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entanglements of power

Sharp, J. P., Routledge, P., Philo, C. and Paddison, R. eds. 2000. entanglements of power: geographies of domination / resistance. London: Routledge, 301p.

大学院時代,ジョアンヌ・シャープという地理学者による大衆文化の地政学という研究に非常に惹かれた。彼女はその後,ポストコロニアル文学の研究から徐々にフェミニズムへと傾倒していく。以前にも彼女が編者の一人として出版された『BodySpace』という論文集を読んだが,本書も彼女が編者の一人ということで購入した本。序文は買った当時に読んだが,それから10年以上経って,ようやく読み終えた。

1 縺れ合う権力:支配/抵抗の地理(シャープ, J. P., ラウトレッジ, P., ファイロ, C. and パディソン, R.)

2 ヴィクトリア朝のセクシュアリティとクレモーネ庭園の道徳化(フィリップ・ハウェル)

3 友人関係としての権力:空間性,女性らしさ,および「騒がしさの監視」(ジェニファー・ロビンソン)

4 遊牧民的戦略と植民地統治:キレナイカにおける支配と抵抗1923-1932(デイヴィド・アトキンソン)

5 ドイツ再統一に抗する場としての近隣(フィオナ M. スミス)

6 権力としてのスポーツ:抵抗としてのランニング?(ジョン・ベイル)

7 エクアドルにおける縺れ合う抵抗,エスニシティ,ジェンダー,および国民(サラ A. ラドクリフ)

8 英国テレビにおけるジャマイカのヤーディーズ:支配的表象,抵抗のための空間?(トレイシィ・スケルトン)

9 組織的地理:職業組織における監視,展示,および権力の空間(フィリップ・クラング)

10 縺れ合う人間:権力とその空間性を特定する(スティーヴ・ヒンチクリフ)

11 反これ−対あれ:人間−非人間の軸に沿った抵抗(クリス・ウィルバート)

12 フォーリング・ダウン:症状としての抵抗(ティム・クレスウェル)

13 縺れ合う権力:影?(ナイジェル・スリフト)

14 縺れ合う権力:反省(ドリーン・マッシィ)

ということで,1章は10年以上前に読んだので,よく覚えていないが,下線をひいてあるので,そちらで少し思い出そう。本書のタイトルに用いられている「entanglement」という言葉についてかなり詳しく説明されている。ポストモダン思想は近代が作り上げた単純な思考を解体し,より複雑に理解しようとする傾向があるが,本書もその系譜にあるといってよい。この,絡まり合って,縺れ合うという意味を持つ「entanglement」という言葉をある種流行らせようという意気込みさえ感じる。タイトルの「権力」,副題の「支配と抵抗」というのは,人文地理学においてマルクス主義の影響が強くなり,広義の政治性を問題とし始めてからのキーワードであり,当初は権力の側の,支配の側の批判・否定に勢力を注いでいたわけだが,徐々にそれに抵抗する民衆の姿,あるいは権力を人々がいかに受け入れているのか,受け流しているのかそういうところに焦点をあてていくようになるのは,カルチュラル・スタディーズなどの流れを受けている。1章では従来の権力論が概観され,それがフーコーの存在によって見方が変わり,特にそのことが権力を地理の問題と関連させることになるという論の展開となっている。

2章はヴィクトリア朝(1837-1901年)のロンドンのクレモーネにおける風俗産業(?)をめぐる問題を取り上げる。1932年にできた庭園は1943年以降に急速に淫らな性の快楽の庭へと様変わりしたという。娼婦という存在は決して新しいものではないと思うが,社会的に彼女たちをどう扱うかという道徳的な問題は時代の産物だといえる。この章では,この庭園の閉鎖に対する賛成派と反対派の分布図が示されていたりして面白い。雑誌に掲載されたさまざまなイラストや風刺画が転載されていて雰囲気は分かるが,やはりきちんとした理解には至っていない。

3章は南アフリカをフィールドとする著者による論文だが,英国の社会改良家であるオクタヴィア・ヒルに関連するものである。オクタヴィア・ヒルは日本でどれほど知られているのだろうか。実は私は知っていて,『地理学評論』に2004年に中島直子という人がヒルのオープン・スペースに関する論文を書いているのだ。2005年には著書にもなっているらしい。ともかく,ヒルは英国で住宅や近隣地区を中心とする計画で社会改良を果たそうとした人らしく,その人の思想と方法を受け継いだ団体が南アフリカでも活動をした,ということらしい。しかも,本章によるとその団体は「オクタヴィア・ヒル女性住宅管理者」という名で,アパルトヘイト下の南アフリカで活動していたとのこと。南アフリカも英連邦の加盟国であるというつながりである。管理者のいる賃貸の集合住宅など現代の状況で想定してみよう。管理者は集団生活の倫理と道徳を説き,規則を罰するものに対して注意をする。この非常に小さな社会に秩序がもたらされるがそれはあくまでも小さな社会であり,その外部との関係はまた別問題となる。社会はあるていど改良される一方で,人種差別は維持される。

4章は私は全く把握していなかったが,イタリアのファシズム政権下でアフリカに植民地をもっていたという話。リビアの東湾岸地域にキレナイカという土地に植民地拡張計画があったという。しかも,この章は人類学者のエヴァンス=プリチャードの研究に多くを寄っていて,日本語には翻訳されていないが,『キレナイカのサヌシ族』という本があるらしい。本章は遊牧民であるサヌシ族がいかに近代的な統治形式をとる植民地において相反する存在だったかという論点。最終的にかれらが収容されたキャンプの写真は衝撃的だ。

5章は再統一化のドイツにおける近隣計画を論じる。場所は旧東ドイツの都市ライプチヒ。再統一によって近隣計画のあり方も民主化していくわけだが,集合住宅等を含めた建築物の様式を含めて,従来の社会主義的な形式を踏襲していくのか,新たに自由主義的なものに改良していくのかという論叢について論じられる。

6章はスポーツ地理学研究者で知られるジョン・ベイルによるケニアの長距離陸上選手の話。ここでは,単なるスポーツとしての陸上ではなく,現在もリオデジャネイロ・オリンピックの開催中だが,オリンピックをはじめとするような国際的な協議会の場で,国家を背負って競技するスポーツのことを論じていて,ベイルはそれを「representative sports」と名付けている。これは「メディア・イヴェントとしてのスポーツ」という議論と近いと思う。ケニアの長距離走者は今では有名だが,その歴史は古くはない。本章にはクリケットの話など,植民地におけるスポーツの伝播,そしてそれが規律・訓練に用いられたり,逆に抵抗の道具になったりするということで,ケニアの陸上の場合も考えさせられることは多い。かれらは何のために走るのか,誰のために走るのか。

7章は南米エクアドルで,ある女性がある時期に,植民地化に伴って皆が放棄してしまった民族的衣装を自らのアイデンティティとして身にまとうようになり,それがいつしか先住民たちのアイデンティティの象徴と,自らの権利の主張につながっていくという話。

8章はジャマイカの「ヤーディーズ」をめぐる英国で制作されたテレビ番組の分析。「Yardies」を辞書で調べると「麻薬密輸組織のメンバー」と出てくる。本章では特にそこに限定はしていないが,日本のヤクザ的な意味合いで使われているようです。英国で1995年に制作された連続ドキュメンタリーである『情報提供者』と『ヤーディーズ』の2つを分析し,前者はまさにかれらを「他者」として表象していたが,後者になると,かれらの日常を描き出すことで,かれらだって人間なんだということを主張するようになるという。

9章は会社組織の内部での監視の問題を論じている。観点がなかなか新鮮だが,特定の事例を通じてではなく,既存の研究を通じた理論的な議論なので,かなり分かりづらい。

10章からは理論的な論文が続きます。10章はこの頃地理学でも盛り上がりをみせていたアクター・ネットワーク理論の紹介にページを割くことで,本書の主題である,権力の縺れ合い具合を論じている。

11章も続いて,ある程度ANT(アクター・ネットワーク理論の略称)を参照しながら,アクター=主体を人間以外にも拡張するというANTの議論から,特に非人間的存在としての動物に焦点を当てる。動物という存在は「自然の地理学」でもその主題の一つとされているが,ここではいくつかの風刺画を検討するなかで,擬人化された動物の表象について論じている。動物の擬人化表象というのは,児童文学に対して私も関心があるので,この章はまたじっくり読んでみたい。

12章の冒頭では,地理学における権力論を簡単に辿っている。1960年代辺りから,計量地理学への反発や時代的な風潮から,マルクス主義に依拠した「ラディカル地理学」が登場するわけだが,かれらが着目したのが「権力」である。その頃の権力論は明確な支配−従属の枠組みがあったわけだが,フーコーの影響下で,権力の主体を具体的な権力者に帰する考えから,社会構造のなかに組み込まれているものと考えるようになり,支配−抵抗はより複雑なものとして理解されるようになる。

13章,14章はいわゆる地理学のビッグネームとしてのスリフトとマッシィによるもので,短い文章。内容はよく覚えてません。

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