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mapping the subject

Steve Pile and Nigel Thrift eds. 1995. Mapping the subject: Gegraphies of cultural transformation. London: Routlege, 414p., £15.99.

購入したのは出版当時。もう20年が経ってしまいました。当時,英語圏の地理学は「文化論的転回」などといって,カルチュラル・スタディーズの影響下で随分越境的な学問へと変容していました。なので,本書はスリフトが一部翻訳されているくらいで,日本では地理学以外にあまり知られていない編者による地理学専門論文集。

しかし,当時私はまだAmazonもほとんど利用していなかったので,この手の本を一般の書店で購入していました。神保町の北沢書店と桜木町のランドマークプラザに入っている有隣堂,そして多分当時オープンしたての新宿高島屋の紀伊国屋書店を中心に購入していました。こういう書店にもけっこうこの手の本が置いてあったんですよね。特に本書は装丁が美しくかなり高価だったと思いますが,論文で引用されていたので知るのではなく,現物で知るという嬉しさから迷わず購入した。

ただ,結局当時の英語の能力などもあり,なかなか読むには至らず,なんだかんだで20年が経ってしまった。

実際に読み始めても時間がかかり,1年以上かかってようやく読み終えた。内容の詳細はもうあまり覚えていない。

1 序章(パイル, S.・スリフト, N.)

2 主体を地図化する(パイル, S.・スリフト, N.)

第1部 主体の構築

3 個人を知る:『侍女たち』と近代的主体をめぐるミシェル・フーコーとノルベルト・エリアス(オグボーン, M.)

4 地図と極地:18および19世紀のフィクションにおける子どもの主体性の表現をめぐる覚書(スティードマン, C.)

5 「よい生活の技法」:景観と市民生活1918-39(マットレス, D.)

6 家族と家庭の日常:子ども時代の境界を構築する(シブレイ, D.)

第2部 セクシュアリティと主体性

7 性別化された自己:パフォーマンスの戦略と抵抗の場(ベル, D.・ヴァレンタイン, G.)

8 試される女性:私的なさらし台?(クリーム, J.)

9 男性,異性愛,感情的生活(シードラー, V. J.)

第3部 アイデンティティの限界

10 「狂気の」アイデンティティを地図化する(パー, H.・ファイロ, C.)

11 組織のない身体:スキゾアナリシスと脱構築(ドエル, M.)

12 ハイパー・リアリティにおける主体の探求(ロダウェイ, P.)

13 移住する主体とステレオタイプ:ポストモダン世界における個人の文脈(ラポート, N.)

第4部 主体の政治学

14 時間,空間,他者性(フロシュ, S.)

15 意識することない変化に対する主体:心理学,ポストモダニティ,大衆(ウォーカーダイン, V.)

16 フェミニズムの女性主体のための空間を作る:ホルツァー,クルーガー,シャーマンの空間的転覆(ローズ, G.)

17 民族企業家と街路の反逆者:インナー・シティの内側を見る(キース, M.)

18 結論:空間化と主体(パイル, S.・スリフト, N.)

とりあえず,覚えている限り,章毎に紹介していこう。序章については紹介するほど覚えていないので省略する。

3 個人を知る(オグボーン,地理学者)

オグボーンは私の大学院の後輩が英国に留学した時に教わっていたという。日本ではあまり知られていないが,『モダニティの歴史地理』(古今書院)に一部翻訳がある。主に英国の近代期が研究領域だが,日本でも近代研究をする地理学者が少なくないので,もっと参照されるべきだと思う。さて,本章はあまりにも有名なベラスケスの『侍女たち』に関わるもの。この作品はフーコーが『言葉と物』の冒頭で表象を議論する際の題材として用いている。本章はそのフーコーの議論をノルベルト・エリアスの議論と対比させようというもの。

4 地図と極地(スティードマン,社会史)

タイトルはpolar regionsとなっているので,極地のことだと思うが,実際にはゲーテの『ウェルヘルム・マイスター』やアンデルセンの『白雪姫』,ブロンテの『ジェーン・エア』などの作品で子どもがどのように描かれているのかを論じている。

5 「よい生活の技法」(マットレス,地理学者)

この時期のマットレスの中心研究テーマである,近代期英国における風景,規律=訓練,市民生活を扱ったもの。1998年に『風景と英国人らしさ』という本になっています。日本においても明治期に志賀重昂という人物が自称地理学者を名乗り,登山文化を輸入し,日本の山岳風景をナショナリスティックに吹聴するということがありましたが,英国においても地図を持って登山やハイキングに出かけ,自国の誇る風景を眺める美的感覚と,それを可能にする強靭な身体を鍛え上げるということがナショナリズムへと結びつく。

6 家族と家庭の日常(シブレイ,地理学者)

シブレイには『都市社会のアウトサイダー』という翻訳書があるが,地理学者だけでなく,近年の『排除の景観』は社会学者などにも参照されている。本章は本書のなかで珍しく日本の地理学で引用されているのを発見した。大西宏治による「子どもの地理学」(人文地理52,2000)という論文だ。子どもは家庭のなかで家族とともに成長するなかで自己の境界を確立するという。

第2部 セクシュアリティと主体性

7 性別化された自己(ベル・ヴァレンタイン,地理学者)

ヴァレンタインは『子どもの遊び・自立と公共空間』という著書が2009年に翻訳されています。この章では当時のフェミニズムの議論が展開されているようです。後半にはエイズ活動家の話など。

8 試される女性(クリーム,地理学者)

この章はけっこう覚えています。ただ,内容的に精確に理解できた自身はありませんが,ともかく避妊薬としてのピルの開発にまつわる話です。避妊という価値観や,どれをどちらの性が担うのか,その性的権力関係。プエルト・リコの女性を使ったある種の人体実験的な開発過程。商品化されたピルをどのように普及させていくのか,など。

9 男性,異性愛,感情的生活(シードラー,社会学)

この章の著者は1994年に『非合理的な男性たち:男性らしさと社会理論』を出し,それ以外にもカントと男性性に関する本を出していて,その紹介的な章でした。フェミニズムは場合によっては戦略的に男性的なものを一枚岩的に描きますが,そうではないという主張でしょうか。

10 「狂気の」アイデンティティを地図化する(パー・ファイロ,地理学)

狂気の地理学研究といえばファイロですが,本章ではノッティンガムの事例が論じられています。どの社会にも狂人とみなされる人はいたわけですが,近代期に科学的言説によってその境界が引かれ,狂人は施設に収容され,隔離される。現代になると人権の問題などでかれらは解放されるが,社会のなかでは差別意識は残る。そんな話でしょうか。

11 組織のない身体(ドエル,地理学者)

スキゾって単語は浅田 彰の著書でくらいしか知りませんでしたが,ドゥルーズ・ガタリ『アンチ・オイディプス』で提唱されたものだったようですね。本章はそんな現代思想の話を真面目に紹介している雰囲気がいいですね。ポスト人間的な議論でしょうか。

12 ハイパー・リアリティにおける主体の探求(ロダウェイ,地理学)

こちらも今となっては懐かしい感じの論調で,ボードリヤールとハイパー・リアリティに関する議論。

13 移住する主体とステレオタイプ(ラポート,社会人類学)

移民がテーマとなっているということですが,かなり意味不明な章。斜字体が数ページにわたっていたりして,どう読んでいいのかも分からない。

14 時間,空間,他者性(フロシュ,心理学)

本章は著者による1994年の著書『性的差異:男らしさと精神分析』の第6章の再録だとのこと。この時期,編者のパイルは地理学で精神分析的研究を進めていくということで,時間と空間についても論じているこの著者に声をかけたのでしょうか。

15 意識することない変化に対する主体(ウォーカーダイン,コミュニケーション心理学)

こちらも心理学者による執筆ですが,カルチュラル・スタディーズの影響も受けているようで,有名な映画作品などへの言及もあります。

16 フェミニズムの女性主体のための空間を作る(ローズ,地理学)

本書のなかで私が一番読みたかった章。パラパラめくるだけでもシンディ・シャーマンの作品が掲載されていたりして。ローズは『フェミニズムと地理学』が翻訳されていて,2004年には来日もして,本人にも会いました。どの文章を読んでも刺激的な英国の地理学者です。ローズは家族写真の研究などもありますが,芸術分野にも精通しているんですよね。もう一度しっかりと読み直したい章。

17 民族企業家と街路の反逆者(キース,社会学)

著者は社会学者ですが,パイルとの共編もしたりしている。本章はとても興味深い内容が含まれているとは思うのだが,そこをきちんと読み取れなかった。ロンドンが事例で移住してきた民族集団に対して行政が支援をして企業家としてエスニック・ビジネスを,というような内容を期待していたのだが,そうなのか,そうでもないのか。

18 結論:空間化と主体(パイル, S.・スリフト, N.)

序章については省略したが,結論は最後に読んだということで,少し書いておきましょう。結論といいながら,本書の内容をまとめるわけではなく,中盤ではこの頃スリフトが取り組んでいたロンドン・シティの金融に関する話が展開されます。

こう,ざーっと振り返ってみると,かなり雑多な論文集ですね。しかし,この頃の地理学は勢いがあって,「それのどこか地理学なんだ」というような後ろ向きの批判をはねのけるほど新しいテーマを次々と見出しては論文集として出版していたような気がします。

私も今,論文集への執筆をしていますが,そこに寄稿された多くの論文は既出論文の概要版だったりと,新しいものに積極的に取り組んでいく姿勢というものをほとんど感じられずに幻滅したりします。

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