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2016年6月

梅雨らしい毎日

ここのところ毎日洗濯物を部屋干しで,家中カビそうなわが家です。さて,また1ヶ月ほど経ってしまいましたが,最近観た映画など。

2016年5月28日(土)

府中TOHOシネマズ 『海よりもまだ深く

是枝監督最新作。この日の気分は後日観ることになる『ヒメアノ〜ル』のような刺激を求めていましたが,時間の関係上こちらの作品を先に観ることになりました。先に鑑賞した妻からもお墨付きをいただいていた。観終わった後で,まさに作品中で台風が去った朝のように清々しい気分になれる作品。

刺激を求めていた私もすっかり改心して,素直な気分になれました。さすがですね,是枝監督。私自身が二児の父になり,離婚はしていませんが夫婦の関係,親子の関係,自分の母やきょうだいの関係を身をもって考えさせられるもので,まさに今観てよかったと思える映画でした。

2016年6月1日(水)

府中TOHOシネマズ 『ヒメアノ〜ル

水曜日が映画サービスデーにあたったということで,大学の帰りに映画を観て帰りました。選んだ作品は予告編でぞくぞくとさせる刺激ありまくりの作品。吉田恵輔監督作品はだいぶ観ていますが,本作はオリジナル脚本ではなく,漫画の原作があるとのこと。予告編では,前半が濱田 岳君と佐津川愛美ちゃん演じる男女の吉田監督らしいラブロマンスだが,後半は森田 剛が登場し,ホラーサスペンスへと転じる。本編でも同様の展開で,しかも私が予想していたのとは違い,結局2度とラブコメディには戻らないまま終わってしまいました。非常に後味の悪い作品。今更ではありますが,観る人は覚悟が必要ですね。

しかし,期待以上のセックスシーンは心に残ります。返な言い方ですが,愛美ちゃんもこういう映画の出演を待ち望んでいたのではないでしょうか。

2016年6月11日(日)

新宿シネマカリテ 『団地

坂本順治監督作品。私自身は団地育ちなので,この辺りの映画は見逃せない。坂本順治作品はあまりみないけど,こういうほのぼの系作品は期待できます。残念ながら『顔』は観ていませんが,坂本監督×藤山直美で数々の映画賞に輝いたこの2人ということで,本作にも期待がかかります。

本作もクセのある年配俳優が多く出演していますが,斎藤 工がなかなかいい味出しています。あまり好きではないこの俳優ですが,本作ではなかなか彼以外にこの役どころは難しいかもしれません。ストーリーも独特でいいですね。今の時代にこういうストーリーはなかなか新鮮です。団地の生活風景も私には馴染みがあって懐かしさを感じますが,本作が込めた団地のイメージに関してはちょっと新鮮味がないという感じはします。

新宿ピカデリー 『教授のおかしな妄想殺人

この日は2本立てと決めていましたが,もう1本で悩んだ挙げ句,ウディ・アレン監督作品にしました。エマ・ストーンはちょっと苦手で迷いましたが,まあ一度きちんと主演作を観てみようと思いました。本作でちょっと意外だったのは,タイトルからしてコメディかと思いきや,中途半端にシリアスな雰囲気。原題は「Irrational man」というタイトル。ホアキン・フェニックス演じる主人公は大学の哲学教授。近代哲学における主要な概念に「理性」というのがあるが,原題を直訳すれば「非理性的人間」。まあ,大学人たるのにあるべきではない行為をしてしまう人間が主人公ってことですね。

やはり数々の映画のヒロインとなるエマ・ストーンの魅力にはやられる映画です。女好きのウディ・アレンがヒロインに抜擢するのもよく分かります。手足が長く,日本でいえば桐谷美玲という感じでしょうか。まあ,さすがアレン監督。それなりに楽しめる作品です。

2016年6月17日(金)

ちょっとここのところ,会社で残業が続いたので,午後半休をいただいて,映画を観て帰ることにした。こういう「サボり」感覚の日があってもいいですよね。『64後編』を観るつもりで新宿三丁目で降り,バルト9に向かったが,なんと私のもっていたムビチケはTOHOシネマズでしか使えないとのこと。こういう時に携帯電話があると映画情報を調べられますが,まあ仕方がありません。とりあえず,府中に移動して,作品を探す。いくつか候補がありましたが,今期NHK朝ドラ主演で,今後知名度アップ確実の高畑充希主演作品にしてみました。

なんだか最近,若手俳優を使った恋愛映画が非常に多くてあまり観る気もしませんでしたが,1つくらい観てもいいかもしれません。原作が有川 浩だし。

府中TOHOシネマズ 『植物図鑑 運命の恋,ひろいました

高畑充希ちゃんの出演作は『バンクーバーの朝日』くらいしか観ていないが,私好みの女優さんであることは間違いなし。演技とか歌とかも世間で評判がいいようですしね。

まあ,恋愛映画としてはあまりリアルな感じではなく,明らかにフィクションではありますが,有川作品(原作は『県庁おもてなし課』しか読んだことがありませんが)らしく,特定の分野に特化しているところが面白い。原作通り,主人公の男性が野草に詳しく,野原でそれらを摘んだり,それを料理したりするシーンが充実していて面白い。相手役の岩田剛典は私の嫌いなEXILEのメンバーということだが,まあ,この映画に出演している俳優という点では特に問題なし。そつなくこなしていると思います。ということで,充希ちゃんの魅力も存分に楽しめる作品でした。

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理論地理学

ウィリアム・バンジ著,西村嘉助訳 1970. 『理論地理学』大明堂245p.,1300円.

翻訳は私の産まれた年の出版でしたね。原著は1962年。当時は米国を中心に計量地理学というのが流行っていて,日本でも本書を含め,主要な本が翻訳され,いくつもの教科書が出版されたようです。今では計量地理学なんて過去の過去といった感じもありますが,日本の人文地理学が一丸となって成果を出していたという点では,華やかし頃の時代なのかもしれません。

といっても,本書はいわゆる計量地理学の本ではなく,今でいう数理地理学ということになるが,ある意味新鮮で,ある意味懐かしい読書だった。本書を今更読もうと思ったのは,先日読んだロシアの地図学者アスラニカシュヴィリ『メタ地図学』の書名が,本書からきているということを知ったため。以下に目次を示しましたが,確かに第2章のタイトルですね。

第1章 地理学の方法論

第2章 メタ地図学

第3章 形の測定

第4章 記述的数学

第5章 運動の一般的理論へ

第6章 実験的および理論的中心地

第7章 距離・近さ・幾何学

本書の内容を簡単に説明すると,空間というものをさまざまな数学を用いて表現する方法を探究するもの。空間といっても,抽象度の高い概念としてではなく,地理学者はよく地理空間という言葉を使うが,地表面上に繰り広げられる人文現象の説明をも含んでいる。

私が在籍していた東京都立大学の地理学教室は,当時「計量地理学の最後の砦」なんていわれることもあったが,正確には数理地理学を専門とする研究者が何人か在籍していた。そのせいもあって,大学院の教科書に当時,そういう人たちが翻訳していたグールド『現代地理学のフロンティア』などを使っていたので,本書の議論のその後の展開などはある程度知っていた。

まあ,ともかくこの種の試みはある意味で,地理学本質論というか,余計なものを切り落として地理学が扱う空間について純粋に考えると到達するテーマのように思う。しかし,著者のバンジ(その後,竹内啓一氏がブンゲと呼んだりする)は社会派に転じ,タクシードライバーをしながら,ラディカルな地理学者になるって展開も面白い。

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世界と日本の移民エスニック集団とホスト社会

山下清海編 2016. 『世界と日本の移民エスニック集団とホスト社会――日本社会の多文化化に向けたエスニック・コンフリクト研究』明石書店,332p.,4,600円.

著者の一人から送られてきた謹呈本。以前だったらあまり関心を示さないが,今は明治学院大学でエスニシティをテーマにした講義をしているため,早速読んでみた。もちろん,エスニシティや移民の研究は多分野でも進んでいるが,地理学も負けてはいない。そんなつもりで読み始めた。

なお,これは科学研究費を使った4年間にわたる共同研究の成果であり,いち早く『人文地理』誌上で英文の特集が組まれている。英文だったので,きちんと読んでいないが,その英文論文を元にした章も本書には収録されている。

はじめに(山下清海)

 移民エスニック集団とホスト社会(山下清海)

 移民エスニック集団とホスト社会の分析キーワード

ソーシャル・ミックス(社会的混合)(荒又美陽)/エスニック範疇化(片岡博美)/移民エスニック集団の借り傘戦略(山下清海)/エスニック集団と土地・住宅取得(福本 拓)/エスニック集団の記憶の場――ウィーンのユダヤ人の観光スポット(加賀美雅弘)/移民博物館(矢ケ崎典隆)/国勢調査(大石太郎)/インナーシティ再生とエスニシティ(根田克彦)/市民権(吉田道代)

 2011年イングランド暴動の特性(根田克彦)

 変容する移民地区――パリ・グットドールの居住者層と多文化性の表象をめぐって(荒又美陽)

 エスニック市場にみるウィーンのエスニック景観の動向(加賀美雅弘)

 ロサンゼルス大都市圏の分断化とエスニックタウン(矢ケ崎典隆)

 ホスト社会としてのケベックのディレンマ――「ケベックの価値」憲章をめぐる論争から(大石太郎)

 オーストラリアの難民政策――2000年以降の庇護申請者収容施設の役割に焦点を当てて(吉田道代)

 ニューチャイナタウンの形成とホスト社会――池袋チャイナタウンの事例を中心に(山下清海)

 「花街」からエスニック空間へ――ホスト社会・在日朝鮮人・「ニューカマー」の関係(福本 拓)

XI エスニック集団成員とホスト社会との接点――ブラジル人住民の「日常」を分析する(片岡博美)

XII 増加する在留外国人と日本社会――日本社会の多民族化に向けての課題(山下清海)

本書の執筆者一覧には執筆者の年齢に関する情報は記載されていないが,本書の特徴は恐らく60歳代と思われる人から,まだ30歳代の人まで,9人の著者から構成されており,女性も3人含まれていることが特徴だと思う。年配の世代にあたる編者の山下さんや加賀美さん,矢ケ崎さんの文章はこれまであまり読んでこなかったので,いい機会だ。

中間世代にあたる人は根田さんだけだと思うが(正確に年齢を確認したわけではないが),彼の論文は学部生時代にいくつか読んだ記憶がある。ちょうど日本における計量地理学花盛りの時に大学院生をしていたような世代で,統計的手法を用いた都市研究をしていた。このころの同じような研究をしていた人の幾人かはそのままフィールドを海外に移し,外国都市の現状を報告するような都市地誌学といえそうな研究に携わっている。

本書はⅢ章から本格的に各執筆陣の調査に基づく報告がなされるが,Ⅱ章でそれにむけたキーワードの整理を行っているのがなかなかよい。しかも,概念の羅列ではなく,各項目に6ページほどを与えたもので,十分読み応えがある。

章は2011年に発生したロンドンにおける暴動に関する分析。白人警官が黒人を射殺したという,米国でもありそうな事件から発生した暴動に関して,暴動で起訴された270人にインタビューをしたという報告書のデータを地図やグラフにしてみたという分析。民族別の分析では,本書のテーマとは合致しない結果となり,この暴動はエスニック・コンフリクトはいえないものであった。地理学における暴動の研究は少なくないと思うが,いまいち研究の位置づけがはっきりしない。

Ⅳ章は本書の中で一番読み応えがある。著者が私と共同執筆した論文があるということで多少ひいき目にみてしまうが,テーマの設定,資料の提示,文章の構成から文体に至るまでしっかりまとまっている。

Ⅴ章はオーストリア・ウィーンの都市地誌学的内容。もちろん,本書のテーマに沿って,移民から形成された都市の民族構成の変化が博識から概観される。しかし,エスニック景観という場合の景観概念は非常に素朴なもので,景観論を深化させている地理学研究とは無縁。

Ⅵ章はロサンゼルスという都市を,スペイン植民地時代の18世紀から歴史を辿り,市街地の拡大についても1900年から地図化されており,学ぶことは多い。日本人が多く移住し,日系エスニックタウンが形成された地であるという史実と,その後の新しい移住者によって築かれる街々についても,長年フィールドとしてきた研究者でなければ書きえないものだとは思うが,やはりなにか物足りなさを感じる。

Ⅶ章はカナダのケベック州を事例に,英語とフランス語の2つを公用語とする政策の難しさを明らかにしている。言語と宗教,政治といった研究者ならではの視点から,根拠資料を示しながら論が展開される。ただ,この議論で「ホスト社会」と「ディレンマ」という言葉が章のタイトルとして適切だったのかは多少疑問に感じた。

Ⅷ章の著者は,10年以上前に私の非常勤先の大学で学会が開催された際,シンポジウムのスタッフとして一緒に参加したことがあったが,研究論文をきちんと読むのは初めて。最近は難民問題が大きな話題だが,オーストラリアというのはピンと来なかったのでいろいろ勉強になった。論の展開も良いし,最後に収容施設を実際に訪れた報告もなかなか貴重だ。ただ,贅沢を言えば,既存の資料の分析では難民収容施設のひどさを訴えているのに,実際に訪れた施設はかなり恵まれている施設ということで,そのギャップが気になった。

Ⅸ章は編者による章。自分が名付けた「池袋チャイナタウン」が一般にも広がっていて,場合によってはメディアから発言を求められるという。

Ⅹ章は非常に地理学者らしい丹念な調査による研究成果。現在韓国クラブといわれる施設が集中している大阪市の新今里地区という場所を取り上げ,なぜそうなったのかということを土地の所有の観点からたどる。著者は在日朝鮮人の研究をしていて,戦前から日本に在住する人と,新しく来日した「ニューカマー」との違いにも注目している。ある意味では,目的と手法と結果がきちんと結合した理想的な調査研究。しかし,穿った目で見ると,そんなことまで明らかにする必要があるのだろうか?と考えてしまう。

Ⅺ章は浜松市の滞日ブラジル人について,他の調査とは異なり,日常的な行動調査を行って明らかにしているところが面白い。ただ,残念なのはこの論文は『地理学評論』に掲載されたものとほぼ内容が一緒のこと(一字一句読み比べたわけではありませんが)。細かく見ても,気になる点はいくつかある。第一に,この研究は「時間地理学的アプローチ」となっているが,空間の話はあまり出てこない。地図が登場しないのだ。また,調査対象は単身者だけでなく,家族もいると思うが,その家族構成に関する情報も提示されていなかった。被調査者のプライバシーの問題かもしれないが,知りたいところがいまいち知ることができないという印象。

終章であるXII章は再度編者による執筆。「日本社会の多民族化に向けての課題」という副題に,これまで長らくこのテーマに関わってきた研究者として,政策提言も含めて独自の意見を期待したが,なんだか同じことの繰り返しで期待はずれな終章。

全般的に若い世代は頑張っているけど,年配の世代は知識や経験だけは増えて,それを時代にあった学術的議論に適用する「方法」と「論理」を獲得するまでは至っていないという印象。正直,このテーマにおける事例研究はそれこそ無数にやりようがある。極端な話,どこかの言語を学び,どこかの国に行って,統計データを集め,観察をし,ちょっと聞き取りなどおこなえば良いのだ。といっても,それ自体が非常に労力とお金がかかることで,私などには到底できない。だからそれだけでも学術的価値を見出してしまう。でも,本書のような著作を読むと,どうしてもその先を期待してしまうのだ。

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