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君の名は。

2016年9月9日(金)

立川シネマシティ 『君の名は。

楽しみにしていた新海 誠作品。今回はなにやら宣伝費がかかっているみたい。声優に若手俳優を起用し,いろんな番組に出ているみたいだし,新海作品で最高の上映館数だとのこと。公開されるやいなや,興行成績が話題になるなど大ヒット。周りが盛り上がると冷める質の私。そもそも,今回はなにやら男子と女子が入れ替わるという『転校生』的なネタで,しかも主人公は高校生ということで,それほど過度な期待はしていなかった。新海作品は細田 守のようなストーリー展開や非現実的なファンタジーが売りではなく,ストーリーに重きを置かず,映像(+音響はミソ)が魅力だと思っていたから。

しかし,ふたを開けてみれば,私にとって今年一番の作品になりました。いろいろ考えさせられることもあるけど,ともかく観ている間中がっしりと心をわしづかみにされ,観終わった後放心状態にさせられたのは事実。ともかく,「すごかった」とかではなく「やられた」という感じ。よく考えると,楽しみにしていたわりにはちゃんとした予告編は観ていなかった気がする。高校生の男女が入れ替わるという設定と,男の子が東京で,女の子がどこかの田舎で生活しているということは把握していたが,ポスターにもある隕石がなんなのか,特に考えもしていなかった。

今回の作品は,ネタバレなしに作品について詳細に語ることは難しいので,ご注意ください。

そう,まず単純に男女が入れ替わるのではなく,そこに時間的な問題も関わってくるというところを知らなかったとことがよかったこと。そしてそのおかげで素直に驚けた。この辺については,パンフレットに寄稿している氷川竜介氏の文章がうまく論じています。彼は明治大学の教授でアニメ研究者。『細田 守の世界』という著書もあるそうだ。彼がいうには,新海氏には大林宣彦の影響があるのだという。『転校生』との類似は誰もが思い浮かべるが,それに加え『時をかける少女』。そして,『時をかける少女』をアニメ化した細田との同時代的関連性も指摘する。もちろん,往年の『君の名は』も名前だけでなく男女関係のエッセンスも継承しているし,新海作品の得意とする宇宙ものも関わる。

そういえば,以前も読書日記で紹介したが,映画研究者の加藤幹郎は2010年の著書『表象と批評――映画・アニメーション・漫画』の表紙を『秒速5センチメートル』から東京の遠景を借りてきている。本書のなかの新海論は「風景の実存――新海誠のアニメーション映画におけるクラウドスケイプ」というものであるが,本作でも冒頭の隕石が雲を突き抜けていくシーンなど,加藤氏を喜ばせる演出がなされている。

本作のまた新しいアニメ表現の一つが,定点観測であろう。実写映画でよく見られるものだが,遠景の風景を定点観測し,早回しで再生するというもの。都市の風景では,建築物は変わらずに,太陽の位置と影,人や車や鉄道の動き,そういったものが一日のリズムを持って高速で移動する。自然の風景では雲の流れ,木々のざわめき,潮の満ち引き(本作では出てこないが)の一日のリズムを一瞬で感じることのできる動画。これが主要なところで何度か登場する。

『転校生』ものはけっこう難しい表現だと思う。大林宣彦の作品もそれが完璧に描かれていたというとそうではない。大抵は,男性の体に入ってしまった女性は,自分自身である以上にめそめそしてなよなよしくなる。もちろん反対も然り。まあ,ありえないフィクションである以上現実はこうなのだとはいえない。ひょっとしてそういう状況になると,普段意識していない男女差がより強調されてしまうかもしれない。

本作の場合はかなりその辺を意識しているように思う。しかし,やはり過去の作品の表現からは逃れられないものだ。本作では意識してかしていないか,主人公2人にはそれぞれ男女の友人がいて,男らしさ,女らしさはかれら友人が体現していて,主人公2人はけっこう中性的な存在である。それが,入れ替わるとやはり男らしさ,女らしさを演じてしまい,それが逆に周囲には魅力的にみえてしまうのだ。よく考えると,主人公2人の素の姿はあまりしっかり描かれていない。

風景描写に関しては,やはり東京の描き方は素晴らしい。まさにフェザーストン『消費文化とポストモダニズム』で呼んだ「日常生活の審美化」だ。写真家,本城直季が行った現実風景をジオラマのような虚構の風景のように撮影する技術も同じようなものだが,日常風景をより細密に写実的に描きながら,描かれてしまうはずの汚いものが失われ,風景全体が美しく見えてしまうのだ。さて,一方で岐阜県飛騨地方をイメージしたという架空の田舎町「糸守町」はパンフレットによれば,より一般的な田舎町を描いたとされている。コンビニやカフェはなく,若者たちは成長すると町から出て行くというイメージ。主人公の宮水三葉はこの町の神社の娘で田舎の伝統の担い手になっている。私は過疎化のすすむ田舎町を訪れたりしたことはないが,映画で描かれる風景はけっこう活気があるようにみえる。少なくともお祭りには若い人たちも多く訪れていて,過疎化がすすむ田舎町のようには思えない。この町に具体性を持たせないというのは,具体的なモデルがあるとアニメ巡礼などで迷惑をかけるということもあるし,ストーリー上は隕石が落ちて壊滅してしまうという負のイメージがつきまというからだが,やはり抽象化された田園風景という感が否めない。

さて,今回私は本作が最寄りの映画館で上映されていたにもかかわらず,立川まで来たのは理由がある。本作は爆音上映会として上映されていたからだ。爆音上映会とは元々吉祥寺のバウスシアターで行われていたもので,音楽映画やアクション映画の再映で行われていたように記憶している。2度目で観るのであれば,ストーリーなど細かいことは気にせずに音楽や効果音を爆音で楽しむという趣旨。それがいつから立川で引き継がれたかは分からないが,バウスシアターが閉館してしまった今,体験するのはここしかない。私自身,バウスシアターでは未経験で,立川でも初。しかも,本作は新作なので,どの程度爆音なのか。やはり実際はそれほど爆音ではなかったように思う。といっても,普段がどの程度の音量なのかも分からないのだが。でも,隕石が落下するシーンは地響きが確かにした。期待したほどではなかったが,いい音響のスクリーンで本作を観られたのはよかったと思う。

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コメント

なかなか面白くは観ましたが、大ヒットのニュースを幾つも目にしてからの鑑賞であり期待値を高くしていたせいなのか、ナルセさんほどには惹き込まれませんでした。
それにしても、いきなり爆音でご覧になるとは。
まだ体験したことがないので、もし爆音で観られるならもう一度行きたいものです。
立川シネマシティが爆音上映をやっているのは、ちょっと前に東京在住のマイミクさんからの情報で知っていましたが、頑張ってますね。続けていってくれますように。

投稿: 岡山のTOM | 2016年9月20日 (火) 02時50分

TOMさん

まあ,確かに主人公が高校生だったせいか,主人公に感情移入するってのはあまりありませんでしたね。
ところで書き忘れましたが,長澤まさみの声は,奥寺先輩以外にありえないと思って聞いていたのですが,まさみさんの声には聞こえませんでした。声優でもさすが女優なんですね。

投稿: ナルセ | 2016年9月22日 (木) 07時37分

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