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春画

タイモン・スクリーチ著,高山 宏訳 1998. 『春画――片手で読む江戸の絵』講談社,285p.,1700円.

『江戸の身体を開く』や『大江戸視角革命』などの魅力的な研究書で知られる,英国人江戸研究者。どちらも英文学者高山 宏氏の翻訳で,やはり高山氏が翻訳しているバーバラ・スタフォードと似たような研究分野で魅力を感じていましたが,なかなか読む機会がなく,ようやく手にとったのは手軽な講談社メチエの1冊。

どうやら英文の原著があるわけではなく,書き下ろしを高山氏が翻訳して出版された日本語オリジナルのようです。春画というのは知っている人も多いと思いますが,江戸時代のポルノグラフィ。日本では数十年前までは陰毛が写されたヌード写真だけで議論になっていましたが,はるか数百年前には性器がモロに描かれたこうした絵画が流布していたかと思うだけで面白いです。

著者がいうように,最近はけっこう春画関係の書籍が多く出版されていたのを知っていましたが,著者はその研究内容に不満を抱いていて,それが本書執筆のきっかけのようです。それが故に本書が日本人読者を想定して書かれているようです。まずは目次から。

序 大江戸春画トピアへようこそ

第一章 春画・セクシュアリティ・美人画

第二章 分節される身体

第三章 春画の中のシンボル

第四章 窃視の政治学

第五章 性と外界

結び この絵は勝ってはいけない

著者によれば,春画に関する最近の研究では,春画というものを現代と同様に自慰の目的で利用されたポルノグラフィとして捉えたがらない傾向にあるという。また,一方では春画を当時の性行為の反映だと捉えるものもあるという。

著者はその2つの点に真っ向から対抗し,むしろ美人画すらも時によっては自慰に用いられたと主張する。実際に本書に収録された春画のいくつかは著名な画家,浮世絵作家によって描かれたものであり,浮世絵と春画の連続性すら主張されている。

もちろんポルノグラフィとしての利用のされ方は現代の日本と江戸時代とは社会生活のあり方も異なるので,本書が単なる作品分析ではなく,歴史書としての本領を発揮している部分。江戸時代ではどんな身分のものでもプライベートな空間で一人の時間を過ごすということはなかったという。その上でどのように自慰を行っていたのか,その実態までは明らかにならないものの,春画たちがそのヒントを与えてくれるという。

また,ポルノグラフィとしての春画の表現そのものから,間接的に当時の人々の性行為のあり方を洞察できるのだという。また,ポルノグラフィとしてのあり方は明らかに欧米とは異なり,男性の力が女性の身体を征服するような性関係ではないという。かといって,実際の江戸の社会が男性優位ではなかったということではなく,ポルノグラフィのあり方そのものが欧米とは異なっていたということ。場合によっては絵画表現によって現実社会のあり方を覆い隠していたともいえる。

それにしても,訳語がウィットに富んでいて,とても翻訳書とは思えない。珍しく高山氏の訳者解説も寄せられていないし,むしろ2人の合作ともいうべき作品。

手軽な本を選んだものの,こういう本を公的な場で読むのは,周りの目がきになりますな。しかし,それにしても刺激的な読書。彼の訳書はそれこそまだまだあるし,私もようやく幕末くらいには日本史への関心が出てきたので,少しずつ読んでいきたいと思う。

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