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2013年8月

3週間ぶり映画

最近,特に忙しいというわけでもないが,blogが滞っている。しかも,最近の唯一のblogネタともいえる映画もあまり観ていなかった。3週連続土日に映画を観られなかった。家のこととかの用事は1度あっただけだが,ともかく猛暑が原因だ。
土日でもあまりにも暑いので,子どもを連れて室内で楽しめるところということで,新三郷のIKEA&ららぽーとに行ってみたり,二子玉川に行ってみたり。以前は土日のどちらかは夫婦どちらかが単独行動だったりしましたが,ここ3週間は常に家族3人行動でした。そして,私のパソコンがある部屋にはエアコンがありません。なので,集中してある一定の時間パソコンに向かうということがかなり困難な状況。

15日からは夫婦であわせて夏休みを取り,4連休。でも,毎年母親のところに遊びに行っているところだが,今年は暑いから来るなといわれ,普通に過ごす連休。1日半1人の時間をもらって,映画を3本観ることにした。

8月15日(木)

新宿テアトル 『シャニダールの花
石井岳龍監督の作品が好きだって訳ではないけど,本作は予告編を観てかなり期待をしていた。しかも,やはりこの作品はテアトル新宿で観たかった。ということで,この日は新宿で映画2本。本作の期待どころはなんといってもビジュアル。綾野 剛君は2006年の『Life』という主演作からなんとなく観ている俳優。最近は出ずっぱりですっかり人気俳優になってしまったが,当時は長髪でつり目だし,体が華奢だし,好きな俳優ではなかったがやはり独特の雰囲気があって,当時は毒がある役も多く,ちょこっと出演していると印象に残る俳優ではあった。いい感じで歳を重ね,長髪もバッサリ切り,体つきもそれなり肉付きもよくなってきて,スクリーン映えする男優としては高良健吾君と並ぶといえるかもしれない。
相手役は黒木 華。『舟を編む』に出演していたが,なにやら宮崎あおいちゃんが彼女のことをべた褒めしている記事を読み気になっていた。実際,『舟を編む』での存在感はなかなかで,本作でもかなり期待していた。その他にも女性は美形どころが続く。刈谷友衣子は『告白』にも出演していたらしいが,『スープ』と『中学生丸山』で目立っていた。しかし,個人的には困り顔をする役どころが多く,今のところ好きになれない。長髪をバッサリ切ってから初めて観る山下リオは個人的に好き。外見もいいし,演技も巧い。もっと活躍してもいい女優さんのような気もしますが,どうなんでしょう。そして,彼女ら若き女優を引き立てる感じで出演しているのが伊藤 歩。そういう役どころが似合うってところがいいですね。
さて,テーマはなかなか難しい。あらすじは説明しませんが,主人公たちが勤める研究所が閉鎖になって,主人公たちの恋も実らないところで終わってしまうのであれば,奇抜な発想をうまく活かせずに終わる物語でした。また,結末を奇跡的なハッピーエンドにしてしまえばそれはそれで興ざめな感じ(まあ,この監督でそれはないと思いますが)。ということで,後半がなかなかいい展開でした。いい物語ですし,ビジュアルも期待通りの仕上がりでした。黒木 華がカウンセラー役ってのはちょっと若すぎるのが難点といえば難点。まあ,医学部卒でなくても,心理学専攻で修士課程までいっていれば25歳,その後研究所などで一定の評価を得られるところまでいくのは数年かかるとすれば,やはり20歳台後半が望ましいと思います。そういうところでリアリティが欠けてしまうというか,まあそもそもあまりリアルな物語ではないのでいいとは思いますが。

新宿武蔵野館 『トゥ・ザ・ワンダー
テレンス・マリック監督は『シン・レッド・ライン』などで有名ですが,彼の作品を観たことはありません。ベン・アフレックも好きな俳優ではありませんが,オルガ・キュルレンコが出演しているということと,こちらもヴィジュアル重視で選択。予告編を観た限りでもストーリーというストーリーがないような雰囲気でそこは期待しない。ちなみに,観る前にネットでオルガのインタビュー記事を読んだのだが,何やら彼女には台本が渡されず,その場の雰囲気でアドリブ的に撮影された作品だという。
実際に,映画が始まるとはじめの頃はそれなりのストーリーが進んでいくのだが,ベン・アフレック演じる男性はほとんど台詞がない。また,オルガの役どころも台詞よりもアフレコによるナレーションが多い。ハビエル・バルデムも神父役として出演しているが,その設定や役割などはかなり意味不明。中盤ではレイチェル・マクアダムスが登場し,ベンと関係を持ってしまう。まあ,ともかく断片的にしかも,時間が錯綜し,一般的な物語を辿るのはあまり意味がないように思う。だからといって,考えさせる何かがあるのかというとそうでもない。女優2人の裸体を眺められることも含めビジュアル的にすぐれていることで何かをごまかしているような作品に思えた。

8月17日(土)

この日は公開初日の外国映画を2本観ようと有楽町へ向かう。『タイピスト!』の上映30分前にヒューマントラストシネマ有楽町についたが,なんとその回だけでなく,その次の回も満席。幸い,もう1本観ようと思っていた作品と同じような時間だったので,スバル座に急ぐ。
こちらも公開初日だったが,スバル座は比較的座席数が多いので,十分に余裕があった。いつもどおり最前列に陣取って上映を待つ。

有楽町スバル座 『スマイル,アゲイン
選んだのはジェラルド・バトラー主演作品。特に期待するような作品ではないが,ある意味で安心できそうな作品。とても古風なファミリードラマだからだ。ここ最近はこういう典型的な映画というのはけっこう少ない。継続的に生産しているのはアメリカ映画なのかもしれない。
といっても,出演俳優はかなり豪華。ジェシカ・ビールが主人公の前妻役だが,彼女を引き立てるように,これまで主演を張ってきた女優たちが次々登場する。あまり有名ではないが,ちょっと若いところでジュディ・グリア。続いてなんとキャサリン・ゼダ・ジョーンズ。つい最近まで,加齢しても肌に張りがあって奇麗だなと思っていたが,ちょっと痩せたのか,目元の皺が気になります。そして,ユマ・サーマン。こちらも下着だけで主人公をベッドに誘うというちょっと惨めな役どころ。まあ,おかげでジェシカ・ビールの美しさが引き立って,期待通りの安心できる作品でした。たまにはこういうのもいいですね。

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近代の再構築

トーマス, J. A.著,杉田米行訳 2008. 『近代の再構築――日本政治イデオロギーにおける自然の概念』法政大学出版局,328p.,3800円.

恐らく新刊で本書が書店に並んだ時点で確認はしていた本だと思う。しかし,あまりにもその一般的なタイトルに手に取るところまでいかなかったのだろう。背表紙には不幸なことに本書の副題は印刷されていない。副題がなければ日本の話だとは思わないし,ましてや自然概念を扱ったものだとは思わない。
私は今は自然そのものには学問的関心を抱かないが,人間社会がいかに自然に対峙してきたか,特にその言語的意味合いに関心を持っている。それは,かつて地理学が人間と自然の関係を考察する学問だったからだが,それが近年形を変えて興味深い展開を遂げているからである。吉祥寺の古書店でなんとなく本書を手に取って,これは今の私にとって読むべき本になった。たまたま,一週間の内に新幹線で大阪に,飛行機で那覇に出張で行く機会があったので,ちょうど本書を携帯し,その車内と機内で読み終えた。まずは目次から。

第1章 序論ー自然にともなう問題
第2章 徳川時代の地勢的想像力
第3章 明治初期に異論の多かった自然
第4章 加藤弘之ー自然を時間に変える
第5章 馬場辰猪ー自然法と意志を持った自然
第6章 植木枝盛―ぼくは充電されたからだを歌う
第7章 日本の自然の文化変容
第8章 超国家的自然ー死んだ時空
第9章 結論ー自然な自由

正直いって,日本の近代思想,特に政治思想には関心がなく,本書に登場する4人の名前も一人も知らなかった。しかし,自然への関心ということでもないと日本の近代史を学ぶことは少ないので,ありがたい機会である。しかも,著者が日本人でないということも私にとってはありがたい。学問においてあまりにも身近に研究者が多い分野だと自明にされる事柄が多すぎて,門外漢が読むのに不親切になりがちだからである。確かに,本書は比較的読みやすいものだった。しかし,本書を読んで,英語圏における日本の近代政治研究の多さに驚かされる。本書の著者が日本に興味を持つ変った研究者なのではなく,日本研究の蓄積の上で,自然という新しい視点からその近代政治史を再解釈しようというのだ。さらに,この訳者が素晴らしい仕事をしている。まあ,原著で引用されている文献の日本語訳があるかどうか調べるのは当然であるが,その英語圏における日本研究の重要(そう)な研究のいくつかが翻訳されていることも驚き。訳者の話に戻すと,本書はそもそも日本の近代政治史について英語圏の読者を想定して書かれているものである。著者は日本語も読めて(明治期の日本語を読む能力は明らかに私よりも優れている),日本語の文献(当時の史料と現代の研究)も当たり前のように引用しているが,英語訳があるものは積極的にそれらを利用している。それが読者への配慮であるし,同時に著者が扱っているのが,日本が明治期にいろんな概念や学問を輸入して日本語に翻訳したり日本的な解釈で受容したりということも含んでいる。言語についての本ではないが,言語そして翻訳という問題については非常にデリケートな研究書である。
であるから,当然訳者の仕事は非常に難しかったはずだ。もちろん,訳者は「訳者あとがき」でそのことを述べている。ともかく,本書の中で引用されている日本語文献については全て原著に当たり,引用箇所をつきとめたという。本当に気が遠くなる作業だ。しかし,私のような研究者としての読者の場合はそれが逆に気になる場合もある。実際のところ,著者は「自然」とテーマにしてはいるが,それはあくまでも多義的な「nature」であって,その翻訳語としての「自然」ではない。その辺のニュアンスが,精確な日本語に置き換えることで逆に見えづらくなってくる箇所もいくつかあった。でも,訳者の努力を想うならば,そういう時は読者の方が原著と突き合わせるべきなのだろう。
さて,内容の方に移ろう。いやいや,訳者の努力の甲斐あって,非常に刺激的な読書だった。本書をきちんと理解するならば丸山眞男を読まなければならないと思うが,私はまったく読んだことがない。にもかかわらず,自然というテーマを全面に押し出してくれているおかげで,もちろん理解しづらい箇所はいくつもありながら,読み進むことができた。『日本風景論』の志賀重昂が登場するのも私にとって理解を促した要素だが,やはり日本の当時の知識人の多くが自然科学にも関心を持っていて,その理解と新しい日本という国をこの先どうするかという政治思想とは深く結びついていた。そしてまた,著作を残すような知識人たちが積極的に政治に関与していたということも現代とは違って興味深い。
私も自然をテーマにして論文を書いたが,日本の話ではあったが,近代期とも政治とも無関係な議論であった。でも,私的には本書とも相通じる議論ができたのではないかとちょっと自負したりして。まあ,ともかく本書につながるような研究をいつか私自身もできればなと思った次第。

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