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2015年12月

恋人たち

2015125日(土)

新宿テアトル 『恋人たち

前の週に映画館まで行ったら,観ようと思っていた回にイベントが予定されていて,すでに指定席は完売していて諦めた。今週こそはと新宿に出かける。幸い,前の週は前売り券もチケット屋で完売していたのだが,「近日入荷予定」という言葉に期待を込めていったら購入できた。公開されてから前売り券を増刷するってあまりないのではないだろうか。

で,劇場に到着すると,なんとこの日もイベントあり。しかも,橋口監督とリリー・フランキーが登壇するという。当然,指定席は完売。これ以上先延ばしにできないので,本当に何十年かぶりの立ち見となりました。まあ,結果的にはトークショーも面白かったので,よしとしますが,個人的にはイベントをやれば人が集まるのは当然なので,平日にやって欲しいと思う。イベントに参加したい人はなんとしてでも行くだろうし,私みたいな純粋な映画ファンは普通に座って作品を観たいだけなのだ。立ち見と行っても通路に座ったりして観られるとタカをくくっていたら,本当に座席の後ろだけしか許されなかった。40歳台には辛いです。

ただ,本作に関しては立ち見でも十分におつりのくる内容でした。橋口監督作品を私が初めて観たのは『ぐるりのこと。』だったが,その後再映で『ハッシュ!』を観た。正直『ぐるりのこと。』は心底気に入った映画にはならなかったが,『ハッシュ!』は素晴らしく,今後この監督の作品を見逃してはならないと決めたのだ。もちろん,本作の前の短編『ゼンタイ』も観ました。今回,この『ゼンタイ』とほぼ同じキャストで,ワークショップ形式で数年間の活動の集大成として『恋人たち』があるということらしい。

『恋人たち』については特段私がなにか書く必要は感じない。とにかく観るべき作品。本当にこの作品が生まれた時代を同時に生きたことに感謝したいと思える作品。しかし,同時にこの作品が描くこの時代はとてつもなく歪んだ世界であり,本作はそれでも生き続ける人間と,その人間にもわずかに残っている良心とを信じたいという気持ちがにじみ出ている。

トークショーでは,あのリリーさんがもちろんくだらない話で笑わせるものの,終止橋口監督を褒め讃える。監督の話で印象的だったのは,橋口組の大道具・小道具さんの話で,登場人物が暮らしている部屋のセットがまさに人が暮らしている雰囲気(リリーさんは「他人の家の臭いがする」と表現していました)がリアルで,しかも画面には映るはずもない押入にもきちんと生活の用具が入っているということだそうです。出演俳優も,裏方さんも橋口監督の理想を一緒に追い求めているのでしょう。映画自体のメッセージだけでなく,映画の形式というか画面一つ一つにすした製作者側の意識が写し込まれた作品だといえるでしょう。

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自然と文化

バーバラ・ノヴァック著、黒沢眞里子訳 2000. 『自然と文化――アメリカの風景と絵画1825-1875』玉川大学出版部、350p.4800円.

私は2013年に『地理学評論』に風景芸術に関する論文を書いた。私のような大学に属していない研究者は、文献を無制限に利用できない。論文に関しては、最近ウェブ化が進んで助かっているが、著書に関してはそうはいかない。ある程度は非常勤先の大学図書館や市立図書館などでもまかなえるが、きちんと読んで論文に反映させるとなると、やはり自費で購入するしかない。本書は以前から存在を知っていながらも、中古でも安く出ていないため、上記論文に反映するのを断念した。

編集の過程で、査読者が本書の存在を指摘したのであれば、読まなくてはならないが、まあそこまでの査読者に当らずに済んだ。で、読み終えると2010年に『人文地理』書いた論文でも本書を引用すべきであったと大きく反省。

今回、Amazonのマーケットプレイスで比較的安価で出ていたものを購入。届くと表紙はなく、「創造学園大学図書館」のシールが貼ってある。どうやらこの大学は2013年に廃校になったらしく、蔵書が市場に出回ったということらしい。とりあえず目次。

第一部

 序章――ナショナリストの庭と聖書

 グランド・オペラと神の声

 音と沈黙――崇高の概念の変遷

第二部

 地質学的年表――岩石

 気象学的ビジョン――

 有機的な前景――植物

第三部

 原始のビジョン――探検

 人間の痕跡――斧、汽車、人物

第四部

 アルカディア再訪――イタリアのアメリカ人

 アメリカとヨーロッパ――その影響と類似性

上述した2013年の論文で、できうる限りの風景画研究(主に邦文)を探したが、アメリカに関するものは非常に少ない。そういう意味でも本書はカバーしておくべきだった。読んでみると、上記2010年の論文で大いに活用したコスグローヴの著作の中でも本書の影響は大きいものと感じられる。

訳者あとがきによると、本書はアメリカの芸術研究のなかで、パノフスキー流のイコノロジー分析を始めて適用したものということらしい。目次自体はちょっと分かりづらく,魅力的なものではないが,読み終えてみると章構成も非常に効果的で刺激的な読書体験でした。

風景研究としてはサイモン・シャーマ『風景と記憶』にも迫る重要な研究。そして,アメリカに限定しているところは地理学者にとっても必読書といえる。ただ,原著は分からないが,翻訳書は図版が巻末にかなりお粗末に印刷されているのが残念。本文では細部についても分析されているような風景画が1ページに6つも7つも縮小されて印刷されているのだから。

しかし,それは日本の出版事情から仕方がないものとしましょう。この訳者もなかなか面白い研究をしているようなので,チェックしてみることにしましょう。

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南と北

ブラント委員会報告,森 治樹監訳 1980. 『南と北――生存のための戦略』日本経済新聞社,374p.,2500円.

ウォーラーステイン『ポスト・アメリカ』に登場するブラント報告,改めて調べると日本語訳が出ているということで,読むことにした。ブラント報告とは,先進諸国と低開発国との経済格差を是正するための方策を探るために組織されたブラント委員会によって,1980年に出された報告書である。日本語も同じ年に出ているというのは驚きではあるが,その書物の性質から考えると当然か。監訳者は委員会のメンバーである。この組織は世界銀行の総裁による発案らしいが,基本的には各国家の威信と関わりを持たず,またいずれからも指示を受けない独立団体として設立されたもの。ブラントというのはヴィリー・ブラント(1913-1993)のことで,ドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)元首相(1969-1974),社会民主党党首,1971年ノーベル平和賞受賞という経歴を持つ人物。

この委員会はそういう性質から,委員会メンバーとして,アジア4人(インド,マレーシア,インドネシア,日本),中東1人(クウェート),アフリカ4人(オートボルタ,タンザニア,ガイアナ,アルジェリア),北米3人(米国,カナダ),中南米(コロンビア,チリ),ヨーロッパ6人(英国,スウェーデン,フランス,オランダ,ユーゴスラビア)という構成となっている。ただし,ソ連と中国は含まれていない。その目的は「 国際社会における経済的社会的不平等から生じている重大な世界的諸問題を検討」するものであり,「 開発問題および絶対的貧困の克服に関する諸問題の適切な解決を促進する方策を提案」するという。1977年から10回に及ぶ会合を世界各地で開催し,それにあわせて世界各地を訪問し,各国首脳や国際組織との会合をもったりしている。

どんな項目が議論されているのか,目次をみてみよう。

序章 変革への訴え――平和,公正そしてわれわれの責務

第一章 北と南――問題の背景

第二章 開発の諸側面

第三章 相互利益

第四章 最貧困国

第五章 飢餓と食糧

第六章 人口――増加,移動そして環境

第七章 軍縮と開発

第八章 「南」にとっての課題

第九章 一次産品貿易と開発

第十章 エネルギー

第十一章 工業化と世界貿易

第十二章 多国籍企業・投資・技術

第十三章 世界通貨秩序

第十四章 開発金融――充足さるべきニーズ

第十五章 開発金融の新たなアプローチ

第十六章 国際機構と国際干渉――概観

第十七章 最優先行動分野

ウォーラーステインはこの報告書をかなり批判しているが,私個人としてはかなり広範囲にめくばりがなされていて,なかなかよくできた報告書だと思う。まず,この報告書では,開発を「機構や制度ではなく人に焦点を当てる。外国モデルを無批判に受け入れることを拒絶することは非植民地化の第2段階」だと考え,「開発とは経済的向上という観念のみならず人間の尊厳,安全,正義そして公平の増進という観念も有している」という。まあ,かなり理想主義的だとは思うが,本書はあくまでも提言なので,理想は持ってしかるべきだと思う。

本書では特に最貧困国の救済を第一に考えている。最貧困国の状況が改善されれば,先進諸国にとっても利益があるという考え方から,先進諸国は出し惜しみせずに第三世界に援助をしろという論調になっている。まあ,今日私たちが抱く途上国援助に関する考え方のベースが本書にあるといってよい。あるいは,そういう考え方が1980年前後に出来上がって,本書がそれを象徴しているというべきか。

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海賊の経済学

ピーター・T・リーソン著,山形浩生訳 2011. 『海賊の経済学――見えざるフックの秘密』NTT出版,318p.,2052円.

マクロな視点で世界史について学ぶなかで、海賊という存在が少し前から気になっていた。というのも、以前なら一般書の類で取り上げられていた話題が、真面目な学術本のテーマとして書店に並んでいるのを見ていたからだ。

今回、思い切ってそんななかから一冊を選んで読むことにした。決め手は訳者の存在だった。山形さんの訳書をきちんと読んだことはないが、最近でもトマ・ピケティの『21世紀の資本』を原著フランス語からではなく、話題性による緊急性から、山形さんが英訳から日本語訳していたりする。まあ、社会的には信頼のおける翻訳者だといえるからだ。

読み終わると、目次は非常に単純明快。ともかく、不可解だと思われている無法者の海賊たちの性質を、経済学という切り口ですっきり理解するというのが本書の目的。各章のタイトルにもその軽さが伝わるが、なんでも著者は需要供給曲線の刺青を17歳の時に右手に入れるという、ある意味イカレタ経済学者であるらしい。そんな軽い文章の翻訳を訳者も楽しんでいるようだ。

1章 見えざるフック

2章 黒ヒゲに清き一票を――海賊民主制の経済学

3章 アナーキー――海賊の掟の経済学

4章 髑髏と骨のぶっちがい――海賊旗の経済学

5章 船板を歩け――海賊拷問の経済学

6章 仲間になるか、それとも死ぬか?――海賊リクルートの経済学

7章 獲物が同じなら払いも同じ――海賊は平等主義者?

8章 海賊に教わるマネジメントの秘訣

エピローグ 経済学の普遍性

後記 海賊は永遠に不滅です――海賊の没落と再興

情報の出所 本書のみつけたお宝のありか

読後の感想は、ちょっと「?」。まあ、楽しい読書体験ではあったが、期待していたものはあまり得られなかった。私の疑問は訳者のあとがきにも丁寧に書かれているが、まずもって著者のいう経済学は近代経済学。社会は利潤最大化の合理的行動によってうまくいくということを信じていて(なんといっても、経済学は普遍性の追求だから!)、第1章の「見えざる」というのはアダム・スミスの「見えざる手」からきている。

海賊の活躍した年代は明確に示されているが、彼らの行動範囲については断片的な情報しかない。18世紀前半がそのピークというが、その世界史的位置づけ、重商主義や資本主義との関係性についてもあまり議論はされない。まあ、普遍的に通用する経済学による解釈だから、世界における場所の問題はあまり重要ではないのかもしれない。

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観光空間の生産と地理的想像力

神田孝治 2012. 『観光空間の生産と地理的想像力』ナカニシヤ出版,240p.,2600円.

先日,人文地理学会の学術大会に久し振りに出席した。今回は研究部会アワーというところでの発表を依頼されていたからだが,そのこともあって,翌日の一般発表の座長をお願いされていた。担当する発表の1つに本書の著者である神田君の報告があった。彼は現在の今回彼の報告の座長をするということで,大阪まで持参して新幹線で読んだ次第。

序章

第1章 近代期における南紀白浜温泉の形成過程と他所イメージ

第2章 戦前期における和歌山市の観光都市化と郷土へのまなざし

第3章 日本統治期台湾における国立公園の風景地選定と心象地理

第4章 熊野の観光地化の過程とイメージの変容

第5章 沖縄イメージの変容と観光空間の生産

第6章 与論島観光におけるイメージの変容と現地の反応

序章は本書を貫く理論的立場の表明であり,2001年の文章が元になっている。この文章が掲載された小冊子も当時いただいて読んでいるのだが,分量の関係か,序章は随分あっさりな印象を受けた。ルフェーヴル『空間の生産』の翻訳は2000年に出ているが,それをいち早く取り込みながら論を展開していた。序章ではその後の英語圏地理学の動向である「物質性,感情,生きられた経験」についても言及しているが,本書の内容にどう活かされているかは疑問。

各章の歴史研究としての完成度は高く,関連する資料にくまなくあたって論を組み立てている。目次でも分かるように,著者は当初からカルチュラル・スタディーズなどに関心を持っていて,表象分析や言説分析といえるような研究関心があった。そこにルフェーヴルの空間の図式,空間の表象,表象の空間,空間的実践が加わり,実際の観光地化の過程を表象の対立軸として設定するようになっているように思われる。しかし,彼の研究が特に近代期を中心とする歴史研究である以上,実際の観光地化の過程(観光地化と観光空間の生産とは理論上区別されているのか?)を知る手段も書かれた史料に依っている。私からいわせれば,表象概念とは現実概念との二元論で捉えられるべきものではなく,二元論を越えるべき概念だと思う。なので,著者の研究はあくまで表象分析であり,ここに「物質性」の議論などを加えるのはもう少しきちんとした論理が必要だと思う。

また,著者は「イメージ」という言葉を使い,そのことを私は何度か批判してきたが,どうやら彼の概念はロブ・シールズという地理学者にとっては有名な社会学者の著作に依拠して使っているようだ。なので,原著での用法をきちんと確かめる必要がありそうです。

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