た「間隔」はもちろん空間のみに関わるものではないし,ベルクソンにおいても空間概念の検討も皆無ではない。しかも,ベルクソンにはアリストテレス『自然学』を検討した文章もあるのだ。実は,私はこの点にはじめから注目していて,アリストテレスのトポス概念の検討においてベルクソンとイリガライを参照するつもりだったのだが,フェミニストたちは違った観点からこの2人を結び合わせていて,驚いた次第。そして,もちろんベルクソンにおける性的差異の問題も検討される。

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設計打ち合わせ

多くのハウスメーカーが、契約の前に有料で家の概略設計をお願いすることができる。賢い消費者は、複数のハウスメーカーに概略設計をお願いして、それらを比較して実際に建ててもらう会社を決定するらしい。わたしたちの場合はそういう比較検討をしていなかったので、概略設計のための5万円は契約前の手付金のようなものです。ちなみに、ハウスメーカーによっては、その概略設計料を契約に至らなかった場合に返却する会社もある。住友林業の場合は契約しなくても5万円は返却されない。契約された場合にはそれは設計料の一部となる。
まあ、わが家の場合は土地も住友林業グループ会社で契約したし、ここで建物を別の会社にお願いすることになると、住宅ローンの関係などややこしくなりそうだったし、ともかく住友林業を信じて、他の会社との比較検討はしなかった。しかし、一応段取りとして、その5万円を使っての概略設計をみてから契約を結ぶことになる。ということで、立川駅近くにある、ショールームを兼ねた住友林業多摩支店にお邪魔する。ショールームというのはモデルハウスとは違って、ビルの1フロアにある。確かに、玄関ドアや屋根材、床材、ユニットバスやキッチン、トイレなど一通りの一軒家の構成要素が所狭しと並んでいて、見るだけでも面白いが、基本的に素人が見てよく分かるようなつくりにはなっていない。そして、フロアの一部は顧客との打ち合わせスペースとなっていて、契約した人が訪れる場所になっている。
ということで、営業担当の人に一通りの家の部材を見せてもらい、打ち合わせブースに入って、第一段目の設計図を見せてもらう。残念ながら、この頃は非常に多忙で、わたしたちの家の設計担当を予定していた人ではなく、多摩支店の設計責任者のような人が突貫工事で作ったような設計図を持って現れた。それを見て、わたしたちは失望する。全く面白味のない間取り。一応、事前に営業担当者にはいろいろと要望を伝えていたはずなのに、おおまかにどの部屋が1階か2階かということくらいは合っていたが、詳細な要望は何一つかなえられていない。まさに建売住宅的な間取り。しかも、北側斜線がどうのこうのと理由をつけ、勝手にこの家の場合はツーバイフォーになります、と説明される。まだ木造建築の工法の説明も受けていないし、北側斜線についても詳細は説明されていない。ともかく、不親切でかつつまらない間取りで、わたしたちは反論することもできず、すでに時間が遅くなっていることもあり、閉口するしかなかった。それで建物本体が2千万円するというのだ。
特に妻は帰宅してから怒りっぱなしで、興奮状態。ということで、これから間取り決定までの紆余曲折が始まります。

4月17日(水)

この日は東京経済大学の講義初日。昨年度までは土曜日に講義をしていたが,年々受講者が減ってきて,危機感を募らせ,苦肉の策で平日にしてみた。すると,最近はネット上のシステムで事前に履修者数が確認できるが,なんと77名が登録をしている。やはり私の講義内容に対する評価の低さや,採点が厳しいことが口コミで広まって避けられているというよりも,単に土曜日に登校する学生が少ないということだったのかもしれない。
といっても,履修者がそのまま出席するわけではないので,まだ気は抜けない。しかし,その不安は国分寺駅から大学に向かう道で解消された。平日とはいえ,朝一の1時限にしているので,やはり受講を避ける学生は少なくないと想像していたが,なんと国分寺駅から行列がそのまま大学まで続いているのだ。圧倒的に土曜日とは通う学生の数が違う。
ということで,欠席者を考慮して配布プリントを60部刷って教室に向かう。なお,教室は昨年度と異なり,昨年度新しくオープンしたばかりの校舎でちょっと嬉しい。私は初めてその校舎に足を踏み入れるのだ。法政大学に新しくできた講義棟とは違い,こちらにはエスカレータはない。また,教室も黒板は手動で上下させるもの。プロジェクタでの講義を前提とした作りにはなっていないようだし,ちょっと安心。でも,建物自体はガラス張りで,3階にはテラスもあったりして,妙にデザインされているが,まあ,良しとしましょう。数人途中退出したりしましたが,特に騒がしくもなく初日はそつなくこなした。60枚のプリントは若干足りなかったが,最終的に出席票を提出したのは63人。

新宿に移動して献血。この日も献血ルーム「gift」で『宇宙兄弟』の続きを読む。

新宿シネマート 『らくごえいが
その後観た映画はこちら。最近シネマートで映画を観ることが多いが,そこで予告編を観て前売り券を購入したのがこちら。1日に何度も上映していないので,早めに観ておかないと。なお,前売り券を買って帰って,家で予告編を見直すと,エンディングでなにやら聞き覚えのある歌声。ふと思い出して,先日届いたHARCOのメールマガジンを見てみると,なんとこの映画の音楽をHARCOが担当しているのだ。
彼が担当している映画はそんな全国公開するようなものではなかったと勝手に思い込んでいたのだが,それもそのはず。この映画は東京芸術大学大学院在籍の人たちが製作したものだからだ。しかし,出演者はけっこう名の知れた俳優を使っているので,劇場公開してもおかしくない。
さて,この映画はその名の通り,落語の原作を脚色して映画化したオムニバス作品。3人の学生監督が撮った3つの作品から構成されています。1作目では斉木しげるが,2作目では山田孝之と安田 顕,そして本田 翼が,3作目ではお笑い芸人を中心に加藤貴子や田中要次などが出演している。そして本編の前後に現役落語家のインタビューも交えて構成されている。落語家にはこの映画の企画を伝えた時の反応を本編の前に,実際の映画作品を観てもらった後の感想を本編の後に挿入している。その辺も面白い。
まあ,落語を生で聴いたことがない映画ファンの私としては単純に楽しめる3本だった。特に素人っぽいところはなく,純粋にお金を払ってみる水準に達していると思う。しかし,やはりインタビューの答えた落語家の多くは落語目線でものを語っている。この映画を観て,落語を聞く人が増えたら成功ではないかと。それは確かに正しい。でも実は,この作品は一人の人間が語りと身振りだけで表現する落語を映画にいかに翻訳するかということだけではなく,映画という表現方法自体を表現そのものに組み込んだ映画,つまりメタ映画でもあるというところが面白いところだと思う。
1作目の「ビフォーアフター」という作品は「ねずみ」という古典落語を基にしていますが,その旅館の物語を,この映画では映画製作の一場面として脚色している。すっかり寂れてしまった旅館を映画のセットとしてリフォームし,高級ホテルのスウィートルームにしてしまうという話。3作目の「猿後家はつらいよ」は古典落語「猿後家」を基にしていますが,それを忠実に映画化している撮影現場を舞台とし,その映画監督とプロデューサーのやり取りというかたちに脚色している。つまり,こちらにいたっては,原作の落語は劇中劇にすぎないということですね。だから,鑑賞者はこの映画を観て,落語について何かを知るということはあまりなく,逆に映画について考えさせられる。

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土地探し

土地探し

私は20歳の頃から一人暮らしを始めた。それまで自宅から片道2時間かけて通学していた大学が移転したためだ。今だと湘南新宿ラインがあって、移転前の通学時間と同じ位で通えるようだが、その当時は学部を卒業する2年間だけ一人暮らしを経験しようと考えていた。当時住んだのは大学の最寄駅である南大沢と同じ京王相模原線の京王稲田堤だった。結局、私は大学院に進み、学部2年、修士2年博士4年の8年間を越え、翌年まで9年間、4万4千円の安アパートに住んでいた。もちろん、エアコンなしの小さな電気ストーブでしのいでいた。当時は寒さに強かったのだろう。
引っ越すきっかけは前回の日記にも書いたアルバイト先の一人の社員。その人は数年間、那覇の役所に出向していて、私も当時那覇空港の仕事で何度か沖縄への出張があった。彼は東京で借りていたマンションが気に入っていて、沖縄から戻ってもまた住みたいからと、解約せずにまだ借りていた。2LDKで8万4千円、お隣さんはお子さんもいるファミリー世帯だった。ということで、私が住んで家賃の一部を負担してくれれば助かるというので、実際部屋を見に行くと、私が住んでいた安アパートとは雲泥の差で住みやすそうだった。でも、いきなり家賃が大幅に増えるのは困るということで、6万円までだったら出せると交渉して決定。結局そこに住んでいたのは3年くらいだろうか。
そのマンションの立地場所は高幡不動。そもそも聖蹟桜ヶ丘にあるこの会社を選んだのが、稲田堤からも遠くなくて、南大沢にも比較的近いということだったので、またまた京王線。聖蹟桜ヶ丘からは南大沢行きのバスが出ていました。
その人が本社勤務に復帰するということで、再び新居探し。本当は府中あたりで探したかったんだけど、たまたま入った不動産屋が聖蹟桜ヶ丘で、府中の物件がいいのがなく、聖蹟桜ヶ丘なら豊富にありますよ、といわれて、駅3分、会社3分という立地の良さと日当たりのよさでワンルームマンションの3階に住み始めた。ここは7年くらい住んだと思うが、今の妻と出会って交際、お互いの家賃の支払いも馬鹿にならないので、彼女が新入社員として勤務地が新宿になったことを機に共同生活。やはり京王線沿いの西調布だった。そして結婚し、子どもが生まれて、手狭+日当たりの悪さという理由で現在の府中市に引越し。
さて、新居はどこにしようか、ということでやはり京王線沿いを優先して物件を探してもらった。わが家は車がないので、駅から遠いのは不便、そして前に書いたように価格は1千万円台。こうなると、かなり絞られてきます。
今年1月の大雪がまだ溶けきらない日に、住友林業の営業担当の人、住友林業ホームサービスの人、私たち家族3人の5人で、チャイルドシートをつけてもらって車で出発。
「遠い方から回っていきましょう」ということで、はじめに行ったのが高尾。高尾は私が大橋エリさんのおっかけをしていた頃、演奏を聞きに行ったことがありますが、自分が住むことになるとは想像もしていなかった場所。確かに、会社の社員でも家を買って住んでいる人がいますが。不動産担当の人の話では、高尾も住宅が多く、けっこう人気で土地も安くはないとのこと。実際、連れて行ってもらった物件はけっこう駅から近い。もう30年以上前に丘陵を整地して作った宅地の一角。なかなか広くて日当たりも最高。値段も1千万円強ということですが、以前書いたように古い土地は何かと条件があり、建設できる状態にするまでに数百万は要するのではないかという話。まあともかく閑静な住宅地で居住条件的にはなかなか良し。その後の詳細はあまり覚えていませんが、めじろ台や北野の物件をいくつか見ます。まだ人が住んでいる土地や、駅から3分という物件は隣の家がかなり迫ってきているなど、マイナス要素も大きい。古家が立っている土地は、建物への日の当り方や、実際に家を建てたときのヴォリューム感が想像しやすいが、土地全体の大きさは逆に分かりにくい(もちろん、まだ住んでいる場合にはあまりジロジロみることもできない)。一方、更地になっている土地は家を建てたときにどんな風に日が当たるのか、また家が実際どのくらいのヴォリュームで敷地を占めるのかなどが想像しにくい、ということで土地を見極めるということはなかなか難しい。もちろん、不動産担当の方にいろいろアドバイスを受けながら、検討していきます。
その日、最後に見たのが実は実際に決めた土地。しかし、すでに日は傾いてきてしまって、日当たりの状況が確認できません。ここは聖蹟桜ヶ丘の次の駅、百草園から徒歩7分。最後、かなりの上り坂がありますが、立地は申し分ありません。10戸以上ある分譲地で、すでに1軒が建っていて、いくつかは売却済み。そのなかでも2つの土地が他の土地より安く、わたしたちの希望金額内にあるものでした。なぜ他よりも数百万安いかというと、建設用地がひな壇の中段にあるのです。一番上が道路で、敷地内に同じ高さの駐車場用地があり、そこから2mくらい階段で下がって建物用地。そして、そこから先は大きな擁壁があり、お隣さんははるか下にある、といった敷地です。営業担当の人が、「ここだったら2階玄関ですかね」という。
この日の見学はここで終了しました。最後の物件は日当たりが確認できなかったし、わたしたちが描いていた理想からはちょっと遠かったので、この段階で決定することはありませんでした。とりあえず、翌週も違う物件を見に行くことになり、そのついでに最後の百草園の物件を午前中に見に行くことにする。その日新たに見た物件はけっこう広い住宅地のなかにありました。日当たりは良かったりしましたが、なんといっても道路から3m近く階段を上らないと建物用地までたどり着けないという土地。土地は一生ものの買い物だけど、条件の悪いものってけっこうあるんですね。皆さん価格との関係で妥協するのでしょうか。
さて、実は土地探しの初日から2回目までの1週間の間に、わたしたちは百草園の土地だったらどういう建物にしようかと勝手に妄想を始めていた。170㎡の土地で建ぺい率が30%、容積率が60%。つまり、建物面積を50㎡で2階建てが可能です。前の日記で書き忘れましたが、ツーバイフォーの建築では、モジュールという考え方があって、一つの単位になります。ツーバイフォーの場合は変形した建物は建てられず、0.91m×0.91mの正方形の組み合わせが基本になります。そんなことは知らなかったんだけど、それはちょうど畳半畳分ということで、私もその大きさを単位にして勝手に間取り図を考え始めていました。ということで、2回目で日当たりを確認。用地の西側の道路はちょうど南側から北側に向かって上っていて、この土地は東側と南側の日当たりがよく、西側は標高が高く雑木林もあって、日が当りません。自宅に戻ってきて、担当者と今後のことを話し合いますが、前にも書いたように、土地の場合は1ヶ月待ったからといって新しい物件が次々出てくるわけでもなく、今ある物件もいつまであるのかという保証もない、ということで、いろいろ考えて、その土地に決めました。
そこからは展開が早いんですね。手付金を払ってから契約までの期間を長くしてしまうと、売主が複数の買手間で価格競争をさせてみたいのことがあるらしく、契約までの期間を短くする慣習があるようです。ということで、申し込みから契約まであっという間でした。

4月11日(木)

会社の仕事が一段落したので,契約通り平日に1日休ませてもらう。妻が帰ってくる夕方からは,家の件で,エクステリアの会社と自宅で打ち合わせをする予定。日中は新宿で上映終了間際の作品を観ることにする。

新宿シネマート 『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯
以前にも『BOX袴田事件』という映画がありましたが,本作も実在する死刑囚を描いた作品。愛知県で起こった事件ということで,東海テレビの取材を基にしている。もちろん,この手のものはその裁判が正しいと思っているならば,何もせずに刑が執行されるのを待つだけなので映画にはならない。基本的に無罪を訴える受刑囚のことを信じているからこそ,かれらを救うべき活動をすることで映画の素材になる。ということで,基本的には冤罪という立場を取らざるを得ない。
それはさておき,もう50年前の事件ではあるが,50年服役している受刑囚は高齢ながらも生きている。なので,この種の映画は単なる映画ということだけではなく,無罪を訴え,冤罪の可能性を多くの人が信じている死刑囚を,生きているうちに救えるかどうかというきわどいところでの支援活動の一環であると思う。だからこそ,私もこういう映画は観なくてはいけないし,そういう事件がかつてあって,それはまだ終わっていないということを知らなければ行けないと思う。
それと同時に同じようなことを映画に対しても感じている。近年は高齢になっても活躍していた俳優や映画監督などが次々とこの世を去っている。この映画に主演した仲代達也もかなりの高齢だ。もちろん,こうして元気に演じている以上,安心はしてしまうのだが,いつその演技を観れなくなるか分からない。そして,とうぜんギャラもそんなに高くないだろう,こうした作品に出ているというそういう気持ちも含めて観ておきたいと思った。そして,主人公の母親を演じるのが樹木希林。こちらも先日の日本アカデミー賞授賞式で,全身がんに侵されていることを告白しているし。ちなみに,主人公の若かりし頃の役で山本太郎も出演しています。

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住宅ローン

私は未だに一度も正規雇用をされたことがない。しかし、大学院を修了後、行き場のない私を引き取ってくれた今アルバイトとして勤めている会社は私に給料面で社員並みの待遇を与えてくれて、5月でまる14年になる。博士課程に入ってから始めたアルバイトなので、プラス4年で18年も勤務しています。社員並みといっても、この会社の正社員の給料レベルも知らないし、当初からするとほとんど給料は上がっていないので、今はどうか分からないが、ともかくその頃独身の私にとってはけっこういい給料だった。
私は大学3年生に入ってすぐに父親を亡くし、そこから奨学金を借りることになった。私の記憶では学部の時は月3万5千円ほど、大学院に入って修士課程では7万8千円ほど、博士課程の3年間は11万2千円ほどの金額だった。全て合計すると674万4千円ということになるが、その借金返済ももう後何度かで終了する。当時「第一種」と呼ばれていた利息なしの奨学金は、大学院修了後にスムーズに大学教員になれれば、何十年間か勤務することで帳消しになるはずだった。しかし、未だに大学に職を得ていない私は当然、それを返済するわけだが、今の会社の給料によってそれが可能になったわけだ。さらに、この給料は私に貯蓄も与えてくれた。まあ、車も乗らなければ旅行嫌いでもある私だから、本やCDを人より多く購入しても大金が一度に出るようなことはない。ライヴ通いをしていた数年間、そして出産前後で銀行残高が停滞することもあったが、それなりの金額を持っていた。大学院時代にも奨学金+アルバイト代を毎月すべて使っていたわけではなく,大学院修了時にも百万円ほどの貯金はあったと思うが,奨学金返済と貯蓄をあわせると15年弱で1千万円はたまったことになる。
一概に、住宅購入の「頭金」というが、最低ラインもあるということを今回初めて知った。私は正規雇用ではないので、一般の銀行で住宅ローンを組むことは難しいらしく、今回初めから「フラット35」というものを使うことになった。この場合でも借り入れ金額は土地と建物を合わせた総額の90%までと決められている。つまり、それだけの貯蓄がなければローンの審査は通らないらしい。もう一方で、借入限度額は年収によって決まる。過去2年間の課税証明書から算出され、私の場合限度額が4000万円程度となった。つまり、わが家の場合土地と建物を合わせて単純計算で、4444万円で、そのうち頭金が444万円となる。この辺からわが家の建築計画はスタートする。

住友林業の家は小さくても最低2千万円はする。すなわち、土地にかけられる金額は2千万円前後ということになるのだ。次回は土地探しの話でも書きましょう。

2013年4月6日(土)

もう随分日が経ってしまっていますが,この週末は台風並みの強風と雨という予報で,幸い晴れていた午前中に家族と出かけ,私はそのまま近場で映画を観させてもらった。今年は観たい映画がまとめてある時に忙しくて見逃してしまい,余裕がある時に限っていい作品がない。この映画館で観られる作品といったらこれくらいだった。

府中TOHOシネマズ 『アンナ・カレーニナ
『プライドと偏見』『つぐない』『路上のソリスト』『ハンナ』といずれも鑑賞している監督,ジョー・ライトの作品だった。それをあらかじめ意識していれば見逃すことがなかったが,ロシアの文豪トルストイの原作ということで,あまり観たいとは思っていなかった。ライト監督作品に欲出演しているキーラ・ナイトレイの主演作はそれなりに気にはかけているが,すべてを観ているわけではない。ということで,この作品を観ることにはあまり積極的でなく,期待もしていなかったが,これがなかなかいい映画だった。超有名な原作ではあるが,未読だし,粗筋すら知らなかった。なので,原作に対してどんな脚色をしたかは知らないが,前半は特にコメディタッチで描かれていて,またリアルな状況の再現だけでなく,舞台セットを使った映像は,観る者に「?」と思わせる部分も少なくないが,欧州の人には素直に受け入れられるのだろうか。私的にはいいなと思う演出だった。一応,本筋は主人公アンナの不倫物語で,ある種の悲劇の部類に入るとは思うのだが,先ほど書いたように,コメディ的要素が随所にあってメリハリが利いている。配役もなかなか素敵です。エミリー・ワトソンが出てきたのには驚きましたが,重要なところはジュード・ロウ。彼はアンナの夫役ですが,彼の演技はまったくコメディ要素なし。彼がヒゲが濃くて,頭の毛が薄いってのは知ってはいたが,はじめ彼とは気づかないほど頭の毛が頼りない感じで,ロシア人らしく頬も全面ヒゲで覆われている。けっこう偉い役人ということもあって堅物の役。日本だとああいう二枚目俳優は加齢してもその美貌を維持させて,それに見合う役を与えつづけるが(もちろん英国にもそういう俳優はいる),この作品の演技からはジュードの俳優魂が感じられます。素晴らしい抑えの演技。後半は悲劇的要素が色濃くなってしまうが,ともかくいい作品であることには変りありません。この監督,私好みです。そのうち原作も読んでみたい。

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ポスト戦後社会

吉見俊哉 2009. 『ポスト戦後社会』岩波書店,240p.,820円.

岩波新書の「シリーズ日本近現代史」10冊のうちの9冊目。10冊目は編集部による執筆なので,幕末から始まるシリーズの歴史的に一番新しいのが本書ということになる。4冊目の成田龍一『大正デモクラシー』に続いての読書。まあ,この2冊のチョイスは著者で選んでいるようなものです。とりあえず,目次を。

はじめに
第1章 左翼の終わり
第2章 豊かさの幻影のなかへ
第3章 家族は溶解したか
第4章 地域開発が遺したもの
第5章 「失われた10年」のなかで
第6章 アジアからのポスト戦後史
おわりに

本書の立場はわずか2ページのあとがきに集約されている。まずもって,社会科学の「空間論的転回」を主張する一人である著者だから,歴史社会学の立場からの現代史だが,歴史であると同時に空間の物語を紡ごうという意図が一つ。もう一つは「単一の「通史」は存在しない」(p.239)という立場。歴史の解釈は無数にあり,本書はその一つにすぎないという立場である。「だから本書は,通常よくある「ドル危機と石油ショック」「日中国交正常化」「高度成長から安定成長へ」「昭和から平成へ」「バブル経済と平成不況」「55年体制の崩壊」といった変化の時間的連続としては歴史を語らない」(p.240)と主張する。
この立場は私にとってはこのあとがきを読んではじめて「あ,そうなんだ」と理解し,この立場はいかにも吉見氏らしいと感じた。しかし,実際に読んでいる途中は「なんてつまらない平板な歴史既述なのか」と感じながら読み進めた。「まあ,岩波新書だから平易に誰でも知っている史実を軸に語っているのだろう」と私自身の常識獲得のために読んだようなものだ。しかし,あとがきを読んで,明らかに著者が覆そうとした常識をも私が持っていないことに気づかされる。私には本書がいかにも「通史」のように見えたのだ。
少し前に読んだ北田暁大『「嗤う」日本のナショナリズム』でも強く感じたのだが,東京大学社会学,あるいは情報学環出身の研究者は何か強制観念にかられたかのように,1980年代以降の日本の状況を理解しようとしている。吉見氏もその出世作である『都市のドラマトゥウルギー』が東京の近代史であったように,北田氏も広告の近代が最初のテーマだった。それが徐々に現代を語るように,あるいは語らねばならないかのようになっていく。わたしたちの知らない近代期については彼らの大胆な歴史解釈がいかにも説得的に,魅力的にみえるわけだが,とかくわたしたちが同時代的に経験している時代の解釈となると,本当にそうなのか,メディアが報じていることを基礎としすぎているような気もしないでもない。
歴史社会学という学問自体がそういうものかもしれないが,同時代的に起こっていることはすべてなにか「見えざる手」によって,一定の方向に導かれているように語ってしまうのは,著者があとがきで否定しようとしている「通史」ではないのだろうか。複雑化しているはずのこの社会にある種の理解可能な明快さを求めることは正しいのだろうか。

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エスニシティの地理学

阿部亮吾 2011. 『エスニシティの地理学――移民エスニック空間を問う』古今書院,199p.,3500円.

出版当時に著者からいただいたもの。以前は頼まないのに,雑誌で読んだ論文に対して意見を送る私だったが,そういう行為は最近ひどく嫌われていて,すっかりやらなくなってしまった。そんなこんなで,こんな私にも著書を送ってくる人が増えたせいか,それに対してろくにお礼状も返信しなくなってしまった。そんなこともあって,昨年3月に著者に会った時に,「成瀬さんが何の反応もしないなんて」と起こられてしまった。ということで,ようやく読み終えました。
著者とは随分前にとある英語の論文集を翻訳しようという企画に一緒に参加して,何度も集会を行ったので,けっこう親しい仲。というか,彼自身が非常に人懐っこい性格。研究者としてはどうなのかなあと心配するほどのずぼらさだが,こうして私よりも先に単著を出されると,悔しいというよりも嬉しい。ともかく,目次をみてみよう。

第I部 序論
1章 はじめに―問題の所在
2章 フィリピン人女性エンターテイナーとは何か?
第II部 理論研究:エスニシティの地理学
3章 地理学におけるエスニシティ論
第III部 実証研究:移民エスニック空間を問う
4章 ローカル・スケールの地理を問う
5章 ミクロ・スケールの地理を問う
6章 メディアの視線を問う
第IV部 結論
7章 フィリピン・パブ空間とは何だったのか?

著者は1976年生まれですから,本書はこの年齢の研究者によくありますが,博士論文です。私は彼がフィリピン・パブの研究をしていることを知っていましたが,本書のタイトルには「フィリピン」の語はありません。しかし,第II部を読むと,本書のタイトルの意味がすぐ分かります。同じ年に杉浦 直氏が『エスニック地理学』という著書を発表していますが,本書の3章はまさに,杉浦氏の研究を批判した上で自らの研究を価値づけているのです。つまり,これまでの杉浦氏を中心とする日本のエスニック地理学を乗り越えるべく,エスニシティの地理学を確立するのだ,という非常に意欲的な研究である。ちなみに,日本の地理学にはチャイナタウンの研究の第一人者である山下清海氏も同じ年に『現代のエスニック社会を探る』という著書を発表している。私は杉浦氏のも山下氏のも読んでいないが,これら3冊を比較して読むのは面白そうだ。
さて,著者によるフィリピン・パブ,あるいはフィリピン人エンターテイナーに関する論文は何本かこれまで読んだことがあったが,本書はそれらをかなり組み替えていて,本書は単行本としてよくまとまっていると思う。さらに,パブでの労働を目的として来日するフィリピン人女性を単なる外国人労働者としてではなく,移民として捉え,戦後の日本の状況,フィリピンの状況,そして両国間の状況,もちろんそれより広範なグローバル化の状況も踏まえて,なぜ彼女たちが特に一時期かたまって日本にやって来たのかという背景を丁寧に描いていて,理解が深まる。第III部の構成も非常に分かりやすくなっている。しかし,丹念な調査に比べ,その解釈においてはロラン・バルトとか,エドワード・サイードとかのビッグネームに頼りがちなところは私のような読者には今ひとつ物足りない。
同様のことは,第II部の理論編にもいえる。確かに,とかく英語圏の研究を吸収することで新しさを強調しがちな日本の地理学において,同じ日本の地理学における先人の研究をその研究者の存命中(どころかバリバリ現役だが)にきちんと批判していくということは重要だと思う。でも,エスニシティ研究を専門としない私でもちょっと物足りないと思うような英語圏地理学のレビューや社会学系の論文の少なさは今後の課題といったところか。ただし,本書では一応それなりの人類学の成果は参照している。この点についても,ちょっと社会構築主義にこだわりすぎか,という感想を持った。
そして最後に指摘しておかなくてはならないのは,杉浦に向けた批判はとても正当なものであるが,それが第III部の実証研究できちんと自らが実践しているかということである。確かに,杉浦氏の批判にあったような政治性の欠如という点は,本書では非常に強く主張されている。しかし,エスニシティを社会構築主義的に捉えるということは本書でできているのだろうか。確かに,メディアで描かれる像を分析しているのはその一つであるが,あくまでも本書において「フィリピン人女性」は所与のものとされている気がする。そして,彼女たちはある意味一枚岩的に捉えられている。あとがきによれば,著者の修士論文は同じ日本に住むフィリピン人を対象としているものの,それはパブで働くエンターテイナーではなく,日本人と結婚した女性たちだった。そのなかにはエンターテイナーとして来日して日本人と結婚した女性もいると思うが,そういう女性たちの多様性や彼女たちのもう少し長い時間スケールでの動態というものが描かれればと思った。また,著者は自身の研究を杉浦氏や山下氏の延長線上に位置づけているようだが,彼らが行ってきたエスニック集団や移民と本書で描かれたフィリピン人女性たちはどの程度同列に語れるのだろうかということも疑問に思った。確かに,彼女たちのかなり窮屈に監視された生活のことは描かれたが,それはエスニック集団と呼べるような生活空間を有していたのだろうか。本書がいう移民エスニック空間は居住空間というよりも労働空間が中心である。もちろん,これまでの研究が居住空間中心だったことの批判として労働空間を強調するというのは一つの方法だが,本書でそれが強く主張されているわけではない。また,グローバル−ナショナル−ローカル−ミクロという空間スケールについては存分に考察されているが,もうちょっと具体的な空間についても論じて欲しかった。フィリピン・パブの立地については説明があったが,エンターテイナーの行動範囲(例えば,同伴として常連客との外出先)や顧客層の広がり(その居住地と勤務先など),またフィリピン・パブ自体がエンターテイナー以外のお店の特徴としてどうなのかという点が気になった。最後の点は例えば,フィリピン料理やフィリピンのお酒を提供しているのかどうなのか,その場合の食材の調達など。
まあ,細かい点はいろいろ指摘できますが,ともかく読み応えのある一冊でした。

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住友林業の注文住宅について

さて、今回は冒頭でなぜわが家が住友林業の家になったのかを簡単に説明し、その後、その注文住宅について書こうと思います。

以前も日記でちょっと書いたのですが、発端は昨年の何月だったか。私が外出先から帰宅する途中の東府中駅前で家族と待ち合わせをして、駅周辺で昼食を取ることになりました。食べ終わってお店から出ると、パラパラと雨が降ってきたのです。東府中駅前には住宅展示場があり、きちんと見学したことはありませんでした。ということで、興味本位で、そして雨宿りついでに入ったのが、住友林業のモデルハウスでした。数あるモデルハウスのなかでなぜ住友林業を選んだのかはよく分かりませんが、まあ結果的にはここのモデルハウスはけっこういいおうちなのです(二世帯住宅ですが)。
この日は他のお客さんはあまりいなくて、結局一人の営業マンが付きっ切りになりました。私が子どもの相手をしたり、トイレに行ったり(ちなみに、モデルハウスにもトイレはありますが、大抵は使用禁止で、事務所まで行かなくてはなりません)している間に、妻がそれなりに話を聞いていたようです。というのも、私ははなからマイホーム願望はなかったのですが、妻は密かにあこがれていたようなのです。ということで、その日以降、その営業マンからかなり頻繁に電話がかかってくるようになりました。そして、私が仕事で不在中の夕方にその営業マンはわが家を訪れて、妻にかなり詳しい説明をしていたようです。私は正社員ではないし、収入もそこそこしかないので、マイホームが購入可能とは考えていなかったのですが、そのあたりの可能性についてもいろいろ説明を受けていたようで。ということで、その後、住友林業が主催するイベントに参加したりしていたのですが、私の身の振り方が不安定な状況で都内に家を買うということを私は躊躇していたこともあり、それ以上話は進展しませんでした。
しかし、その年に応募していた大学の職が全てだめだったことを受けて、私のわがままで今後の家族計画を決めてもいけないと思い直し、年明けくらいから少しずつマイホーム購入に前向きに検討する覚悟を決めたわけです。すると、年明けはけっこう住宅メーカーが新春イベントをやっていて、改めてその住宅展示場を見に行く予定を立てました。もちろん、住友林業以外のメーカーも含めて検討するということです。どこから入ろうかということでしたが、息子がなんとなく興味を持ったのがへーベルハウスの旭化成でした。そこでも一通り話を聞きますが、妻はどうやらこの営業マンがひどく気に入らなかったらしく、モデルハウスを出るなり、住友林業のモデルハウスに行き、前に世話してくれた営業マンを呼んでもらいました。しかし、その間にその人の担当が変わっていたらしく、不在でした。でも、もちろんお客様重視ですから、翌日だったら来ます、という返事をもらって、翌日またモデルハウスへと出向いたわけです。
私は妻の行動がよく理解できないまま、そしてすっかり大雪になってしまったその日、朝からモデルハウスに向かいました。すると、なぜか「では、早速土地探しから」といって、住友林業ホームサービスという関連不動産会社の担当者を紹介され、物件情報を見たりと、長時間モデルハウスで過ごすことになりました。幸か不幸か雪はどんどん激しくなり、帰るに帰れないし、他のお客さんは全く来ないし、で昼食を近くで購入してモデルハウスで食べたりと滞在は5時間あまりに及びました。
ということで、そこからは話がトントン拍子で決まってしまうということになります。

その後の話は後日ということで、今回の後半は住友林業の注文住宅について説明することにしましょう。
大手ハウスメーカーのいう注文住宅は、全て施主の意向に合った自由プランというわけではなく、パッケージ化された商品があらかじめあります。二世帯住宅なのか、子どものいる世帯か、などといった家族構成や土地の広さなどに合わせて名前が付けられているんです。住友林業はその名のとおり、基本的に木造建築専門です。しかし、その工法は3つほどあります。1つ目は在来工法と呼ばれているものですが、住友林業独自の「マルチバランス」と呼ばれるものです。2つ目は最近出てきた「ビッグフレーム」という工法があります。これは柱と壁、という概念ではなく、柱を兼ねた壁というか、壁を兼ねた柱というか、大きな部材を使用することで、内部の間仕切りや窓をかなり自由に、大きな空間を確保できるというものらしいです。そして、3つ目がわが家の工法になったツーバイフォーです。ツーバイフォーは他社が先行して売り出していたものですが、住友林業の場合ツーバイフォーで住宅建設を行っていた会社を買収(?)する形で行っているようです。結果的にツーバイフォーになったとき、わたしたちは少し残念でした。それだったら住友林業でなくてもいいのではないかという懸念ですが、まあ最終的にはそれはどうでもよくなりました。ちなみに、なぜわが家がツーバイフォーかというと、ツーバイフォーの場合1階と2階の間の床の厚さが他よりも薄くなり、比較的コンパクトな建築物になるということです。わが家の場合、北側斜線が影響してきて、2階の北側の天井が低くなってしまうという問題がありましたが、ツーバイフォーであればその影響を比較的小さくできるというものです。
先ほど、パッケージ化されたと書きましたが、住友林業の注文住宅には「標準仕様」というものがあり、さまざまな部材の標準品が決められている。屋根材、外壁、玄関ドア、室内ドア、壁紙、床材、トイレ、ユニットバス、システムキッチン、下駄箱、玄関タイル、窓サッシ、畳、洗面台、などなどです。もちろん、それらは一つではなく数種類から選ぶことになっています。それらの商品はそれぞれのメーカー(例えばキッチンの場合、LIXILやYAMAHA、クリナップなど)が住友林業用に大量に作ったもので、だからこそ一般に販売されている類似商品よりもかなり安い仕入れ価格で入れることができます。ということもあり、この標準品以外のものを使いたい場合には単純に商品間の差額だけでなく、仕入れ値の差もあるので、かなりの上乗せになるということです。ちなみに、上記以外に住宅建設に必要なものは「提案工事」ということになります。そこに含まれるのはカーテンや照明ですね。
なので、以前も書いたように、一軒家を新築するといっても、大手ハウスメーカーにするのか、地元の工務店か、あるいは建築事務所にお願いするのかを検討する際、ハウスメーカーの注文住宅がどういうものであるのかということを知っていたほうがいいことになります。しかも、私は住友林業しか知らないので、他のメーカーの標準仕様についても知っておくといいですね。

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