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Fields of vision

Stephen Daniels 1993. Fields of vision: Landscape imagery & national identity in England & United States. London: Polity Press, 257p.

地理学者にはいわずとしれた風景研究の古典。意外に思われるかもしれないが(知っている人は知っていると思う),私は読むべき本を意外に読んでいない。コスグローブの『象徴的風景と社会構成体』も読んだのは比較的最近だし。

でも,なるべくなら手元に持っていたいと思い,いくつかの主要な本はAmazonの「ほしい物リスト」に入れておいて,安い中古が出たら買うようにしている。本書もそんな具合に購入したものだが,安いだけあって何色ものボールペンで傍線が引いてあり,鉛筆で英語の書き込みがあったりしている。

最近,会社の仕事で何度か新幹線に乗って大阪に行く機会があり,本書を持参し,車中で読むことにした。その際は半分も読むことができなかったが,やはり毎日往復2時間の通勤時間があるため,混雑する車内で読むのは大変だが,比較的早く読み終えることができた。

1 プリンス・オブ・ウェールズとセント・ポールの影

2 ジョセフ・ライトと権力の光景

3 ハンフリー・レプトンと地所の改良

4 J. M. W. ターナーと国家の循環

5 トーマス・コールと帝国の進路

6 フランシス・パルマーと大陸の合体

7 ジョン・コンスタブルとコンスタブル・カントリーの創造

とはいいながら,あまり内容を理解できたとはいえない。コスグローブの文章も難しいと感じていたが,ダニエルズの文章はそれ以上だった。これまで彼の文章を読んだのは,場所に関する人文主義批判と,景観研究とマルクス主義に関する論文だったため,私にも比較的理解しやすかった。英語では日常会話はできず,英語圏への海外旅行経験のない私にとって,抽象的な英文は比較的読めるようになっているが,より日常的なというか,その土地の歴史や社会に関わる具体的な記述になると知らない単語や言い回しが多くなり,理解が難しくなる。コスグローブの文章は論理展開の難しさなどもあるが,ダニエルズのはそうではない。明らかに私の知識不足での理解不足である。とはいえ,『象徴的風景と社会構成体』の時もそうだったが,ひとまず何が書かれているか,全体を把握しておいて,今後関連することを考察する上でまた部分的に再読すればいい。どっちにしろ,一度で理解するなど都合の良いはなしだ。

とはいえ,本書の目的は非常に分かりやすい。目次をみても分かるように,7つの事例について,それぞれのテーマが論じられる。本書は風景芸術に限定されないが,ともかく風景に関する絵画表現に限定し,1章に1人,人物を取り上げる。本書にほとんど抽象的な議論はないといっていい。

1章は現代の話から始まる。プリンス・オブ・ウェールズってのが私には馴染みがないわけだが,これまで一般的に「皇太子」と訳すように理解していたが,Wikipediaではそれは誤訳だとしている。確かに,英国はUnited Kingdomであり,イングランドがその中心であるはずだが,ウェールズとなっている。しかし,実際にこの名称で呼ばれる人物はイングランド国王の王子のことだし,まあともかく英国の皇室のことがよく分かっていないと正確に理解できないということだ。まあ,そのことはおいておいて,1章ではプリンス・オブ・ウェールズが1989年に発表したという「英国のビジョン」に関する話から始まって,ロンドンにあるセント・ポール寺院がいかにロンドンの象徴的存在であるかということを,17世紀における設計段階まで遡り,第二次世界大戦化における象徴的役割といった現代まで辿る。

第2章でとりあげられるジョセフ・ライトについては,著者が1988年にコスグローブと共に編集した『風景の図像学』のなかで,別の著者が論じている。この本は私が関わって翻訳が出ているので,該当章を読み直した。取り上げられる作品がほとんど同じで,私の理解はほとんど翻訳論文のみの印象になってしまった。ただ,英国風景における産業(革命)の象徴的意味は著者の風景研究の主たるテーマの一つでもある。地質学者とも親交のあった画家ライトは,科学技術がもたらす日常生活の変化を,人工的な光を用いて表現している。

第3章で論じられるハンフリー・レプトンについては,著者がかなり専門的に取り組んでいる人物で,上述した『風景の図像学』における著者自身の章にも登場するため,比較的理解しやすかった。風景を中心とした土地改良家として知られる人物。当然,ここに英国独特の風景美学であるピクチャレスクの感覚が組み込まれます。

第4章はいわずと知れた英国の風景画家J. M. W. ターナーに関する章だが,1844年の作品「雨,蒸気,速度」を中心に論じられる。やはりここにも蒸気機関車という産業の象徴が登場し,ロンドンという都市のテムズ川を鉄橋で渡るという場面だが,この章の国家権力という側面はイマイチ良く理解できなかった。

第5章からアメリカ合衆国が舞台になる。コスグローブの『象徴的風景と社会構成体』もイタリアとともにアメリカが登場するが,どちらも両国の関連性が考慮されている。本書においてはまあ分かりやすいが,英国領としての北米である。米国の風景に関しては,最近バーバラ・ノヴァック『自然と文化』を読んだところだが,本書を読むと風景画や風景をテーマにしたアメリカ研究というのがかなり多数行われていることを知る。本章でとりあげられるトマス・コールは章のタイトルにもなっている「帝国の進路」という連作があり,これ自体非常に興味深い。確かに風景画には春夏秋冬をテーマとした連作というのがよくあるが,コールは米国の風景にアルカディアやローマ的な古代の都市帝国の風景を投じたりしている。

第6章も米国が舞台で,取り上げられるフランシス・パルマーは企業のために要求される図像イメージを提供するような画家。ここでも米国の大陸横断鉄道がテーマとなっている。

第7章では再び英国に戻り,またまたいわずと知れた英国の風景画家コンスタブルが登場し,こちらは画家そのものというよりはその後の時代の作品の流用やコンスタブルが描いた農村風景につけられた名称「コンスタブル・カントリー」の系譜を辿る。日本でも広重的風景の研究なんてのができそうだ(すでにあるのかもしれない)。

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