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世界と日本の移民エスニック集団とホスト社会

山下清海編 2016. 『世界と日本の移民エスニック集団とホスト社会――日本社会の多文化化に向けたエスニック・コンフリクト研究』明石書店,332p.,4,600円.

著者の一人から送られてきた謹呈本。以前だったらあまり関心を示さないが,今は明治学院大学でエスニシティをテーマにした講義をしているため,早速読んでみた。もちろん,エスニシティや移民の研究は多分野でも進んでいるが,地理学も負けてはいない。そんなつもりで読み始めた。

なお,これは科学研究費を使った4年間にわたる共同研究の成果であり,いち早く『人文地理』誌上で英文の特集が組まれている。英文だったので,きちんと読んでいないが,その英文論文を元にした章も本書には収録されている。

はじめに(山下清海)

 移民エスニック集団とホスト社会(山下清海)

 移民エスニック集団とホスト社会の分析キーワード

ソーシャル・ミックス(社会的混合)(荒又美陽)/エスニック範疇化(片岡博美)/移民エスニック集団の借り傘戦略(山下清海)/エスニック集団と土地・住宅取得(福本 拓)/エスニック集団の記憶の場――ウィーンのユダヤ人の観光スポット(加賀美雅弘)/移民博物館(矢ケ崎典隆)/国勢調査(大石太郎)/インナーシティ再生とエスニシティ(根田克彦)/市民権(吉田道代)

 2011年イングランド暴動の特性(根田克彦)

 変容する移民地区――パリ・グットドールの居住者層と多文化性の表象をめぐって(荒又美陽)

 エスニック市場にみるウィーンのエスニック景観の動向(加賀美雅弘)

 ロサンゼルス大都市圏の分断化とエスニックタウン(矢ケ崎典隆)

 ホスト社会としてのケベックのディレンマ――「ケベックの価値」憲章をめぐる論争から(大石太郎)

 オーストラリアの難民政策――2000年以降の庇護申請者収容施設の役割に焦点を当てて(吉田道代)

 ニューチャイナタウンの形成とホスト社会――池袋チャイナタウンの事例を中心に(山下清海)

 「花街」からエスニック空間へ――ホスト社会・在日朝鮮人・「ニューカマー」の関係(福本 拓)

XI エスニック集団成員とホスト社会との接点――ブラジル人住民の「日常」を分析する(片岡博美)

XII 増加する在留外国人と日本社会――日本社会の多民族化に向けての課題(山下清海)

本書の執筆者一覧には執筆者の年齢に関する情報は記載されていないが,本書の特徴は恐らく60歳代と思われる人から,まだ30歳代の人まで,9人の著者から構成されており,女性も3人含まれていることが特徴だと思う。年配の世代にあたる編者の山下さんや加賀美さん,矢ケ崎さんの文章はこれまであまり読んでこなかったので,いい機会だ。

中間世代にあたる人は根田さんだけだと思うが(正確に年齢を確認したわけではないが),彼の論文は学部生時代にいくつか読んだ記憶がある。ちょうど日本における計量地理学花盛りの時に大学院生をしていたような世代で,統計的手法を用いた都市研究をしていた。このころの同じような研究をしていた人の幾人かはそのままフィールドを海外に移し,外国都市の現状を報告するような都市地誌学といえそうな研究に携わっている。

本書はⅢ章から本格的に各執筆陣の調査に基づく報告がなされるが,Ⅱ章でそれにむけたキーワードの整理を行っているのがなかなかよい。しかも,概念の羅列ではなく,各項目に6ページほどを与えたもので,十分読み応えがある。

章は2011年に発生したロンドンにおける暴動に関する分析。白人警官が黒人を射殺したという,米国でもありそうな事件から発生した暴動に関して,暴動で起訴された270人にインタビューをしたという報告書のデータを地図やグラフにしてみたという分析。民族別の分析では,本書のテーマとは合致しない結果となり,この暴動はエスニック・コンフリクトはいえないものであった。地理学における暴動の研究は少なくないと思うが,いまいち研究の位置づけがはっきりしない。

Ⅳ章は本書の中で一番読み応えがある。著者が私と共同執筆した論文があるということで多少ひいき目にみてしまうが,テーマの設定,資料の提示,文章の構成から文体に至るまでしっかりまとまっている。

Ⅴ章はオーストリア・ウィーンの都市地誌学的内容。もちろん,本書のテーマに沿って,移民から形成された都市の民族構成の変化が博識から概観される。しかし,エスニック景観という場合の景観概念は非常に素朴なもので,景観論を深化させている地理学研究とは無縁。

Ⅵ章はロサンゼルスという都市を,スペイン植民地時代の18世紀から歴史を辿り,市街地の拡大についても1900年から地図化されており,学ぶことは多い。日本人が多く移住し,日系エスニックタウンが形成された地であるという史実と,その後の新しい移住者によって築かれる街々についても,長年フィールドとしてきた研究者でなければ書きえないものだとは思うが,やはりなにか物足りなさを感じる。

Ⅶ章はカナダのケベック州を事例に,英語とフランス語の2つを公用語とする政策の難しさを明らかにしている。言語と宗教,政治といった研究者ならではの視点から,根拠資料を示しながら論が展開される。ただ,この議論で「ホスト社会」と「ディレンマ」という言葉が章のタイトルとして適切だったのかは多少疑問に感じた。

Ⅷ章の著者は,10年以上前に私の非常勤先の大学で学会が開催された際,シンポジウムのスタッフとして一緒に参加したことがあったが,研究論文をきちんと読むのは初めて。最近は難民問題が大きな話題だが,オーストラリアというのはピンと来なかったのでいろいろ勉強になった。論の展開も良いし,最後に収容施設を実際に訪れた報告もなかなか貴重だ。ただ,贅沢を言えば,既存の資料の分析では難民収容施設のひどさを訴えているのに,実際に訪れた施設はかなり恵まれている施設ということで,そのギャップが気になった。

Ⅸ章は編者による章。自分が名付けた「池袋チャイナタウン」が一般にも広がっていて,場合によってはメディアから発言を求められるという。

Ⅹ章は非常に地理学者らしい丹念な調査による研究成果。現在韓国クラブといわれる施設が集中している大阪市の新今里地区という場所を取り上げ,なぜそうなったのかということを土地の所有の観点からたどる。著者は在日朝鮮人の研究をしていて,戦前から日本に在住する人と,新しく来日した「ニューカマー」との違いにも注目している。ある意味では,目的と手法と結果がきちんと結合した理想的な調査研究。しかし,穿った目で見ると,そんなことまで明らかにする必要があるのだろうか?と考えてしまう。

Ⅺ章は浜松市の滞日ブラジル人について,他の調査とは異なり,日常的な行動調査を行って明らかにしているところが面白い。ただ,残念なのはこの論文は『地理学評論』に掲載されたものとほぼ内容が一緒のこと(一字一句読み比べたわけではありませんが)。細かく見ても,気になる点はいくつかある。第一に,この研究は「時間地理学的アプローチ」となっているが,空間の話はあまり出てこない。地図が登場しないのだ。また,調査対象は単身者だけでなく,家族もいると思うが,その家族構成に関する情報も提示されていなかった。被調査者のプライバシーの問題かもしれないが,知りたいところがいまいち知ることができないという印象。

終章であるXII章は再度編者による執筆。「日本社会の多民族化に向けての課題」という副題に,これまで長らくこのテーマに関わってきた研究者として,政策提言も含めて独自の意見を期待したが,なんだか同じことの繰り返しで期待はずれな終章。

全般的に若い世代は頑張っているけど,年配の世代は知識や経験だけは増えて,それを時代にあった学術的議論に適用する「方法」と「論理」を獲得するまでは至っていないという印象。正直,このテーマにおける事例研究はそれこそ無数にやりようがある。極端な話,どこかの言語を学び,どこかの国に行って,統計データを集め,観察をし,ちょっと聞き取りなどおこなえば良いのだ。といっても,それ自体が非常に労力とお金がかかることで,私などには到底できない。だからそれだけでも学術的価値を見出してしまう。でも,本書のような著作を読むと,どうしてもその先を期待してしまうのだ。

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