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記念碑の語るアメリカ

ケネス・E・フット著,和田光弘他訳 2002. 『記念碑の語るアメリカ――暴力と追悼の風景』名古屋大学出版会,313p.,4800円.

本書は,大平晃久さんの論文か学会報告要旨かで引用されていることで知ったもの。私の知らない米国の地理学者の研究書が,日本の地理学者ではない人によって訳されていたという事実にちょっと驚き,チェックしていた。そのうち,古書で安く売られていたので購入し,読んだ次第。

本書は米国ではJ. B. ジャクソン賞を受賞したという。ジャクソンは一応地理学者ではあるが,米国的な独自の景観論者としてはまずは目次から。

第1章 暴力と悲劇の景観

第2章 英雄と殉教者の崇敬

第3章 共同体とカタルシス

第4章 英雄的な教訓

第5章 無垢な場所

第6章 恥辱の痕跡

第7章 記憶と伝統の景観形成

第8章 ナショナル・アイデンティティの刻印

第9章 見えない暗い過去

私は自らの地理学研究のキーワードに場所と景観を掲げているが,意外にも本書はまさに場所と景観の両方に関わる見事な研究だといえる。アカデミックな議論の深さという点では多少の物足りなさを感じるが,かといってそうした議論が全く欠けているわけではなく,本書に登場する豊富な事例からでも議論できるテーマとその深さを慎重に判断し,論理の飛躍や根拠のない議論は展開されていない。

まさに学会賞的なものを受賞するのに相応しい研究書。原著の副題が第1章のタイトルになっている。本書で論じられるのは,戦争や災害,殺人事件など,人命を失うという社会における負の側面を,社会がどう受け止めるかという問題。ここまでは社会学的なテーマとして論じられるべき問題だが,社会は単に集合意識的な受け止め方だけではなく,それを大地に刻み込むことによって多くの人に訴えかけ,また世代を超えて語り継ぐことになる。まさに,特定の場所に特定の建造物を立て,一つの景観をつくり出すのだ。それを訳書では「記念碑」という非常にポピュラーな単語で代表させ,そして本書の事例がアメリカ合衆国であるということを示している。原著の副題にも「アメリカの景観」とあるように,本書はそうした事例を積み重ねて,それがいかにもアメリカ社会のやり方だと控えめに主張している。

もちろん,記念碑といってもそう簡単にできるわけでもない。そもそも,悲しい出来事に対して記念碑を建てて追悼するという行為自体が,米国の歴史のなかで培われていったものだという。はじめの方にリンカーンの話があるが,リンカーンを偉大なる大統領と国民が認めていくまでに長い時間がかかり,その歴史的解釈の変遷と平行して彼を讃える表現をどうするのか,記念碑をどこにどのように作るかという議論と計画があったという。

リンカーンのような事例が目次にある「英雄」の事例である。「共同体」とあるのは災害や連続殺人のような事例で,コミュニティのなかの多くの成員を一度の悲劇で失った時の共同体の追悼の仕方を論じている。しかし,それは必ずしも記念碑のような形で,その場の痕跡を記憶としてとどめるようになるとは限らない。場合によっては,その悲しい出来事を隠蔽することで,その気持ちを押さえ込もうとすることもある。

本書は一応,数多くの事例を一定の類型にあてはめようとはしているが,それを最終目的としているわけではなく,個々の事例の複雑さを捨象しないようにつとめている。そういう意味でも,非常に謙虚で堅実な研究書である。

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