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エスニシティの地理学

阿部亮吾 2011. 『エスニシティの地理学――移民エスニック空間を問う』古今書院,199p.,3500円.

出版当時に著者からいただいたもの。以前は頼まないのに,雑誌で読んだ論文に対して意見を送る私だったが,そういう行為は最近ひどく嫌われていて,すっかりやらなくなってしまった。そんなこんなで,こんな私にも著書を送ってくる人が増えたせいか,それに対してろくにお礼状も返信しなくなってしまった。そんなこともあって,昨年3月に著者に会った時に,「成瀬さんが何の反応もしないなんて」と起こられてしまった。ということで,ようやく読み終えました。
著者とは随分前にとある英語の論文集を翻訳しようという企画に一緒に参加して,何度も集会を行ったので,けっこう親しい仲。というか,彼自身が非常に人懐っこい性格。研究者としてはどうなのかなあと心配するほどのずぼらさだが,こうして私よりも先に単著を出されると,悔しいというよりも嬉しい。ともかく,目次をみてみよう。

第I部 序論
1章 はじめに―問題の所在
2章 フィリピン人女性エンターテイナーとは何か?
第II部 理論研究:エスニシティの地理学
3章 地理学におけるエスニシティ論
第III部 実証研究:移民エスニック空間を問う
4章 ローカル・スケールの地理を問う
5章 ミクロ・スケールの地理を問う
6章 メディアの視線を問う
第IV部 結論
7章 フィリピン・パブ空間とは何だったのか?

著者は1976年生まれですから,本書はこの年齢の研究者によくありますが,博士論文です。私は彼がフィリピン・パブの研究をしていることを知っていましたが,本書のタイトルには「フィリピン」の語はありません。しかし,第II部を読むと,本書のタイトルの意味がすぐ分かります。同じ年に杉浦 直氏が『エスニック地理学』という著書を発表していますが,本書の3章はまさに,杉浦氏の研究を批判した上で自らの研究を価値づけているのです。つまり,これまでの杉浦氏を中心とする日本のエスニック地理学を乗り越えるべく,エスニシティの地理学を確立するのだ,という非常に意欲的な研究である。ちなみに,日本の地理学にはチャイナタウンの研究の第一人者である山下清海氏も同じ年に『現代のエスニック社会を探る』という著書を発表している。私は杉浦氏のも山下氏のも読んでいないが,これら3冊を比較して読むのは面白そうだ。
さて,著者によるフィリピン・パブ,あるいはフィリピン人エンターテイナーに関する論文は何本かこれまで読んだことがあったが,本書はそれらをかなり組み替えていて,本書は単行本としてよくまとまっていると思う。さらに,パブでの労働を目的として来日するフィリピン人女性を単なる外国人労働者としてではなく,移民として捉え,戦後の日本の状況,フィリピンの状況,そして両国間の状況,もちろんそれより広範なグローバル化の状況も踏まえて,なぜ彼女たちが特に一時期かたまって日本にやって来たのかという背景を丁寧に描いていて,理解が深まる。第III部の構成も非常に分かりやすくなっている。しかし,丹念な調査に比べ,その解釈においてはロラン・バルトとか,エドワード・サイードとかのビッグネームに頼りがちなところは私のような読者には今ひとつ物足りない。
同様のことは,第II部の理論編にもいえる。確かに,とかく英語圏の研究を吸収することで新しさを強調しがちな日本の地理学において,同じ日本の地理学における先人の研究をその研究者の存命中(どころかバリバリ現役だが)にきちんと批判していくということは重要だと思う。でも,エスニシティ研究を専門としない私でもちょっと物足りないと思うような英語圏地理学のレビューや社会学系の論文の少なさは今後の課題といったところか。ただし,本書では一応それなりの人類学の成果は参照している。この点についても,ちょっと社会構築主義にこだわりすぎか,という感想を持った。
そして最後に指摘しておかなくてはならないのは,杉浦に向けた批判はとても正当なものであるが,それが第III部の実証研究できちんと自らが実践しているかということである。確かに,杉浦氏の批判にあったような政治性の欠如という点は,本書では非常に強く主張されている。しかし,エスニシティを社会構築主義的に捉えるということは本書でできているのだろうか。確かに,メディアで描かれる像を分析しているのはその一つであるが,あくまでも本書において「フィリピン人女性」は所与のものとされている気がする。そして,彼女たちはある意味一枚岩的に捉えられている。あとがきによれば,著者の修士論文は同じ日本に住むフィリピン人を対象としているものの,それはパブで働くエンターテイナーではなく,日本人と結婚した女性たちだった。そのなかにはエンターテイナーとして来日して日本人と結婚した女性もいると思うが,そういう女性たちの多様性や彼女たちのもう少し長い時間スケールでの動態というものが描かれればと思った。また,著者は自身の研究を杉浦氏や山下氏の延長線上に位置づけているようだが,彼らが行ってきたエスニック集団や移民と本書で描かれたフィリピン人女性たちはどの程度同列に語れるのだろうかということも疑問に思った。確かに,彼女たちのかなり窮屈に監視された生活のことは描かれたが,それはエスニック集団と呼べるような生活空間を有していたのだろうか。本書がいう移民エスニック空間は居住空間というよりも労働空間が中心である。もちろん,これまでの研究が居住空間中心だったことの批判として労働空間を強調するというのは一つの方法だが,本書でそれが強く主張されているわけではない。また,グローバル−ナショナル−ローカル−ミクロという空間スケールについては存分に考察されているが,もうちょっと具体的な空間についても論じて欲しかった。フィリピン・パブの立地については説明があったが,エンターテイナーの行動範囲(例えば,同伴として常連客との外出先)や顧客層の広がり(その居住地と勤務先など),またフィリピン・パブ自体がエンターテイナー以外のお店の特徴としてどうなのかという点が気になった。最後の点は例えば,フィリピン料理やフィリピンのお酒を提供しているのかどうなのか,その場合の食材の調達など。
まあ,細かい点はいろいろ指摘できますが,ともかく読み応えのある一冊でした。

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