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2013年6月

着工しました

先週、わが家の工事が始まりました。まずは先行して敷地の東側にある擁壁に沿ってフェンスが立てられ、続いて本体の基礎工事に入っています。

6月19日(水)

銀座シネスイッチ 『旅立ちの島唄〜十五の春〜
『グッモーエビアン』で存在感のあった三吉彩花の初主演映画ってこともあるけど、舞台が南大東島ということで、観たいと思っていた。私の会社が空港関係の仕事であるために、これまで知らなかった多くの空港を、そして空港が立地している土地の名前を知ることになった。計画系の業務をしていることもあって、空港間の航空路線や、航空以外の交通手段についても調べることがあって、特にこうした離島の状況は多少なりとも知っているつもりだが、いかんせんデータ上での情報なので、実際にその土地がどんな風景で、どんな人たちが住んでいるかは全く分からない。
この映画は沖縄県に属するこの島の実情を踏まえたうえでのフィクションだ。沖縄本島の東沖合いに、この映画では360kmという数字が強調されるが、南大東島と北大東島が存在する。そして、この映画が描いているように、この2つの島には高等学校がない。多くの子どもは中学卒業時に進学のために島を離れる、そんな実態に焦点を当てて物語化している。もちろん、この2つの島には空港があるが、これは那覇空港とお互いの島を結ぶだけの路線。その他、定期船もある。
三吉彩花演じる中学3年生と、その両親を演じるのは小林 薫と大竹しのぶ。こじんまりとした映画ではあるが、歳を重ねても多くの映画に出演しているこの2人の配役は豪華だ。物語りも含め、多くの地元民を配し、島の雰囲気もよく分かるし、とてもいい映画だと思う。しかし、いかんせん父親の小林 薫が生粋の大東島民というところはなんとかなるにしても、そして大竹しのぶは島の外からお嫁に来たことにはなっているが、その2人から生まれた娘がこの風貌ってのはちょっと無理がある。周りの同級生との違いが大きすぎると感じるのは否めない。もちろん、彼女は初主演を頑張っているのだが(衣装は地味でバラエティも少なくしてリアリティをだそうとしている)、外見のみにおいて、彼女はこの映画の映像から浮いているのだ。
まあ、沖縄映画には『ニライカナイからの手紙』の蒼井 優や『ゴーヤーちゃんぷるー』の多部未華子もあるので、初主演映画としてはいいのかもしれない。ともかく、今後の活躍を見守りたい女優さんです。

6月22日(土)

府中TOHOシネマズ 『俺はまだ本気出してないだけ
近くの映画館でやっていたので、観ることにした堤 真一主演作品。まあ、正直映画として大したことはありませんが、2つの点でいい作品だとは思いました。1つは映画というよりも原作ですが、その主題がいいですね。私は以前から真面目で何事もそこそこうまくやるけど、もっと懸命に本気を出せばもっといい結果を生み出すことができる、という評価をもらうことが多い。ちょっと楽していろんなことをうまくやっているという感じのようだ。確かに、このことは正しい。しかし一方で、本当に一生懸命やればいい結果が生まれるのだろうかという素朴な疑問がある。もちろん、それに対しても、いい結果が出るとは限らない、大きな失敗をするかもしれないけど、あなたはそれをやっていないのだ、とやはり批判を受けてしまう。しかし、それに対しても、じゃあ、どこからが本気で、どの状態が一生懸命なのか、というのがよく分からない。例えば、寝る時間を割いてまで何かに取り組む。このことは一つの具体的な形だが、結局眠気によって集中力を欠き、いい結果が出ないというのがこれまでの経験。私はなにか締め切りがあるものであれば、それに間に合わすように事前から準備をする性質である。この社会ではそういう人よりも、スロースターターで締め切り直前に懸命に頑張る人が評価される傾向にあるように思う。でも、私はそういう性質なのだから仕方がない。締め切り直前により良いものに高めるために何かをしても、それが成功した経験はあまりない。まあ、そんな感じだ。
だから、この主人公のあり方、そしてこのタイトルはなかなか真理を付いていると思う。有体の作品では、最後に本気を出した主人公がすごいことを成し遂げるわけだが、本作ではそうではない。もちろん、社会のなかには非常に稀に、本気を出すことで優れたなにかを成し遂げる人がいるが、多くの人々はそうではない。そうした少数の人の成功物語があたかも社会の真理であるかのように、出回り、人々は自分もそうなるだろうと追随する。しかし、それによって成功した人の話が後に続くかというとそんなことはない。だから、そういう成功物語がベストセラーになるような世の中のありかたは、本作のような代替物語によって置き換わっていかなければならないと思う。
もう一点は,主人公の幼馴染みとして出演している生瀬勝久の存在。テレビドラマなどでは悪役,嫌な役が多く,実際にとてもよく似合うわけだが,本作では良い人すぎて離婚されてしまうという役どころ。まあ,主演作の『スープ』もそうだったが,良い人をやってもかなり似合うんですよね。やはりこの役者さん,さすがです。その奥さん役が水野美紀ってのもいいし,終わり方も素敵。

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文明化の過程(下)

ノルベルト・エリアス著,波田節夫・溝辺敬一・羽田 洋・藤平浩之訳 1978. 『文明化の過程(下)――社会の変遷/文明化の理論のための見取図』法政大学出版局,488p.,4120円.

上巻を読んだのはもう2年前。下巻の目次を見て,上巻とは随分違うことを確認して購入もしていなかったが,一応Amazonのマーケットプレイスの価格はチェックしていた。そして,安値だった時に購入したもの。
日本語訳では上下巻と連続しているような感じだが,実際には同一テーマの違う本という感じだろうか。もちろん,まとめと題された章で上巻への言及は多く,2冊を読んではじめて全体像が見えるという構成にはなっているが,上巻は文化史的な内容であり,私にも非常に読みやすいが,下巻はむしろ政治経済史といった内容で,非常に読みにくかった。

第三部 ヨーロッパ文明の社会発生について
I 宮廷社会に関する概観
II 絶対主義の社会発生に関する簡単な前置き
III 中世における社会発展の仕組みについて
 第一章 封建化の仕組み
 第二章 国家の社会発生について
まとめ 文明化の理論のための見取図

目次を見れば書かれていることは明白で,私自身が身につけなくてはいけない知識が満載だったはずである。しかし,とにかく私には読みづらい。マルクス主義的にいうならば,上巻の社会の上部構造としての文化や文明は,下巻の下部構造としての経済を理解しないといけない,ということになると思う。実際,下巻では社会と経済,政治との非常に密接なかかわり合いを意識して歴史的過程を記述されている。
ヨーロッパの歴史についてはまだまだ学ばなくてはならないことが多いと実感させてくれる読書でした。

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Approaches to landscape

Muir, R. 1999. Approaches to landscape. Macmillan: London, 310p.

景観というテーマには長い間関心を持っている。場所というテーマに関しては卒業論文作成という時から、ある程度明確な問いと回答を持っていた。その卒業論文が1993年に学術雑誌に掲載されてから、場所というテーマに関しては継続的に論文を発表してきた。しかし、一方で景観というテーマについてはなかなか明確な回答どころか、問いさえも漠然としたものだった。2001年には『風景の図像学』という論文集の翻訳に参加して、1980年代の地理学における景観研究の第一人者であった英国のコスグローヴの研究をある程度理解できたと思っていたが、まだ自らの研究として具体的に何をしていいのか分からなかった。ただ、景観に関する文献だけは集めたり読んだりしていた。本書の著者であるミュアは短い雑誌論文で知っていたが、コスグローヴやダンカンの強い主張に対して、どうにもはっきりしない書き方だったことだけは覚えていた。たまたま、どこかの書店の要所コーナーで本書をみつけ、購入したものの、ずーっと本棚の肥やしになっていた。
一方で、私は修士論文のテーマとして写真を選び、田沼武能という写真家の研究を行った。かなり長大な修士論文の内容を、テーマごとに小出しにちょくちょく雑誌論文として発表していたが、田沼作品の特徴ともあいまって、なかなか写真の画像そのものの分析をすることはできなかった。ようやく、2010年に発表した田沼作品に関する論文のなかで、コスグローヴの図像学的分析の意義が少し理解できるようになり、その後手をつけたゲルハルト・リヒターの風景画の研究で、ようやくコスグローヴの主張の全貌が把握できるようになってきた。その論文は投稿時からかなり難航し、いまだに審査中だが、ともかく手元にある景観研究の文献を読み進めるしかないということで、ようやく本書を読むに至った。まずは目次を。

はじめに
1. 景観史および景観遺産
2. 景観史の実践
3. 構造と光景アプローチ
4. 心のなかの景観
5. 景観、政治、権力
6. 景観の評価
7. 象徴的景観
8. 景観に対する美学的アプローチ
9. 景観と場所
あとがき

あとがきに書かれているが、本書はできるだけ景観研究におけるさまざまなアプローチに対して公平に向き合おうとしたものである。著者の専門は1章と2章に関わるような、景観史および景観考古学だという。上記したコスグローヴらの研究は7章で詳しく紹介される。地理学研究を中心に紹介されているが、私が勉強してきたものよりもかなり広い視野でさまざまなアプローチが紹介され、非常に勉強になる一冊だった。
景観史研究というのは実は日本でもけっこう盛んである。といっても、英国や米国で盛んなそれとは異なり、かなり独特なものではあるが。さらにいえば、それらについて私が精確に紹介できるわけでもない。言葉だけ書けば、日本では歴史地理学の一動向として、「歴史的景観の復元」研究という。しかも、ここでいう景観とはコスグローヴ流の視覚画像としてのそれとは違い、かといってドイツLandschaft概念のようなまとまりのある地域といったものとも違うような気がしている。どういうものがどこに配置しているのかということを復元して、歴史地図を作成すること、のようなものだと勝手に理解しているが、そんな単純なものではないだろう。
日本の景観史研究が京都のような歴史都市を対象とするのが多いのに対し、1章や2章で紹介されるような研究には自然環境の復元のようなものも多いようだ。私は理学部地理学科に入学し、当初は自然地理学を目指していたが(人文地理学なんて分野は存在すら知らなかった)、大学の講義よりも面白く読んでいたのは安田喜憲氏の『環境考古学事始』(NHKブックス)のような本だった。そのころは安田氏が地理学者だとは知らなかったし、地理学界のなかでかなり特異な人物だったことは後から知らされた。しかし、この本には考古学的調査などから得られた知見に基づいて描かれた過去何万年前の風景図が掲載されたりして、まだ恐竜などに対してロマンを抱いていた純粋な私にとってはとても魅力的だったのだ。前置きが長かったが、景観史といった場合の歴史の時間スケールが長ければ長いほどそこには自然の要素と考古学との共同というものが関わってくる。もちろん、この辺りには米国の地理学者サウアーなどの研究も登場します。
3章のタイトルにある「構造」から勝手に構造主義的な記号論に基づくダンカンの景観研究を思い浮かべたが、まったく違う研究動向でした。こちらも、2章からの連続性で捉えられるような研究で、例えばデーヴィスの地形学のようなものと関係します。つまり、表層としての景観を生み出す要因には深層の構造の理解が不可欠といった具合に、こちらでも自然研究が大きなウエイトを占めます。表層の光景としての地形と、深層の構造としての地質といった具合に。
4章に関しては、全く同タイトルの翻訳論文集がありますが、その著者であるポーコックとポーティウスが研究していたような、文学における風景記述や、視覚に限られない聴覚や臭覚、妄想の中の風景などを想像しましたが、やはりこちらも違っていて、3章と5章をつなぐ役割を果たしています。要は、5章の景観の評価という人間の価値判断の話に移る前に、景観は物質的な要素だけではないということですかね。
5章でようやく私の馴染みのある研究に移るかと思いきや,確かに冒頭でコスグローヴやダンカンの名前は登場するが,どちらかというと,大文字の政治がテーマらしい。でも,はっきりしていないのも本書の面白いところ。いくつかある事例の一番目はナチスドイツ,二番目はイングランドの景観庭園,三番目が風景画とくるが,風景画についても私の知りたいことについてはいまいち触れてくれない。
再度,6章では私の関心から離れるが,けっこう重要な章。そして,前半の2,3章と4章なども関連してくる。そもそも,地理学が人間の感情や心理を研究するようになったのは,環境知覚研究が大きなきっかけだったともいえる。社会心理学でも災害時の非難行動に活かすような研究がある。人間-環境関係という古い地理学のテーマを有しながらも人間精神を問題とするという意味においては当時の地理学には新しい方向性だった。まあ,そんな歴史的なことは本書には書かれていないが,良いとか悪いとか,美しいとか醜いとか,なかなか明確な形で判断できない景観という存在を評価する方法を模索する研究が本章で検討されます。
7章ではまさにコスグローヴ的研究の紹介で,一番理解しやすかったところ。8章ではさらに突っ込んで,6章の比較的客観性を求める評価に対して,いかにも主観的な美的基準で景観をいかに捉えるかという側面が論じられる。
最終章の9章は,まさに私も考えている景観と場所の問題。私の考えに近いものはなかったが,多くの景観論者が場所の問題も平行して考えていることが,多くの引用から確認できる。

ともかく,冒頭に書いたように,著者はかなり価値中立的な立場を貫こうと努力しながら本書を執筆していて,非常に誠実である。あまりにも自信に満ちて,自分の考えを強要しがちな本が少なくないのに対して,本書の著者は非常に控えめで,それでいて守備範囲がとても広い。刺激の多い本ではないが,知識として踏まえておくべきことが多く記録されている。

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映画4本

最近観た映画をまとめて。

6月5日(水)

この日は住友林業との着工合意締結の日。ひとまず,建物の金額が確定し,ローンの借入金学もほぼ決定します。契約時からの変更金額はプラス287万円。改めて書いてみると大きな額ですね。でも,このうちの大部分は延べ床面積が5㎡ほど増えているのと,ダイニングに吹き抜けをつくったことが大きく,提案工事としていろいろ標準以外に注文をつけたところの金額は思ったよりは大きくならなかった。
15時の約束だったので,講義後に1本映画を観て帰ることにした。当初は近場で観る予定だったが,ちょっと調べたら観たいと思っていた映画があっというまに上映終了近くなっていたため,新宿まで出ることにした。

新宿テアトル 『百年の時計
この映画,一応木南晴夏さんの初主演作品ということで,観たいと思っていた。木南晴夏さんは名前を覚える以前からいろんな映画に出演していて顔を覚えていた。ホリプロの公式プロフィールやWikipediaに掲載されている映画は決して多くないが,もっと出演作は多いのではないかと思っている。
本作は『デスノート』の金子修介監督作品だが,香川県の実在する路面電車を使っているローカル映画で非常に渋い。渋いといえば,最近かなり映画出演の多いミッキー・カーチスが出ているのも面白い。ミッキー・カーチス演じるのはかつて活躍した日本を代表する芸術家とのことだが,やはりこういうフィクショナルな芸術家を映像化するのはけっこう難しいと思う。ただ,その復活作としての路面電車を使ったインスタレーションは,芸術としてではなく映画の一シーンとしてなかなか興味深い内容だった。でも,先日観た大林宣彦氏の『この空の花』の影響を否めない。といいつつ,一つ非常に印象的だったのが,あるおばあさんの台詞2つ。その女性は戦争で旦那さんを亡くしたという設定なのだが,多くの人々が楽しんでいる花火大会からかつての空襲を思い出してしまったり,またワールドカップやオリンピックで人々が盛り上がるさまをやはり戦時中の人々の盛り上がりを想起して不安になるというもの。これはなかなか味わいのある表現だった。
さて,上映が終了すると,おもむろにある男性がスクリーン下に出てきた。なんと金子監督でした。『デスノート』の監督と聞いて,けっこう若い人を想像していたが,けっこういい歳の人でした。このローカルで地味な映画はやはり配給先に苦心したようで,テアトル新宿ではほんの2週間程度の上映でしたが,思い入れがあるようです。

6月9日(日)

どうにも,最近は観たい映画が目白押しに公開している。映画の公開時期にもつまらない作品ばかりの時と面白い映画ばかりの時があるのは仕方がない。この日観た映画はシネクイントで予告編を観てすぐに前売り券を買った作品。こういう映画好きなんですよね。

渋谷シネクイント 『セレステ&ジェシー
出演俳優も『ロード・オブ・リング』のイライジャ・ウッドくらいだが,『エターナル・サンシャイン』の役どころといい,この配役はとてもよい。ちなみに主人公セレステの共同経営者でゲイ役です。セレステを演じるラシダ・ジョーンズも,ジェシーを演じるアンディ・サンバーグもほとんど知らないけど,脚本がいいですね。主演のラシダが脚本を手がけています。予告編の印象では,半分はコメディ家と思いきや,2/3はかなりシリアスで,2人の心情にグイッと深く切り込みます。シネクイントはこういう良質な恋愛映画を上映し続けて欲しい。

6月16日(日)

7月6日からアンパンマンの映画化25周年作品が上映される。妻は先日息子を連れて機関車トーマスの映画を観に行って,1時間くらいの上映時間であれば息子が大人しく観ていたということで,今度のアンパンマンも前売り券を買ってきた。すると,その後,密かに応募していた試写会の招待券が届いてしまったのだ。身近な人に譲ろうとしたが,1週間後では予定が空いている人がいなく,結局試写会は私が息子と2人で観て,妻は再度息子を連れて映画館で観ることになった。会場がよみうりホールだったので,その前に私は一人で映画。シャンテシネやシネスイッチで観たい映画があった,試写会の開場時間に間に合うような上映時間ではやっておらず,TOHOシネマズになった日劇で観ることになった。

丸の内日劇 『奇跡のリンゴ
選んだ映画はこちら。なんと,中村義洋監督作品です。この監督はけっこう好きなので,観たいとは思っていたが,上に書いたように他の作品との兼ね合いでは優先順位は下の方だったけど,スケジュール的には他に選択肢がなかったので,観ることにした。優先順位を下げていたのは主演の阿部サダヲ。まあ,嫌いな俳優って訳ではないのだが,やはりちょっと演技がくどいというか目力が強すぎて,舞台なんかはいいんだろうけど,映画の大画面で長時間観るのは辛い。と思いつつ,私が観たなかでは彼の配役がかなり適切だったと思わせる作品だった。その妻を演じた菅野美穂もさすがだった。そしてちょっと嬉しいのが,菅野美穂の少女訳の子役が非常に彼女の雰囲気とよく似ていたことだ。私はこのことはたまに書くが,けっこう一人の訳者が演じることのできない時間スケールを描く作品において,複数の役者が演じる一人の外見の類似というのは違和感なく見続けるのに決定的に重要だと思う。
まあ,実話を基にした映画ということで,彼の作品のなかでもそれほど高評価はつけられないけど,何度も泣かされた作品だったことは確か。前日は久し振りに日付が変わってから帰る程呑んでしまったが,早起きして観た甲斐はあった作品です。

有楽町よみうりホール 『それゆけ!アンパンマン とばせ!希望のハンカチ
こちらは完成披露試写会ということで,原作者のやなせたかしさんや,ゲスト声優の本仮屋ユイカちゃんが登場。それなりに遠い客席だったので,あまりしっかりは見えず。今回の映画は前半に手遊びをさせるような短編と,本編で併せて65分という上映時間。やはりなかなかしっかりと考えられた物語で楽しめましたね。でも,息子は時間的にちょっとおネムだったようです。

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近況

なにやら忙しくなって、blogが滞っています。

まず、家のこと。
先週着工合意をしました。そして今週は地縄立会いということで、営業担当者、設計担当者、工事監督者と私たち家族が土地に集まり、現場の確認をしました。その後、着工合意の書類で疑問に思った箇所を設計担当者に確認し、ほぼわが家の設計内容が確定したところです。

そして、研究のこと。
日本地理学会の電子ジャーナルE-Journal GEOに投稿していた単著論文が先日無事受理されました。ちょっと私にしてはこれまでの感心とは異なる分野(会社で学んだことを活かした事例調査)だったこともあったが、編集者の意見はとても建設的でかつ迅速で気持ちの良い編集作業でした。
一方で、やはり日本地理学会の学会誌『地理学評論』に「総説」として投稿している原稿のやりとりもあった。こちらはなかなか思うように進まず、難儀しています。
そんななか、一昨年に翻訳作業をし、1年以上前から音信不通になっていた訳書の企画が突如浮上し、いきなり校正原稿が送られてきた。とりあえず、訳出にミスがないか、他の人がチェックしやすいように直訳で訳出していたが、出版されるに際しては時間をかけて日本語として読みやすいように修正する必要があると思っていたが、著者が8月に来日するということで、それに合わせて急遽出版を急ぐことになったようで、2週間で修正作業をしてくれとの依頼。編集者の忙しさを見かねて2章分翻訳を担当した私の作業量は2倍。
さらに、本来は上の2件よりも先に手をつけていた論文もそろそろ投稿準備に入ろうかというところだったのに、これらの作業のおかげでまた延期しなくてはならない状況。

大学のこと。
ちょうど、小レポートの提出が先週あり、採点作業があります。ここ数年は10ほどのレポートで済んでいたのですが、講義日を平日に変更して受講者が増え、とりあえず60ほどの採点があります。

最後に会社のこと。
こちらは相変わらずな感じで、暇な時間があるというほどではないが、残業するほどのことでもない状況。といっても、4月から契約形態が変更され、組合の保険に変更し、厚生年金を払うようになり(なんと、これまで国民年金を払ってませんでした)、給料の手取りは減ってしまっています。

といいながらも、ちょくちょく映画は観ているのですが、すでに2本分blogで紹介できていない状況。ご了承ください。

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中学生男子と高校生男子

家の話題もそろそろ落ち着いてきました。映画もまとめて何本か観られたので,今回は映画評を中心に。

5月29日(水)

前の週は木曜日の午前中に健康診断などがあったため,勤務時間が少なくなり,給料も減ってしまうということで,水曜日の午後も出勤していた。ということで,ちょっと久し振りに一人で過ごす半日。講義後,渋谷に移動して献血。献血ルームで読み続けている『宇宙兄弟』が9巻まで進んだ。

渋谷シアター・イメージ・フォーラム 『ウィ・アンド・アイ
ミシェル・ゴンドリー監督作品。久し振りにやってきました。ゴンドリー作品。今回は予告編からして挑戦的。どうやら、夏休み前の最後の日を終えた高校生が帰宅のために乗るバスのなかでの出来事を描くという非常にシンプルな設定。場所はニューヨーク・ブロンクス。当然生徒や一般の乗客の多くが黒人。日本に住む私から見たら「本当に高校生?」と疑ってしまうような風貌の人物が次から次へと登場するが、どうやら出演者のほとんどは俳優ではないらしい。ということは現役高校生なのか。
冒頭のシーンがワクワク感を駆り立てます。バス型のラジカセ付きラジコンが軽快な音楽を鳴らし、ニューヨークの街を走り、カメラはそれを追っかけます。そのラジカセバスが路上で、この作品の舞台である路線バスに踏み潰されるところから本編が始まります。まあ、バカな高校生たちがバカ騒ぎをしながら、それぞれの役割を演じていき、一人一人とバスを降りていく。最後に残った男女の行方は...といった感じで、特に要約を長々と語ることもない内容だが、さすが、ミシェル・ゴンドリーという作品でした。

6月1日(土)

この日は映画の日,ということで午前中が私,午後が妻といった具合に近場で映画を観る。

府中TOHOシネマズ 『中学生丸山
私は特に宮藤官九郎好きというわけではない。最近やたらと多い、「団地もの」映画の一つとして観ておこうと思った次第。しかし、やはり団地に対して歪んだ愛着を持つ私にとってはなんとも愛すべき作品だった。といっても、私自身は住宅都市整備公団の典型的な5階建ての団地で生まれ育ったが、本作の団地は10階以上の中層住宅。最後に遠景も流れるが、どうやら江戸川区辺りが想定されているようだ。
本作はいろいろ宣伝もされているだろうから粗筋はいらないだろうが、主人公の男子中学生の妄想を描く作品。細かい設定が憎いです。例えば、仲村トオル演じる主人公の父親。残業はせずに帰宅し、家族4人揃って食卓を囲むことを日課とし、毎食後のフルーツを楽しみにしている。毎朝キウイを食べ、夕食後にはヨーグルトを食べるという私の風習と一致する。本作に、音楽家の遠藤賢司が出演しているというのは知っていたが、まさか劇中で歌ってくれるとは思っていなかった。エレキギターでグウィーンもやるし、アコースティックギターでポロンポロンもやってくれる。
核となるストーリーもいいし、出演者各人が演じる細部もいい。愛すべき作品です。

6月2日(日)

この日は妻が友人と映画を観にいく予定だったが,友人が発熱でダウンし,妻自身もあまり体調が優れないということで,息子を連れて府中に昼食を食べに出かけ,そのまま私は映画を観させてもらう。

府中TOHOシネマズ 『言の葉の庭
新海 誠氏の最新作。といっても、短いです。TOHOシネマズのマイレージは52しかたまらなかったし、それでいて同時上映も付いている。といっても、大満足の作品。私のblogを密かに読んでいる妻が本作をまだ観ていないので、内容については書かないことにしますが、この短い時間に彼の世界観がぎゅっと凝縮しています。
エンディングテーマは秦 基博が歌っているが、なんと作詞作曲は大江千里。実は高校生の頃、一時期聞いていたんだよね。とてもいい曲です。大江千里の声は高いが、この曲は秦君が歌うのにとてもあっている。そして、音楽担当はKASHIWA Daisukeというピアニストらしいが、岡村美央さんがヴァイオリンを、徳澤青弦さんがチェロを担当していたらしい。あらかじめ知っていればもっとじっくり聞いたのに。いや、この作品だったらDVDを購入してじっくり聞いてもいい。でも、やはり映像は大きなスクリーンで観たいかな。

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