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2014年12月

地人論

内村鑑三 1942. 『地人論』岩波書店,216p..

ここまでいくつかの読書ノートで書いてきたように,とある大学の講義でこの内村鑑三の『地人論』をとりあげ,それを歴史的な背景とともに理解しようという試みをしている。ようやく本題の本書に辿り着いたわけだが,それほど分量のないにもかかわらず,説明には3コマを費やした。予想した以上に内容の濃い本だった。まずは目次から。

1章 地理学研究の目的

2章 地理学と歴史 その1 総論

3章 地理学と歴史 その2

4章 地理学と摂理

5章 亜細亜論

6章 欧羅巴論 各論

7章 亜米利加論

8章 東洋論

9章 日本の地理とその天職 結論

10章 南三大陸

一応,一般的には第1章から第4章までが総論,第5章から第8章までが各論,第9章と第10章が結論とされる。しかし,その第1章から続く論理は明確で,一見第10章の配置に疑問がわくが,読んでみるとすっきり理解できる。

本書は明治27(1894)年に『地理学考』の書名で出版されたもので,地理学書である。3年後に『地人論』と改名されたが,本文にほぼ変わりはない。よく知られているように,またこの読書ノートでも彼の伝記を紹介したように,内村鑑三はキリスト教の伝道者として生涯活動した人物。札幌農学校時代には水産学を志したが,地理学に関する書物は本書のみである。

しかし,農業経済学を志すなかで地理学にも大いに関心を示していた新渡戸稲造は内村と農学校の同期であるし,同じ農学校の後輩としてはやはり地理学書として書かれた『日本風景論』の志賀重昂がいる。また,この二人と関係する人物としては『人生地理学』を書いた牧口常三郎(創価学会創始者の一人)もいたりして,国粋主義が流行(?)するなかで,日本のナショナリズムと地理学というのは強く関係していたといえる。

そんななかでも,例えば福澤諭吉『世界国尽』などが地理的知識の羅列でそれを丸暗記させようという書き方であり,志賀重昂『日本風景論』が英文書の無断翻訳を一部に含むのに対し,内村の『地人論』は参照文献への忠実な言及と,読書で得た知識を自分なりに咀嚼して,また彼の本職であるキリスト教の教義に従った一貫した論理で構成された著書となっており,非常に魅力的な書である。

本書には近代地理学の創始者の一人として有名なドイツのカール・リッター(本書中の表記はリッテル)も登場する。リッターの著作はほとんど日本語になっていない(手塚 章編訳『地理学の古典』に一部あり)ので,その全貌は精確には分からないが,教科書的には「神学的目的論」を含むものだと習う。内村の地理学を読んで,まさにそんな感じがした。「摂理」や「天職」などという言葉を用い,神が造った地球上で,また神が造った人間が,その地球上で地方によって異なる自然環境に応じて,そこに住む人間が与えられた天職を全うし,歴史のなかでその役割を果たし,将来的に地球が完全形に向かうという物語が本書に描かれる。

その内容は,確かに1942年版の岩波文庫に解説を寄せた鈴木俊郎が「地政学」と呼ぶのに相応しいし,また現代の地理学的ベストセラーであるジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』のように,大陸の形状や海岸線,山脈の方向や大河の流れなどから人類を大陸別の性格に分けるという大胆な試みは人種差別の危険性すら孕む,ある意味で環境決定論でもある。

まあ,それは時代的な制約だとしても魅力的な地理学書であることは変わりない。

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春画

タイモン・スクリーチ著,高山 宏訳 1998. 『春画――片手で読む江戸の絵』講談社,285p.,1700円.

『江戸の身体を開く』や『大江戸視角革命』などの魅力的な研究書で知られる,英国人江戸研究者。どちらも英文学者高山 宏氏の翻訳で,やはり高山氏が翻訳しているバーバラ・スタフォードと似たような研究分野で魅力を感じていましたが,なかなか読む機会がなく,ようやく手にとったのは手軽な講談社メチエの1冊。

どうやら英文の原著があるわけではなく,書き下ろしを高山氏が翻訳して出版された日本語オリジナルのようです。春画というのは知っている人も多いと思いますが,江戸時代のポルノグラフィ。日本では数十年前までは陰毛が写されたヌード写真だけで議論になっていましたが,はるか数百年前には性器がモロに描かれたこうした絵画が流布していたかと思うだけで面白いです。

著者がいうように,最近はけっこう春画関係の書籍が多く出版されていたのを知っていましたが,著者はその研究内容に不満を抱いていて,それが本書執筆のきっかけのようです。それが故に本書が日本人読者を想定して書かれているようです。まずは目次から。

序 大江戸春画トピアへようこそ

第一章 春画・セクシュアリティ・美人画

第二章 分節される身体

第三章 春画の中のシンボル

第四章 窃視の政治学

第五章 性と外界

結び この絵は勝ってはいけない

著者によれば,春画に関する最近の研究では,春画というものを現代と同様に自慰の目的で利用されたポルノグラフィとして捉えたがらない傾向にあるという。また,一方では春画を当時の性行為の反映だと捉えるものもあるという。

著者はその2つの点に真っ向から対抗し,むしろ美人画すらも時によっては自慰に用いられたと主張する。実際に本書に収録された春画のいくつかは著名な画家,浮世絵作家によって描かれたものであり,浮世絵と春画の連続性すら主張されている。

もちろんポルノグラフィとしての利用のされ方は現代の日本と江戸時代とは社会生活のあり方も異なるので,本書が単なる作品分析ではなく,歴史書としての本領を発揮している部分。江戸時代ではどんな身分のものでもプライベートな空間で一人の時間を過ごすということはなかったという。その上でどのように自慰を行っていたのか,その実態までは明らかにならないものの,春画たちがそのヒントを与えてくれるという。

また,ポルノグラフィとしての春画の表現そのものから,間接的に当時の人々の性行為のあり方を洞察できるのだという。また,ポルノグラフィとしてのあり方は明らかに欧米とは異なり,男性の力が女性の身体を征服するような性関係ではないという。かといって,実際の江戸の社会が男性優位ではなかったということではなく,ポルノグラフィのあり方そのものが欧米とは異なっていたということ。場合によっては絵画表現によって現実社会のあり方を覆い隠していたともいえる。

それにしても,訳語がウィットに富んでいて,とても翻訳書とは思えない。珍しく高山氏の訳者解説も寄せられていないし,むしろ2人の合作ともいうべき作品。

手軽な本を選んだものの,こういう本を公的な場で読むのは,周りの目がきになりますな。しかし,それにしても刺激的な読書。彼の訳書はそれこそまだまだあるし,私もようやく幕末くらいには日本史への関心が出てきたので,少しずつ読んでいきたいと思う。

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パフォーマンス研究のキーワード

高橋雄一郎・鈴木 健編 2011. 『パフォーマンス研究のキーワード――批判的カルチュラル・スタディーズ入門』世界思想社,282p.,2500円.

私にとっては初めてということになりますが,論文集への執筆依頼が来て,2012年に『地理科学』に書いた,音楽ライヴに関する文章の続編を構想中です。事前に編者の序論の草稿をいただいていて,そこに「パフォーマンス」に関する議論が足りないなと思いつつ,でもジュディス・バトラーのパフォーマティヴィティ論を持ち出すのもなんだかなあ,と思って調べていたら見つけたのが本書。どうやら,最近「パフォーマンス研究」という動向があるらしい。他にもエリカ・フィッシャー=リヒテ『パフォーマンスの美学』なんて本が翻訳されていたりして,密かに日本でも紹介する人が増えているとのこと。

この「パフォーマンス研究」が演劇に関する研究から発したもので,本書の編者2人も米国に留学して学んできたという。まずは目次から。

序章 批判理論とパフォーマンス研究(鈴木 健)

第一部 パフォーマンス研究の系譜

第1章 パフォーマンス(高橋雄一郎)

第2章 文化的パフォーマンス(鈴木 健)

第3章 演劇と文化人類学(高橋雄一郎)

第4章 エスノグラフィー(鈴木 健)

第二部 現代社会とパフォーマンス研究

第5章 身体(山口順子)

第6章 ミュージアムと展示(菅 靖子)

第7章 ジェンダー(戸谷陽子)

第8章 ロール・プレイング(吉田真理子)

目次を見ても分かりますが,本書は書名に「キーワード」としていますが,辞典形式ではありません。第一部を編者が総論として執筆し,第二部を各論として寄稿者に執筆依頼しています。寄稿者は全て女性,そして米国,英国への留学経験があり,全員が日本の大学で教鞭をとっています。

本書の副題に「カルチュラル・スタディーズ」とありますが,内容的にもかなり重複している部分があります。パフォーマンス研究も領域横断的な分野であり,また演劇も文化の一部ですから。しかし,メディア研究が主流だった頃のカルチュラル・スタディーズと比べると,演劇という分野はメディアというものを媒介せず,生身の身体がその表現手段であるため,より身体論的な,そしてエスノグラフィックなものであり,本書の帯に「カルチュラル・スタディーズを超えて」なんてことを書くのも分からなくはありません。

パフォーマンス研究はやはり米国主導的で,その中心人物なるニューヨーク大学のシェクナーの下で編者の高橋氏が学び,ノースウェスタン大学のコンカーウッドの下で鈴木が学んだとのこと。

パフォーマンス研究はやはり言語行為論からバトラーのパフォーマティビティ論との関係もあり,またゴフマンのドラマトゥルギー論,そしてヴィクター・ターナーの人類学とは直接的な関わりがあるというのが系譜上での特徴のようです。また,第6章に博物館の話があるのは,ジェームス・クリフォードの人類学の辺りとの関連のようです。

ともかく,演劇史に関する知識は本書で初めて得るものが多かったわけですが,その他に関しては,これまでいろんな所で学んだことの復習的な意味合いが強かった一冊。果たして構想中の論文に活かすことができるのかどうか。

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表象と批評

加藤幹郎 2010. 『表象と批評――映画・アニメーション・漫画』岩波書店,238p.,2800円.

加藤幹郎の本は何冊目だろうか。全てを読んでいるわけではないが,せっかくなので,ここで振り返ってみよう。

『愛と偶然の修辞学』(勁草書房,1990年)

『鏡の迷路』(みすず書房,1993年)

『映画ジャンル論』(平凡社,1996年)

『映画とは何か』(みすず書房,2001年)

『『ブレードランナー』論序説』(筑摩書房,2004年)

『映画の論理』(みすず書房,2005年)

『ヒッチコック『裏窓』ミステリの映画学』(みすず書房,2005年)

『映画館と観客の文化史』(中央公論新社,2006年)

もちろん,その他にも多くの著作が出ています。最近では彼の仕事に刺激された映画学が日本でも盛り上がりをみせ,編著も多く出版されるようになっています。まあ,ともかく彼の文章に間違いはないので,残りの著作も楽しみに残しておきましょう。

さて,本書ですが,目次は以下。

序章 眩暈と落下――ヒッチコック『レベッカ』のテクスト分析

第一部 映画

第1章 歴史と物語――スペクタクル映画作家スピルバーグ

第2章 ジャンル,スタジオ,エクスプロイテイション――エドガー・G・アルマー論の余白に

第3章 ジャンルの歴史の終焉――西部の人,クリント・イーストウッド

第二部 アニメーション

第4章 風景の実在――新海誠アニメーション映画におけるクラウドスケイプ

第三部 漫画

第5章 法外なもの,不均衡なもの,否定的なもの――マニエリスト漫画作家,荒木飛呂彦

第6章 愛の時間――あるいは漫画はいかにして一般的討議を拒絶するのか

第7章 プロミネンス,瞳の爆発――楳図漫画の恐怖の受容と表象

本書を読むことを決意したのはそのタイトル。ちょっと頓挫してしまっていますが,表象に関する論文を書いていて,その文脈で本書を取り上げたかった次第。

冒頭の,私が読んだ加藤作品の一覧からも分かるように,加藤氏は映画研究の第一人者でありますが,1990年の『愛と偶然の修辞学』でも既に傑出した漫画論を展開していた著者ですから,本書の第三部も読み応えあります。

そして,何よりも風景・景観論文を昨年出したばかりの私にとって魅力的なのは第二部。新海誠のアニメーション作品を風景論として読み解くという第4章です。新海誠の作品は私も好きで,特に2010年に出た本書では取り上げられなかった最新作『言の葉の庭』です。やはり具体的な場所の風景が精密に描かれる彼の作品は地理学者としてはとても魅力的で,加藤氏はまさにそういう観点から論じているのはやられたという感じ。そして私の論文で本書を取り上げられなかったのは大きな落ち度です。

ということで,私が特筆することもない素晴らしい本でした。

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北海道と明治維新

田中 彰 2000. 『北海道と明治維新――辺境からの視座』北海道大学図書刊行会,234p.,2500円.

こちらも講義資料作成のために購入したもの。幕末から明治維新にかけての歴史書は多いが,Amazonや新刊書店で探すには限界がある。ということで,思い立ったのが大学図書館。私が非常勤でいっている東京経済大学はけっして歴史に強い大学ではありませんが,けっこうアイヌ関係などありました。本書と同じく北海道大学から刊行されている書籍が多いので,あまり部数が出回っていないんですかね。

本書も同図書館で見つけた一冊でしたが,運良くAmazonでも購入することができたので,購入した次第。でも,書き込みのあったレビューでの評価はあまり良くなく,ちょっとためらいましたが,この種の本で札幌農学校に触れているものは少ないので,とりあえず読んでみました。

Ⅰ 明治維新と北海道

1 維新変革と北海道

2 札幌農学校と米欧文化

Ⅱ 明治維新の光と影

1 ”蝦夷共和国”の虚実

2 長野桂二郎――忘れられた”トミー”

Ⅲ 身辺から歴史を見る

1 団地のなかの屯田兵村

2 地方史(地域史)と文書館

Ⅳ ”北”と”南”の明治維新――まとめにかえて

〈史料紹介〉蝦夷事情風日誌

明治維新の研究をしている歴史家ということでしたが,日本の近代化における沖縄と北海道という辺境の存在が常に気になっていたとのこと。そして,北海道大学に長らく勤めていたということで,執筆してきた北海道関連の文章をまとめたもの。

本書自体は2000年の刊行ですが,本書に収録された文章が執筆されたのは1980年代から1990年代ということで,北海道と沖縄の存在から日本の近代化を考えるという視角も多少古くさくは感じます。

ただ,いかんせん歴史の知識がない私にとってはそれなりに役立った。特に,現時点の風景から屯田兵について探っていくという第Ⅲ部の1は面白かった。札幌農学校についてはもっと踏み込んだ内容を知りたかったかな。

巻末の〈史料紹介〉は著者が海外の大学にも在籍したことがあるということで,米国から出てきた史料とのこと。私のような読者には利用できません。

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内村鑑三 人と思想25

関根正雄編 1967. 『内村鑑三 人と思想25』清水書院,211p.,1,000円.


鈴木範久さんの岩波書店版内村鑑三伝記に続いて2冊目。内村鑑三関連の書籍は数多く出版されているようだが,Amazonで検索してもさほど多くは出てこない。ましてや,新刊で手に入るものはわずかで,本書は今年再販されたので,入手しやすい。

編著者は私が持っている岩波文庫版の『旧約聖書 創世記』の訳者ということで,聖書研究者のようです。そういう意味では,聖書研究の先駆者としての内村鑑三に関心があるのは当然か。本書は編著者と関わりのある若い研究者に依頼して集めた原稿から構成されているとのこと。目次は以下の通り。

序に代えて――内村の意義

Ⅰ 若き内村

準備時代――誕生から札幌農学校卒業まで

魂の戦い――農学校卒業から渡米,帰国まで

Ⅱ 権力に抗して

教育者としての活動――不敬事件を中心に

社会活動の時代――平和と戦争

Ⅲ 天与の使命

「聖書之研究」と共同体の形成――教友会から兄弟団まで

信仰の展開と伝道者としての活動――聖書講義をめぐって

Ⅳ 人物・その周辺

内村の横顔(プロフィール)――エピソードによる

内村と文学者たち――有島武郎・小山内薫・正宗白鳥等

Ⅴ エピローグ――晩年と死

基本的に年代順に書かれているが,目次通り内村の活動を種別に分けて書かれているので,私の講義で内村鑑三の人生について話をする時に,本書の方がまとめるのに有用でした。それにしても,内村鑑三,壮絶な人生でしたね。

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娘が産まれました

出産からすでに1ヶ月が経とうとしています。なかなかblogを書く余裕もなく,報告が遅れました。

予定日は111日。その週末は3連休だったので,そこで産まれて,1週間をお休みする予定で会社の仕事をこなしていたものの,予定日に予約していた妊婦検診でもその兆候がなく,1日過ぎ,2日過ぎ。

わくわくの緊張感も長く続くと疲れてきます。そもそもせっかちな妻はかなり焦ってくる(その間に予定日が1週間遅かったご近所さんが先に産んでしまったり)。とにかく,歩くのがいいといわれ,毎日のように歩き続けたがなかなか陣痛は来ず。助産師さんに相談し,最終手段を使うことになり,効果てきめん,7日の金曜日,夕方から陣痛がきて,7時間あまりの奮闘で,3444gの女の子が産まれてきました。

大きく産まれてきたということと,女の子ということもあって,現在完全母乳育児中。ということで,あまり私の出番はなく,むしろ長男の相手をするのが私の役目的な毎日です。

10月13日(月,祝)

新宿K's Cinema 『幻肢

K's Cinemaで台湾映画を観た際,谷村美月ちゃんが久し振りに準主役で出る映画ということで,迷わず前売り券を購入したものの,予告編を観ると,なんと美月ちゃんは事故で亡くなった主人公の恋人役とのこと。出演時間がどのくらいなのか,気になります。原作は島田荘司ということで,有名どころですが,主人公を演じる吉木 遼男性俳優も観たことがないし,ひょっとして美月ちゃんが人寄せパンダ的な感じでちょっとしか出なかったり。

「幻肢」などという言葉は聴いたことがありませんでしたが,どうやら医学用語で,戦時中などで突然手足を失った人が,その現実を受け止められずに,脳のなかで幻の手足を出現させるとのこと。たまたまその後読んだ2冊の本で出てきてビックリ。主人公は医学部の学生で,幻肢の研究をしている佐野史郎演じる教授の学生ということで,幻肢の原理を使って幽霊現象を解明することに興味を抱いている。

まあ,そんな感じで自らの交通事故で失ってしまった恋人を,幻肢として甦らせるというなかなか奇想天外で面白い物語。しかも,小説のなかでは容易な妄想を,実写化するというのだから,作りはB級映画っぽいけど,こういう映画製作の試みは大歓迎です。結果的に美月ちゃんの出番も思ったよりも多く,また結末もいい感じでした。観て良かった作品。

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