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文化批判としての人類学

マーカス,G. E.・フィッシャー, M. M.著,永渕康之訳 1989. 『文化批判としての人類学――人間科学における実験的試み』紀伊国屋書店,366p.,2900円.

私はけっこう幅広く読書をしているつもりではあるが,読まず嫌いな分野もいくつかある。特に人類学は全般的に読まず嫌いで,必読書さえも避けてきた。最近は「表象」概念について再考する作業をしていて,そのなかで人類学の必読書の1冊を読まざるをえなくなった。それが本書。

地理学でも表象概念がもてはやされるようになった時期に,よく「表象の危機」ということがいわれたが,その発端の一つに1986年に原著が発表された本書への言及がある。翻訳がすでに1989年に出ているというのは素晴らしい。ともかく,一昔前のエポックメイキングな文献を読むというのもまた面白い作業だ。まずは目次。

第一章 人間科学における表象性の危機

第二章 民族誌学と解釈学的人類学

第三章 異文化の経験を伝えること――人間,自己,そして感情

第四章 世界的規模の歴史的政治経済の説明――社会を大規模システムとの関連で知ること

第五章 文化批判としての人類学の自国への回帰

第六章 人類学における文化批判の二つの現代的手法

いやいや,なかなかよく書けた本だ。まえがきによると,マーカスが一人で書いた原稿を元に2人で議論を重ね,フィッシャーが大幅な加筆修正を行い,関連する事例を付け加えていったという。

読み終えて目次を見直すと,各章できちんと論じるテーマが決まっていて,結論も得られている。まあ,当たり前の話ではあるが,それがきちんとできている本はなかなかない。

ということで,うすら認識の人類学の歴史も再認識できたし,また民族誌の役割ということについても再度考えることができた。

何よりもすごいのは,自らの学問を自己批判することが,それ以降の人類学のほとんどの実践で継続してなされていることだ。同様にフィールドワークを得意とする地理学において,日本でももちろん人類学の議論に感化された議論はいくつもあった。しかし,場合によってはそれは論文生産の動機として利用されている感があり,真面目に自分のしていることを反省する人はあまりいないと思う。

カルチュラル・スタディーズの影響などで行われた,フィールドを持たない地理学研究はある意味,フィールド研究への批判も含んでいたはずだが,今日でも日本の地理学では圧倒的にフィールド重視である。

最後に訳語について。表題の文化批判の原語は「cultural critique」である。読む前から「批判」という語には違和感があったのだが,通常は「文化批評」と訳されるところだろう。確かに,人類学の文脈だと「文化批評」一辺倒だと必ずしも正しくない文脈もあるが,訳者あとがきででも一言欲しかったところ。

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