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アップタウン・キッズ

ウィリアムズ, T.・コーンブルム, W.著,中村 寛訳 2010. 『アップタウン・キッズ――ニューヨーク・ハーレムの公営団地とストリート文化』大月書店,311p.,3600円.

私は団地育ちである。確かに私が懐かしく思う風景はいわゆる日本の公団による5階建ての団地の風景であるが,特別な思い入れはない。まあ,私自身もよくありがちな「こんな街から出て行ってやる」という感じで,自分の育った団地はむしろ嫌いである。

かといって,一昔前にあった一般的な団地否定論には懐疑的で,「団地にはもっと豊かなコミュニティがある」と主張したくなる自分もいる。まあ,どちらにせよ,団地という存在が私自身のアイデンティティを形成していることは間違いない。

そんななか,まあこういう世代がいろんな分野で中心人物として活躍している社会のなかで必然的に映画が注目を集めている最近。団地マニアや団地映画,建て替えやリノベーションなど。

こうした流れに乗り遅れた感はあるが,以前から団地という対象に関しては地理学からの研究が必要だと感じてはいた。

そこで出会ったのが本書。社会学のなかでも良質な民族誌(エスノグラフィ)はよくあるが,本書もそんな一冊に加えられるだろうか。とりあえず,目次を。

1 アップタウンの若者たち

2 コミュニティを築き,他者から認められること

3 知的営み――文化,ラップ,学校

4 ラップとコカ・コーラ文化

5 自制と誘惑

6 死と逃げ路

7 公営団地における家庭

8 生い立つ

9 公営団地の強さを糧に

日本語訳で300ページに及ぶ本書は,上記目次のような構成にはなっているが,先日読んだ『地下鉄のミュージシャン』よりもだらだらした印象。

本書は著者の一人であるウィリアムズがニューヨーク,ハーレムの公営住宅の一室に暮らし,そこに若者たちを集め,ワークショップを重ねるなかでかれらの話を収集するというスタイルが採られている。しかし,単に話を聞くだけでなく,食事を与え,仕事の世話をし,人生のアドバイスをし,などなどとかれらの生活に介入するソーシャル・ワーク的なものも含んでいる。その辺りは現代的というか,評価されるべきところ。

確かに,社会学や人類学としては素晴らしい成果だと思うが,地理学的にはかなり物足りない。本書に掲載されている写真は数枚で,団地の全容はほとんど把握できない。そもそも「団地」という概念自体がかなりあいまいで,それが原著でなんと表現されているのかもわからず,本書のなかでも規定はない。集合住宅であることは分かるが,何階建ての建物が何棟,どういう配置でどの程度の面積を持つ敷地に広がっているのか。

本書には1枚,ハーレムの地図が掲載され,20の公営団地の分布が示されている。それだけで,本文中には団地の名称が出てくるので,ワークショップが行われるウィリアムズの自宅がある団地が中心にはなっているものの,他の団地のこともそれなりには語られる。

本書の表題に「アップタウン」とあるように,もっとひどい状況は「ダウンタウン」にある。特定の団地が本書のなかで,非常によく管理されていることが強調されているように,本書の対象である公営団地は犯罪あり,時に殺人もあるような場所ではあるが,そういうものには全く関与しない大勢の人間が住む場所でもある。

数少ない被験者を通して,かれらが属する文化を全体的に把握しようとする記述は少なくないが,この場所自体がニューヨークという都市全体のなかで占める位置,また団地に住む人口全体のなかで被験者のような若者が占める位置を把握しようという努力はあまりみられない。

もちろん,日本の公団団地とは状況は大きく違うし,その研究を行う上で,本書は参考にはなるが,むしろ読んでいて足りないと思ったものを中心に自らの研究を組み立てていく感じになるのだろうか。

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