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言語の興亡

ディクソン, R. M. W.著,大角 翠訳 2001. 『言語の興亡』岩波書店,221p.,780円.

通勤で持参した本を読み終えてしまい,帰りがけに買った岩波新書の一冊。こういう時に神保町は便利だ。ほんの10分ほどあれば,重い本か軽い本か,どの分野がいいかなど選び放題。

本書を手にとったのは理由がある。明治学院大学の講義でパレスチナ問題について学び直したが,その過程で「反セム主義」という言葉を知った。これ端的に反ユダヤ人主義なわけだが,ユダヤ人の母語であるヘブライ語は,インド=ヨーロッパ語族ではなく,セム語族という系譜になることが当時の言語学で明らかになり,それがユダヤ人をヨーロッパとは異なるものの根拠として用いられたという話。

現代言語学はそうした民族の話や地理の話とは無縁な気がするが,現代言語学の古典ソシュールの『一般言語学講義』でも第Ⅳ編が「言語地理学」にあてられている。19世紀初頭のドイツの言語学者ヴェルヘルム・フォン・フンボルトも地理学者である弟のアレクサンダーが南米旅行で記録してきた現地の言葉に関する資料を自らの研究に活かしたなんて話もあるくらいで,19世紀の言語学の中心は世界における言語の多様性をいかに説明するのかという比較研究を中心としていたらしい。

はじめに

第Ⅰ章 序説

第Ⅱ章 ことばの伝播と言語圏

第Ⅲ章 系統樹モデルはどこまで有効か

第Ⅳ章 言語はどのように変化するか

第Ⅴ章 断続平衡モデルとは何か

第Ⅵ章 再び祖語について

第Ⅶ章 近代西欧文明と言語

第Ⅷ章 今,言語学は何を優先すべきか

第Ⅸ章 まとめと展望

補論 比較方法の発見手順では見誤ってしまうもの

言語同士を比較し,似ている似ていないでグループ化し,進化論の影響下ではそれを生物の系統分類と同じように類型化するというところまでは知っていたが,やはり言語学でも系統分類が万能ではないらしいというのが,本書の主張。生物分類に関しても昨年何冊かの本を読んだが,やはり生物種についても言語についても,観察できるのはせいぜい数十年である一方で,それらが変化を遂げていくにはその10倍とか1000倍とかの時間がかかるのだ。

結局は進化という現象を信じても,それが具体的にどう変化したのかを資料に基づいて根拠づけるのは簡単ではない。言語学においてそうした系統樹のモデルを確立した一つの事例が有名なインド=ヨーロッパ語族であり,著者によれば,その成果に異論はないという。インド=ヨーロッパ語族はそのモデルでよく説明できるものだが,世界中の言語がそのモデルで説明できるかというとそうではないという。

著者によれば,言語の変化には,変化をあまりせずに長い間経つという「平衡期」と,短い時間に変化していく「中断期」があるという。そこで提案されるのが断続平衡モデルというものだが,やはりこの辺になると説明が複雑で分かりにくい。

それに加え,著者はヨーロッパによる植民地支配の問題なども議論しており,かなり視野が広い。最終的に著者の主張は言語学における民族誌的研究の必要性だ。現在次々と失われていく言語を記録するために,言語学の博士論文は,そうした言語集団をフィールドワークし,その言語体系を記録していくようなことをすべきだと主張する。

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