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生きる喜び

倉戸直美監修,倉戸幸枝編著 2010. 『生きる喜び――誕生から小学校入学までの様子』聖公会出版,152p.,2000円.

著者の一人は神戸山手大学に勤める地理学者である橘セツさん。英国での留学経験があり,英国の風景式庭園の研究をしている。英国の英文学会誌にも論文を掲載している実力の持ち主だが,なぜか日本では所属する大学の紀要に継続的に論文を書いている。ということで,たまに大学レポジトリで彼女の論文をダウンロードして読んでいるわけだが,ふと彼女の名前で検索した時に,発達言語学の分野での論文を発見した。同姓同名かとも思ったが,共著者が同じ橘であったりすることから,地理学とは別にご主人との共同研究をしているのだと推測していた。

ある日,橘さんと同じ研究会でご一緒する機会があり,そのことを尋ねてみると,どうやらそうらしいことが分かり,本書を送っていただいた。本書の監修者と編著者も倉戸で同じだが,こちらは橘さんのご両親だとのこと。どちらも心理学の研究社で,ご主人の橘 弘文さんは民族学の研究者。大学に勤める音楽家のご親戚まで執筆者に名を連ねています。研究者一家ですね。

さて,本書は副題にあるように,1人の新生児を継続的な調査対象者とした研究である。そして,その新生児とは監修者・編著者の孫であり,執筆者のご子息である。「はじめに」に監修者が書いているように,これまで発表された7本の論文を基にしているが,それは特定の分野の学会誌ではなく,監修者の所属する大学の紀要に掲載されたものであり,監修者自身の専門は「発達心理学」とされるが,特段専門分野を限定していない。内容的には言語の問題や幼児の文字および絵画表現に特化したものである。

単行本化にあたっては,一般の読者を意識して,学術的な用語については簡単な注釈やコラムのような形で綴られ,全般的には学問的観点からの子育て日記といったところだろうか。以下のような構成になっている。

1章 乳児期の人間関係の構築――誕生から6か月

2章 乳児期の言葉の発達と人間関係――声の分析・誕生から3か月

3章 乳幼児期のjargonと人間関係――2歳までの言葉の獲得のみちすじ

4章 3歳児の人間関係と環境要因による言葉の発達――家庭・保育園の影響

5章 幼児の認知構造の獲得

6章 幼児はどのように生きる喜びを獲得するのだろうか

7章 幼児の発達と育児方針

この研究では,生後数ヶ月の頃はビデオ撮影と声の録音を行っている。さらには父母の観察記録や,保育園に入ってからは園との連絡帳もデータとして使用している。言葉を発するようになってからの記録もすごい。私も親であるが,ここまでの観察に時間と労力を割くのは容易ではない。

学術的な目的で本書を読むと,少し物足りなさは感じる。ただ,研究に用いた多くのデータは掲載されているので,読者が独自の考察をすることはできる。また,本書を育児日記とみなして育児に関する何らかの指針を求めても,得られるものは少ない。本書はあくまでも子どもの観察である。

それはそれとして,本書は研究対象であるこの男の子の個性でも十分に楽しめる内容でもある。言葉の発達は非常に早い。しかも,字の読み書きについては驚くほどだ。わが子は4歳半にしてまだ自信を持ってかける平仮名は一つもないが,本書の麦君は3歳の時にすでに漢字すら書いています。さらに,電車やバスに対する執着。私の息子も電車や車は好きですが,ここまでの執着心はみられません。麦君は保育園への通園を毎日電車かバスで行っていることもありますが,単なる好きを越えています。電車やバスの正面図を300枚も描き,バスの運転手に行き先を聞き,電車の時刻表を集め,自ら再現しという行為を就学前にかなり蓄積させているという。

本書では,麦君の母親である橘セツさんについて知ることもあった。彼女は英国で研究をしているが,英国への憧れは幼い頃からあったようで,その憧れを実現させている。また,息子さんもたびたび海外出張に連れ出していているという。わが息子はまだ新幹線にすら乗ったことがありません。

ともかく,いろんな面で楽しめる読書体験でした。

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