« 設計打ち合わせ | トップページ | 間取りの決定 »

The interval

Hill, R. 2012. Th interval: relation and becoming in Irigaray, Aristotle, and Bergson. New York: Fordham University Press. 187p.

本書はフェミニスト哲学の学術書であり,著者の博士論文。私は地理学における場所研究の一環として,最近プラトンのコーラ概念とアリストテレスのトポス概念を検討している。はじめは,コーラ概念を検討したデリダの『コーラ』および,アリストテレス『自然学』の精読であるイリガライの「場,間隔」(『性的差異のエチカ』所収)という,日本語訳のあるフランス哲学のテクストの検討から始めた訳だが,実はけっこう英語圏の地理学ではこうしたコーラやトポス概念の再検討が行われていることを知り,またフェミニズムでもこの手の議論がけっこうあることが分かった。そのなかで見つかったのが本書。といっても,Amazonで見つけた時には本書はまだ出版前で「予約受付中」になっていた。もうちょっと調べてみると,本書の第5章が『Hypatia』という英文雑誌に2008年に掲載されていることを知り,実際に読むことができた。どうやら本書は彼女の博士論文らしい。
日本のフェミニズムはけっこう進んでいると思っていたので,この著者に辿り着く系譜を誰かが日本語で書いているかと思いきや,ネットで検索する限りではみつからない。日本におけるフェミニズムの状況もよく分からないが,本屋とかでよくみかけるのは,論文集という形を取ることが多いので,なかなか見つからないのかもしれない。研究論文を掲載するいくつかの雑誌もあるが,ウェブ上に記事を公開している雑誌はほとんどない。まあ,日本における動向は今後の課題ではあるが,英語圏の動向はある程度把握できている。ちなみに,東京大学には清水晶子というクイア研究の研究者がいるが,彼女は英国でPh.Dを取得し,英文で著書も出している。また,イリガライの研究もしているようなので,彼女にコンタクトが取れればこの辺の事情はよく分かるかもしれない。まあ,ともかく現段階で分かったことを記録しておこう。
フェミニズムでコーラ概念に着目したのはクリステヴァである。『詩的言語の革命』や『ポリローグ』といった翻訳されているなかでもその議論を読むことができる。これは1960年代の話で,デリダも『コーラ』という本を書いたのは1993年だが,クリステヴァとの関係のなかで,1970年頃からこの概念の検討はなされていたらしい。それとは別個に,イリガライは1984年の「場,間隔」の前に,1974年の『検鏡,もう一人の女性について』(日本語訳なし)でプラトンの検討をしている。私はフランス語が読めないので,英語訳で確認はしているが,非常に難しい。イリガライの議論を受けて,ジュディス・バトラーは『問題なのは身体である』(日本語訳なし)でやはりコーラ概念を検討している。
他方,エリザベス・グロスという日本ではあまり紹介されていないフェミニストは「女性,コーラ,住まうこと」という文章で,デリダとイリガライの検討から,コーラ概念を建築的な議論へと導いている。その他にもオルコウスキやビアンチという人は,本書の著者も書いている『Hypatia』という雑誌にコーラ関連の論文を発表している。特に,オルコウスキにおいては,イリガライとともにベルクソンが登場し,本書の内容に近くなってきます。ようやく本書の内容に入りましょう。といっても,詳しく紹介できる自信はありません。

序章
第1部 関連
1. 間隔の忘却
2. 場所における存在
3. 包むものと物の間のアポリア
第2部 生成
4. ベルクソンにおける二元論
5. 間隔,性的差異
6. 人間=男性を越えて:生命と物質の再考
結論:関連としての間隔,生成としての間隔

実は,上に挙げたフェミニズムの論文はいずれも私のような門外漢に分かりやすくは書かれていない。イリガライにも時代時代に著作があり,また例えば『性的差異のエチカ』一冊にしても,それ自体は講義録であり,12回の内容が収録されていて,「場,間隔」はアリストテレス『自然学』の検討だが,他のものはプラトンの『饗宴』だったり,スピノザ『エチカ』であったり,メルロ=ポンティやレヴィナスらの著作の精読という形をとっている。そういう細かいところをすっ飛ばして,「イリガライ」なる論者を論じているところがあって,きちんと辿るのが難しい。
しかし,本書はその辺がかなり丁寧に説明されている。例えば,『自然学』のなかでアリストテレスは「トポス」概念を形相でも質料でもないものとして定義しているわけだが,形相と質料について,本書ではアリストテレスの『形而上学』に遡ってきちんと検討している。また,『自然学』のなかの「間隔」概念とイリガライの「間隔」との関係,そしてイリガライにおいて間隔は性的差異として再定義されるわけだが,ではアリストテレスにおいて性的差異はいかに論じられているのかというところを確認したり,とかなり丁寧な論の進め方で,決して文字数の多い本ではないが,一つのテーマを深く掘り下げている。
アリストテレスのトポス概念は場所や空間という概念に近いものであり,イリガライの「間隔」もある程度それを踏まえたものであるが,本書の後半で取り上げられるベルクソンにおける「間隔」とは時間におけるそれである。ベルクソンなある意味時間の哲学者であり,「持続」という概念を用いて人間主体の時間的連続性を論じているが,本書はその空間的「間隔」と時間的「間隔」の関係をも考察に含めている。イリガライがアリストテレスの検討から得た「間隔」はもちろん空間のみに関わるものではないし,ベルクソンにおいても空間概念の検討も皆無ではない。しかも,ベルクソンにはアリストテレス『自然学』を検討した文章もあるのだ。実は,私はこの点にはじめから注目していて,アリストテレスのトポス概念の検討においてベルクソンとイリガライを参照するつもりだったのだが,フェミニストたちは違った観点からこの2人を結び合わせていて,驚いた次第。そして,もちろんベルクソンにおける性的差異の問題も検討される。

|

« 設計打ち合わせ | トップページ | 間取りの決定 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/218863/57216697

この記事へのトラックバック一覧です: The interval:

« 設計打ち合わせ | トップページ | 間取りの決定 »