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geographies of writing

Nedra Reynolds 2004. Geographies of writing: inhabiting places and encountering difference. Southern Illinois University Press: Carbondale, 207p.

私の修士論文は写真家,田沼武能に関するものだったが,1997年の『人文地理』でその中核なる論文を発表してから,2001年の『地理学評論』,2010年の『人文地理』と続いている。2010年のものからは,修士論文のエッセンスを活かして加筆して論文しているわけだが,同様に今後2本ほど論文化してから書籍化できればと思っている。

その一つのネタを根拠づける文献を探しているうちに出会ったのが本書。Amazonで目次が見られて,非常に興味を持った。実際の内容は,私が期待していたものとは少し違ったが,ともかく日本ではあまりなされていない言語学の一分野の研究者がこれほどまでに地理学の文献を読み込んでいるということに驚いた本だった。

目次は地理学者にとって非常に興味深いものだが,内容は目次から地理学者が期待するような議論が深く展開されているわけではない。

序章

1 隠喩と物質性の間

2 景観の解読と街路歩行:地理学と視覚

3 地図と日常:いつもの歩く道と競合する場所

4 街路調査:地理的に差異を見る

5 住まうことから学ぶこと:空間と言説に居住する

私にとっての英文書読書の常だが,この本もいつから読み出したのだろうか,最初の方はそれなりに集中して読む時間もあったが,後半は毎日の歯磨きの時間に2ページずつ読み進むと行った次第で,半年以上かかってしまったので,前半は記憶が定かでありません。

そもそも,著者の専門とする分野がなんなのかがいまいち分からない。rhetoricというのは古い学問ですから,修辞学で問題ありませんが,書名にもあるwritingはデリダの『エクリチュールと差異』が英訳で「writing and difference」として知られていから,writing=エクリチュールと思ってしまうが,どうやらそれほど深い哲学的含意があるわけではないようだ。もう一つ,本書のなかでよく出てくるのがcomposition。日本語では作曲を意味することが多いが,少なくとも著者の専門は言語学の一分野であり,また高等教育に関することも出てくるので,どうやらwritingとあわせて,作文というような意味合いの分野であるらしい。

日本の大学における言語学教育については何も知らないが,少なくとも「作文」というとせいぜい中学生までのものであるような印象で,高校では小論文のようなものにあたるのだろうか。しかし,考えてみれば自国語で高度な文章,例えば学術論文や小説のようなものを書く訓練が大学でなされても不思議ではない。

まあ,それはともかく,本書には物質性,歩行,景観,視覚,場所,地図,言説など私の研究のキーワードとなるような言葉が満ちあふれている。著者のネドラ・レイノルズは米国のロード・アイランド大学に当時務めていたということだが,いわゆる在外研究ということだと思うが,英国のリーズ大学にいたということだ。リーズ大学は地理学教室もあり,私の博士論文の英文を見てもらったのは,そこの研究者だった。で,著者はなんとその地理学教室にお世話になり,学生の演習を通じて,そのフィールドワーク的演習から,かれらがどのようにその場所との関わりを自らの知識,感情,態度に組み込んでいくのかという調査を行っている。その結果は3章以降で展開される。

1章における「物質性」とは要するにこういうことだ。文章を書くという行為は極めて精神的なものだが,その精神状態というのは個人のなかで,精神的な活動によってのみ形成されるわけではない。すなわち,日常的にわたしたちは地理空間を移動してそうした物質的な経験が精神を形成する。まあ,簡単にいえば,地理学者のような人間は訓練を受けたフィールドワークを行って,学術的な文章を書くわけだが,地理学者以外であっても,程度は違えどフィールドワーク的なことを行い,文章を書く糧にしているということだ。そうなると,言語学の一分野にいる著者にとっては「地理」そのものがほぼ「物質性」に等しいことになる。この辺が面白い。

本書の中で著者は一貫して地理学のことを「文化地理学」として言及し,ハーヴェイやソジャもちょっと出てくるが,やはり英国が中心で1990年代以降に活躍している若い世代も多く引用されている。また,それ以上に「フェミニスト地理学」としてローズやマクドウェル,プラット,ハンソン,ヴァレンタインなどが登場するのが面白い。

内容については意外に地理学と同等の議論を展開している箇所が多く,それが修辞学研究のような言語学にどう活かされているか,ということになるとそれほど記述は多くない。「場所感覚」に関する議論は数カ所であるが,それがどう文章化あるいは言語化されるか,という私が知りたいところについては多く語られなかった。最後の方で出てくるパワーポイントの批判は面白かったけど。

前半はけっこう面白くて傍線も引いているので,今後の論文で言及できたらと思います。

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