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個人空間の誕生

イーフー・トゥアン著,阿部 一訳 1993. 『個人空間の誕生――食卓・家屋・劇場・世界』せりか書房,308p.,2987円.

久し振りにトゥアンの本を読む。おそらく初めに読んだのは『空間の経験』(以下,翻訳タイトルで表示)で,その後なぜか『トポフィリア』は完読できず,それでも『愛と支配の博物誌』や『恐怖の博物誌』は面白く読み,『モラリティと想像力の文化史』も持っているが,読んだかどうかの記憶はない。

いまさらトゥアンってのもあるが,本書のことは翻訳が出る前から気になっていた。本書のことを知ったのは,1992年の『現代思想』にトゥアンの論文が翻訳され,その訳者であった阿部氏がトゥアンの解説文を寄せていたところに,著作一覧があったからだと思う。本書の原題は「分節世界と自己(Segmented worlds and self)」というもので,この「世界の分節化」というフレーズが随分気になっていた。人間が事物に名前を付けるという基本的な行為は,無秩序的で連続的な世界を切り分け,意味付けていくというもので,その基本的な行為を「分節化」という言葉で表現できるのは便利だと思って,本書を読まずによく「分節化」という言葉を使っていた。

今回,本書を読もうと思い立ったのは,地名の階層性について考えるなかで,本書が関わるのではないかと思ったから。物事を階層的に理解し,それに名前を付けていく行為には,大きなものを分割して小さくし,それをさらに分割して,というトップダウン的な思考と,小さなものをまとめてグループ化して大きなものとして名前を付け,さらにまとめてという,ボトムアップ的な思考とがあると思う。「分節化」というのはトップダウン的な思考にあてはまる。トゥアンの著書というのはさまざまな分野から,世界のさまざまな地域,さまざまな時代から事例を持ってくることで話を組み立てるという特徴があるので,そいういう思考について,浅く広く知ることができるという利点がある。早速読んでみよう。

全体

 一 分節化・意識・自己

 二 結合体

部分

 三 飲食とマナー

 四 家屋と家庭

 五 劇場と社会

 六 環境と視角

自己

 七 自己

 八 自己と再構成された全体

先ほど書いたトゥアンの著書の特徴は,私の読書に求めるものとは基本的に相容れないため,場合によっては読むのが苦痛になるが,本書はそうでもなかった。本書はノルベルト・エリアスやフィリップ・アリエスなどの著書にも依拠していることもあり,他にもフランセス・イエイツやケネス・クラークなども文献表に現れ,どちらかというと,古きを知って現在を改めるといった歴史感覚が支配しているように思う。さらに,地理学者であり,中国系であるという著者の特徴から,ヨーロッパの近代をさらに地理的差異としての中国と相対化している。なかなか得るところの多い読書だった。

特に,本書は前半が室内空間についての議論が多く,私が2001年に『理論地理学ノート』に書かせてもらった室内空間に関する論文で本書に言及すべきだったと思う。また,本書には景観に関する記述も多く,2013年に『地理学評論』に書いた風景論文で言及すべきだった。しかし,投稿中に査読者が誰もそういうことを指摘しないのは,本書が地理学者にあまり読まれていないということだろうか。

訳文については,阿部氏の違和感のない翻訳がありがたかった。阿部 一氏は優れた論文を書きながらも,地理学内部ではあまり正当な評価を受けていない研究者だと思う。学会名簿で確認すると,まだ日本地理学会や人文地理学会には所属しているようだが,彼の新しい地理学論文を読みたいものだ。

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