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ニッポンの思想

佐々木 敦 2009. 『ニッポンの思想』講談社,349p.,800円.

私が投稿した論文が返却されてきていろんな要求があるなか,それの対応としてふと思いついて購入した本。著者の佐々木 敦氏は音楽批評家で以前から名前は知っていたし,講談社現代新書として出版された本書のことも知っていた。

そんなことで,初めて佐々木 敦氏の著作を読んだわけだが,期待した以上の得るものがあった読書だった。

プロローグ 「ゼロ年代の思想」の風景

第一章 「ニューアカ」とは何だったのか?

第二章 浅田彰と中沢新一――「差異化」の果て

第三章 蓮實重彦と柄谷行人――「テクスト」と「作品」

第四章 「ポストモダン」という「問題」

第五章 「九○年代」の三人――福田和也,大塚英志,宮台真司

第六章 ニッポンという「悪い場所」

第七章 東浩紀の登場

第八章 「動物化」する「ゼロ年代」

講談社現代新書の帯は表紙の7割ほどを占める大きなものだが,その真ん中に大きく「この一冊で,思想と批評がわかる入門書」と書いてある。それはある意味正しくてある意味では間違っている。著者は本書で自分は思想の当事者ではなく,あくまで読者にすぎないというし,本書で検討されている作品群についても,場合によっては自分にはこれ以上理解できないと正直に書いている。本書は思想そのものを論じるものではなく,あくまでもそういう思想書が社会のなかでどのように生まれ,また受容されていったのかという,特定の時代に生まれた作品を出来事として捉えている。

私は正直,本書で取り上げられる作品をほとんど読んでいない。地理学者のなかでは思想系にはまっている部類に入る私だが,翻訳ではあるがなるべく原著を読むようにしている。浅田彰と中沢新一は雑誌『現代思想』に掲載された論文を1,2本読んだだけ,蓮實重彦と柄谷行人に至っては全く読んだことはない。九○年代の重要人物として挙げられている福田和也は名前すら知らなかったし,宮台真司も翻訳のスペンサー=ブラウン『形式の法則』と雑誌論文をいくつか。むしろ,『形式の法則』を共訳している大澤真幸はけっこう読んだ。クリプキやジジェクについては彼の影響で読み始めたといってよい。本書で出てくる主要な本として読んだことがあるのは東浩紀『存在論的,郵便的』のみだ。

私は本書を通して,本書で出てくる思想家の思想を知ることを目的としていないし,さらに進んで本書に登場する作品を読む気もない。知りたかったのは,彼らの作品が出版界を通して社会でどのような役割を果たし,どのように受け止められてきたのか,ということである。もちろん,それをきちんと調べるのは大変な作業だが,本書ではそれを可能な限り明らかにしている。

浅田彰の『構造の力』が本人が驚くほど売れ,出版界がそれらに飛びついて「ニューアカデミズム」という流行をつくり出したこと。ニュー「アカデミズム」とは名付けられたが,学術界ではむしろ冷ややかな目でみられたこと(浅田彰と中沢新一の大学就職事情にまで言及している)。表面上はお互いが批判し合っているけど,内実はそんなに変わらないこと。そして,これは私の印象にすぎなかったが,当初は積極的にフランス等の思想を取り込むことで自説を組み立てていたように,外向きの力が働いていたが,それが徐々に内向きの力を持つようになり,日本国内で充足する思想になっていくということ。そんなことを明らかにしています。

ただやっぱり気になるのは,あくまでも読者の視点で,冷めた目で本書が書かれているとはいえ,そういうものを読んでこなかった私とは違って,著者は好んで読んできたとう違いがある。そのせいか,あるいは新書であるが故の分かりやすさを重視したためか,八〇年代から始まって,九〇年代,そしてゼロ年代と,そういうように時代区分を明確に論じるのは,まさに内向きになったゼロ年代の研究者と同じやり方である。時折厳しい論調で書いてはいるが,あくまで批評であって,批判ではない。

まあ,それはともかく佐々木氏の本業の著書も読まなくてはと思った次第。

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