« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

内村鑑三

鈴木範久 1984. 『内村鑑三』岩波書店,207p.,430円.

今年度秋学期のみ,恵泉女学園大学で非常勤講師をする予定になっている。基本的に大学に常勤を持たない者の非常勤による講義は教養科目になっているため,大抵は新しい大学でもいくつかあるこれまでの講義内容をアレンジして行っているが,今回は専門科目ということで,ちょっと新しい内容を考えている。

恵泉女学園大学の創設者は河井 道(1877-1953)で1929年のこと。新渡戸稲造のすすめで米国に留学し平和思想とキリスト教を学び,帰国して津田英学塾の教授となる。総説された恵泉女学園大学は女性の自立を支援し,園芸に力を入れているのは現在でも変わらない。

そんな,大学案内で得た知識で発想したのが内村鑑三の『地人論』。新渡戸稲造と内村鑑三は札幌農学校で同期だったこと。この本は発表当時「地理学考」というタイトルで,同じ札幌農学校出身の志賀重昂の『日本風景論』と同じく地理学の書である。そして,内村はキリスト教の伝道師であった。

そんな浅はかな知識だったが,なぜ北海道に農学校がつくられ,クラーク博士のもと英語が学ばれ,キリスト教化していったのか,という素朴な疑問が生まれた。現在でも北海道といえば農業だし,トラピスト修道院のクッキーなどで,古いキリスト教徒の地という側面も知られる。

そんな感じで,私自身の素朴な疑問を内村鑑三の『地人論』を中心に地理学的な観点から紐解いていく授業になればいいと思う。

さて,前振りが長くなったが,本書は岩波新書におさめられた,内村の伝記である。まずは目次から。

1 若き日の夢

2 独り立つ

3 野に吼える

4 平和の道

5 木々を育てて

6 コスモスをのぞむ

目次をみても知らない人には彼の人生を知ることはできませんね。まあ,このくらいの人物になればWikipediaにも相当詳しく書かれているでしょうから,あえてそういうところを解説することはしません。

とりあえず,壮絶な人生を送った人であることは分かりました。そして,キリスト教者として知られる,人生の大半をキリスト教に捧げた人物でありながら,その発端を知って驚きました。確かに,札幌農学校出身者にキリスト教徒として知られる人が多いのですが,当時学生も多くない時代,しかも全て男性で北海道の地でもちろん寄宿舎での生活ですから,キリスト教への入信はほとんど全員強制だったとのこと。内村は当初それに抵抗していたが,通過儀礼のように入信したとのこと。

「不敬事件」はたまたまキリスト教徒廃絶に関する歴史地理学研究で知ったが,有名な話でそれによって内村の人生が大きく変化したもの。今でも卒業式で国歌斉唱をしなかった教師が罰則を受けるなんてことが行われているが,1891年から同じようなことがあったとは驚き。しかも,本書を読む限り,それは事件というほどでもないくだらないことが大騒ぎになっているから驚く。この頃からマスコミの力,そして口コミの力恐るべし。

その他にも内村が三度も結婚をしていることとか,日本のいくつかの土地を転々としながら人生を送ってきたことなど,驚かされることが多い。残念ながら『地人論』については1ページだけ,その内容が概観されているだけだったし,彼がなぜそのような本を書いたのかについては解説はほとんどない。まあ,その辺を私が追求していくことにしましょう。もちろん,そういう観点からの地理学史的研究はすでにありますけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アウシュヴィッツと表象の限界

フリードランダー, S.編,上村忠男・小沢弘明・岩崎 稔訳 1994. 『アウシュヴィッツと表象の限界』未來社,260p.,3200円.

本書が日本語で出版され,書店にならんでいた当時,雑誌『現代思想』や『思想』を通して頻繁に目にしていた歴史家たちの名前が列挙されているのを見て読みたいと思ったが,アウシュヴィッツというテーマが私には重すぎたのと,小さい本ながら価格が高かったので見送っていた本。

今回,表象をテーマに小文を書こうと思っていて,『文化批評としての人類学』に引き続き「表象の限界」をテーマにしているということで思い出して購入した次第。まずは目次から。

「序論」ソール・フリードランダー

「歴史のプロット化と真実の問題」ヘイドン・ホワイト

「ジャスト・ワン・ウィットネス」カルロ・ギンズブルグ

「プロット化について――ふたつの崩壊」ペリー・アンダーソン

「ホロコーストを表象する――歴史家論争の省察」ドミニク・ラカプラ

「ホロコーストと歴史の終焉――映画にみるポストモダン的歴史記述」アントン・カエス

「限界の表象」ペレル・ラング

訳者まえがきによれば,本書は1990年に開催された「〈最終解決〉と表象の限界」という研究会議の記録という。この記録はそれに先んじて行われたギンズブルグとホワイトの間で交わされた「歴史・事件・言述」をめぐる討論だという。また,それに先んじて行われた「歴史家論争」とを併せて,名だたる歴史研究者を登壇させ,主催者の専門であった「アウシュヴィッツ」をテーマに選んだとのこと。

ちょうど1990年前後には『アナール』が「表象」に関する特集を組んだり,歴史学のなかで表象が話題だったらしい。

ヘイドン・ホワイトの『メタヒストリー』は一時期翻訳が出るという情報があったが,なかなか実現しない。この本については富山太佳夫氏などの紹介によって内容は日本でもよく知られているが,私も2004年に『地理科学』に書いた論文のために部分的に読んでいた(全部は断念)。ホワイトの議論を簡単にまとめると,歴史を記述する際にも,小説を書くように,プロットや物語,修辞法などというものが不可欠で,どういう類の歴史を選んでいるか,どういうイデオロギー的立場から書くのかによって,歴史家はかなり自動的にプロットや物語の種別を選ぶのだという。まあ,歴史記述が,歴史的事実をそのまま伝える透明な媒体であるという考えを真っ向から否定する考えで,ある種歴史学におけるポストモダンだといえる。

一方で,ギンズブルグも人類学的な歴史学という新しい方向性を示してきた歴史学者だが,わずかながら残された歴史の断片から糸を紡ぐように,当時ひっそりと暮らしてきた民衆の姿を復元するという仕事をしてきた人だから,ホワイトのような上から目線でその努力を無化するような主張が気に入らないのでしょう。

本書に収められた論文では,ホワイトの研究的起源をさかのぼり,そこにギンズブルグの本国であるイタリアの著作家が多く含まれていることもあり,詳細に検討することで矛盾を暴きだす作業をしています。まあ,これだけ誠実に批判してくれれば気持ちがいいものです。

他にもいろんな立場から歴史的事実に立ち向かう歴史家の立場が論じられていますが,どれも説得的で1つの立場が1つの立場を無効になるようなものではありません。そして,論題に選んだアウシュヴィッツ,あるいはホロコーストという歴史的出来事が複雑にさまざまな問題を絡んでいて,歴史に立ち向かう者の道徳,デオロギー,情念などさまざまな立場が問われるということも明らかになります。そもそも「アウシュヴィッツ」や「ホロコースト」といった名前による表象で,私たちは分かった気になる(知らないでは済まされない)一方で,実は何も分かってはいない,というある意味捉えどころのない歴史的出来事だということもあります。

ともかく,どの章も短い文章で,なかなか理解できないところもありますが,出発点としては読むべき本。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

子ども映画祭参戦

816日(土)

この日は調布で髪を切った後、駅前で家族と待ち合わせて昼食。その後は息子を預かって、2人でキンダー・フィルム・フェスティバルに参加した。

今年で22回目になるというこの映画祭。以前、調布に住んでいた時にも一度参加したいと思っていたが、以前は開場が狭く、土日に行くと当日券を購入する列ができていて、気軽に参加できるものではないという印象があった。

今年は妻が産休ということもあって、保育園をお休みして、金曜日の平日に参加した。リピーター割引もあるというし、チケットの購入方法も教えてもらったので、やっと参加することにした。

調布グリーンホール キンダー・フィルム・フェスティバル

私たちが観たのは短編が5本ほど集められた、90分くらいの会。有名なところでは、しまじろうのアニメとピーター・ラビットのCGアニメ。その他世界各地の子ども向け短編アニメが上映されました。そのうち2本はその場で声優さんが生で日本語吹き替えをするというもの。ゲスト声優として、元フジテレビアナウンサーの内田恭子さんがやってきました。近すぎず遠すぎないところから見させていただきましたが、テレビどおりの印象ですね。

ピーター・ラビットのお話はどこの国で制作したものか分かりませんが、ひどかった。原作者が観たらどう思うのだろうか。まあ、ともかく子どもを楽しませる仕掛けがいろいろある期待通りの映画祭でした。

824日(日)

最近は一時期の韓国映画とまではいかないが、けっこう台湾映画が盛り上がっている気がする。K's Cinemaで今開催しているのは台湾巨匠傑作選という特集で、4人の監督の作品を再映している。日本を舞台にした『珈琲時光』でも知られるホウ・シャオシェン、『ヤンヤン 夏の想い出』のエドワード・ヤン、『ブロークバック・マウンテン』などハリウッドでも活躍するアン・リー、そして最近『海角7号』などヒットメーカーのウェイ・ダーションという4人。3回券3000円を購入していたので、まずは私が1本。

新宿K's Cinema 『ウェディング・バンケット』

アン・リー作品はそれこそ『ブロークバック・マウンテン』しか観たことがない。台湾出身の妻は、テレビで放映していた彼の台湾映画をいくつか観ていたという。時間的に都合の良かった1993年の映画を観ることにした。

台湾から渡米して事業を営む主人公。母親から「結婚はまだか、こっちの結婚相談所に登録していい人を探してもらうから好みを書き込め」としつこく連絡をもらうが、主人公はゲイで、すでに恋人と暮らしている。そんななか、中国出身で永住権をほしがっている女性がいて、親を安心させるためにも偽装結婚をすることになる。父親の体の具合がよくなく、米国に来るとは思っていなかったのだが、両親はやってくる。そんな顛末を描く作品。登場人物のファッションなど、いかにも1990年代前半なのが面白いが、脚本・演出ともによくできていて、やはりハリウッドが目をつけるのはよく分かります。とてもいい作品でした。

97日(日)

有楽町スバル座 『わたしは生きていける

シアーシャ・ローナン主演作品。昨年の作品のようですね。『つぐない』での子役から注目している女優さんですが、けっこう日本で公開される作品にも出演しています。『ハンナ』という作品でもサバイバルを経験済みですが、今回の作品も第三次世界大戦かと思われる設定で、そこを生き抜く強い女性を演じるようです。

米国に住む主人公は英国に住む母親の姉の住む家に移り住むことになる。すると、それから間もなくロンドンに核爆弾による攻撃があったという設定で、英国が戦場になる。こういう展開は日本でも『最終兵器彼女』などがありました。でも、やはり英国はかなりリアルに描きますね。戦争の内容については詳しく伝えられませんが、どうやら国家間の戦争ではなく、国内のテロ組織による攻撃のようです。まあ、世界各地でこうした内紛は絶えませんから、先進諸国で同じようなことが起こっても不思議ではありません。

映像はなかなかリアルで、またシアーシャちゃんも美しくて観ている分にはいいのですが、登場人物の心理状態の描き方とか、主人公を駆り立てる恋愛的動機とか、深みがないのが残念。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »