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近代の再構築

トーマス, J. A.著,杉田米行訳 2008. 『近代の再構築――日本政治イデオロギーにおける自然の概念』法政大学出版局,328p.,3800円.

恐らく新刊で本書が書店に並んだ時点で確認はしていた本だと思う。しかし,あまりにもその一般的なタイトルに手に取るところまでいかなかったのだろう。背表紙には不幸なことに本書の副題は印刷されていない。副題がなければ日本の話だとは思わないし,ましてや自然概念を扱ったものだとは思わない。
私は今は自然そのものには学問的関心を抱かないが,人間社会がいかに自然に対峙してきたか,特にその言語的意味合いに関心を持っている。それは,かつて地理学が人間と自然の関係を考察する学問だったからだが,それが近年形を変えて興味深い展開を遂げているからである。吉祥寺の古書店でなんとなく本書を手に取って,これは今の私にとって読むべき本になった。たまたま,一週間の内に新幹線で大阪に,飛行機で那覇に出張で行く機会があったので,ちょうど本書を携帯し,その車内と機内で読み終えた。まずは目次から。

第1章 序論ー自然にともなう問題
第2章 徳川時代の地勢的想像力
第3章 明治初期に異論の多かった自然
第4章 加藤弘之ー自然を時間に変える
第5章 馬場辰猪ー自然法と意志を持った自然
第6章 植木枝盛―ぼくは充電されたからだを歌う
第7章 日本の自然の文化変容
第8章 超国家的自然ー死んだ時空
第9章 結論ー自然な自由

正直いって,日本の近代思想,特に政治思想には関心がなく,本書に登場する4人の名前も一人も知らなかった。しかし,自然への関心ということでもないと日本の近代史を学ぶことは少ないので,ありがたい機会である。しかも,著者が日本人でないということも私にとってはありがたい。学問においてあまりにも身近に研究者が多い分野だと自明にされる事柄が多すぎて,門外漢が読むのに不親切になりがちだからである。確かに,本書は比較的読みやすいものだった。しかし,本書を読んで,英語圏における日本の近代政治研究の多さに驚かされる。本書の著者が日本に興味を持つ変った研究者なのではなく,日本研究の蓄積の上で,自然という新しい視点からその近代政治史を再解釈しようというのだ。さらに,この訳者が素晴らしい仕事をしている。まあ,原著で引用されている文献の日本語訳があるかどうか調べるのは当然であるが,その英語圏における日本研究の重要(そう)な研究のいくつかが翻訳されていることも驚き。訳者の話に戻すと,本書はそもそも日本の近代政治史について英語圏の読者を想定して書かれているものである。著者は日本語も読めて(明治期の日本語を読む能力は明らかに私よりも優れている),日本語の文献(当時の史料と現代の研究)も当たり前のように引用しているが,英語訳があるものは積極的にそれらを利用している。それが読者への配慮であるし,同時に著者が扱っているのが,日本が明治期にいろんな概念や学問を輸入して日本語に翻訳したり日本的な解釈で受容したりということも含んでいる。言語についての本ではないが,言語そして翻訳という問題については非常にデリケートな研究書である。
であるから,当然訳者の仕事は非常に難しかったはずだ。もちろん,訳者は「訳者あとがき」でそのことを述べている。ともかく,本書の中で引用されている日本語文献については全て原著に当たり,引用箇所をつきとめたという。本当に気が遠くなる作業だ。しかし,私のような研究者としての読者の場合はそれが逆に気になる場合もある。実際のところ,著者は「自然」とテーマにしてはいるが,それはあくまでも多義的な「nature」であって,その翻訳語としての「自然」ではない。その辺のニュアンスが,精確な日本語に置き換えることで逆に見えづらくなってくる箇所もいくつかあった。でも,訳者の努力を想うならば,そういう時は読者の方が原著と突き合わせるべきなのだろう。
さて,内容の方に移ろう。いやいや,訳者の努力の甲斐あって,非常に刺激的な読書だった。本書をきちんと理解するならば丸山眞男を読まなければならないと思うが,私はまったく読んだことがない。にもかかわらず,自然というテーマを全面に押し出してくれているおかげで,もちろん理解しづらい箇所はいくつもありながら,読み進むことができた。『日本風景論』の志賀重昂が登場するのも私にとって理解を促した要素だが,やはり日本の当時の知識人の多くが自然科学にも関心を持っていて,その理解と新しい日本という国をこの先どうするかという政治思想とは深く結びついていた。そしてまた,著作を残すような知識人たちが積極的に政治に関与していたということも現代とは違って興味深い。
私も自然をテーマにして論文を書いたが,日本の話ではあったが,近代期とも政治とも無関係な議論であった。でも,私的には本書とも相通じる議論ができたのではないかとちょっと自負したりして。まあ,ともかく本書につながるような研究をいつか私自身もできればなと思った次第。

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