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Remaking Human Geography

Kobayashi,A. and Mackenzie, S. eds. 1989. Remaking Human Geography. Winchestre: Union Hyman, 273p.

なんとなく懐古主義で、地理学でかつて出た論文集を少しずつ買い集め、読んでいこうと思っている。値段との相談もあるが、まず購入したのが本書と『Horizens in Human Geography』。本書は大学できちんと読んだ記憶はないが、編者であるコバヤシの書いた9章だけは強烈に記憶にあって、風景・景観論の重要文献として再読する必要を感じていた。

改めて、序章から読んでみると、この論文集がきちんと私の記憶に残っていた理由がわかった。この本は理論的、方法論的、認識論的な一貫性を持って編集されていて、寄稿者たちも編者の意図に沿った形で書かれた文章を寄せている、という理想的な論文集だからである。日本の地理学ではこういう論文集は皆無といってよい。編者が2人とも女性研究者だというのも本書の大きな魅力の一つである。

さて、その理論的云々については、要するに1970年前後に英語圏地理学の大きな転換点となって2つの潮流である、人文主義地理学とマルクス主義地理学が、1980年代になると主にマルクス主義の立場から人文主義地理学に対する批判がなされるわけだが、1980年代後半になると単なる批判ではなく、それを乗り越えて新しい段階へということになり、本書はそういう文脈で編集されている。

人文主義とマルクス主義は、この頃ギデンズの構造化理論の影響もあり、主意主義と決定論という別の二元論としても語られるようになる。また別の表現でいえば、行為主体と構造という言い方もあり、本書でもそちらに重点を置いた論考もあります。日本でも1993年に雑誌『地理』で「社会地理学とその周辺」という特集を組み、私も記録係として参加した座談会などもあり、この雑誌がアカデミアにも多少協力していた時代でもあった。

本書の内容、および執筆者は以下の通りである。

序章:最近の社会地理学における人文主義と史的唯物論(コバヤシ, A.・マッケンジー, S.)

第一部:問題

1 リストラクチュアリングにおける社会的・経済的要請:地理学的視角(ブラッドバリィ, J.)

2 仕事と生活の関係を再構築する:環境的行為主体としての女性、地理学分析としてのフェミニズム(マッケンジー, S.)

3 理論、仮説、説明と行為:都市計画の事例(ウルフ, J. M.)

4 人文地理学における統合:史的唯物論の展開(ハリス, R.)

第二部:方法

5 定量的技術と人文主義-史的唯物論の視角(プラット, G.)

6 史的唯物論の理論と測定(フット, S.・リグビィ, D.・ウェバー, M.)

7 経済地理学における構造と主体、そして経済的価値の理論(バーンズ, T.)

8 反応的方法、地理的想像力、そして景観の研究(レルフ, E.)

9 弁証法的景観の批判(コバヤシ, A.)

第三部:方向性

10 人文主義の歴史的考察、地理学における史的唯物論(コスグローヴ, D.)

11 地理学における人文主義と史的唯物論の対話(セイヤー, A.)

12 人文地理学における理論に対する断片、一貫性、限界(レイ, D.)

これまた、読み終わってから随分と時間が経ってしまったので、詳細な説明はできませんが、印象深かった章を中心に書いていきましょう。

1章は、ドリーン・マッシィが『空間的分業』を出版したのが1984年だったと思うが、リストラクチュアリングという言葉が英国ではやったのもこの時期です。日本ではその後バブルの崩壊とともに、非常に否定的な意味で「リストラ」って言葉が流行りましたが。ちなみに、1章の著者は本書の出版を見ることなく亡くなってしまったらしく、冒頭に置かれているようです。

本書への寄稿者に女性が多いのは偶然ではない。もちろん、編者が女性ということもあるが、地理学における人文主義とマルクス主義が成熟するなかで欠けていたのがフェミニズムの視点であり、地理学でフェミニズムが盛り上がりを見せるようになったのも1980年代であり、本書ではフェミニズムが前面に強調されているわけではないが、重要である。まず、2章は編者の1人によるものだが、カナダでの調査事例に基づいた、家庭で仕事をする女性(子守から内職まで)の実態を報告している。

3章は打って変わって理論的な短い文章で、都市計画分野における人文主義-唯物論論争を取り上げている。まあ、都市計画をめぐっては、上からか下からか、専門家と地域住民、理論と実践など、最近は特に後者の重要性が強調されていますね。4章は「人文地理学の統合」なんてタイトルだから理論的なものかと思いきや、またこちらもカナダのキングストンが登場し、その新左翼運動の事例を通して考えるという内容。

第二部「方法」の冒頭論文である5章は、2004年に来日してお会いしたこともあるプラットさんの論文。人文主義もマルクス主義もどちらかというと、計量地理学に相対する形で質的な分析が強調されていたが、その両者における「量的技術」を取り上げるというのが彼女らしい。しかも、「技術」といいながらその根本思想に関わるもので、「原子論」や「還元」といった議論が展開されています。6章も続いて、史的唯物論における理論と計測ということで、カナダの産業、米国の鉄鋼業を事例に経済的な指標の計測を行っています。

7章は当時経済地理学における思想的な研究を進めていたバーンズによるもの。まさに「構造と主体」の問題をタイトルに掲げています。節のタイトルを列挙すると、「マルクスによる価値の労働理論」、「新古典派経済学」、「建築的および文脈的アプローチ」、「スラッファの無価値理論」と続く。スラッファという経済学者は知らなかった。

8章は『場所の現象学』などの著者として知られるレルフによる景観に関する論考。正直、邦訳されている2冊以外にきちんとレルフの文章を読んだことがないが、この章はかなり印象が違った。レルフの景観論は、美術史的な基礎を持つコスグローヴに対して、現象学に依拠する没歴史的な考えをするものだと思っていたが、この章では、コスグローヴも好んで取り上げるラスキンのほか、ハイデガーやヴィトゲンシュタインなども取り上げられる。芸術についてや、地理的想像力、「見る方法」などコスグローヴ的な用語が登場します。決してわかりやすい文章ではありませんが、新鮮でした。

9章が当初私の目当てだった、コバヤシによる論考。私は地理学における景観に関する理論的な論文をいくつか翻訳して本にできたらいいなあと密かに考えていますが、この文章を再読して強くその中に含みたいと思った次第。「弁証法的景観批判」というタイトルは、サルトルの『弁証法的理性批判』からきている。このサルトルのタイトルはもちろんカントの『純粋理性批判』からきているわけだが、その思想の系譜で景観も考える必要があるという短いながら、これまで地理学における景観論とはまた違った観点で非常に刺激的。

「方向性」と題された第三部に入りますが、10章も引き続き景観研究者のコスグローヴの執筆章。でも、景観がテーマではありません。コスグローヴはルネサンス期のイタリア研究者でもありますが、「人文主義」という概念の歴史的考察。なぜか1970年代の現象学に依拠した人文地理学に「人文主義」という呼称が使われたわけですが、そもそも「humanism」という言葉はウィキペディアによれば、「ルネサンス期において、ギリシア・ローマの古典文芸や聖書原典の研究を元に、神や人間の本質を考察した知識人のこと。」と説明される。フランス人が多かったことから「ユマニスト」とカナ表記されます。まあ、「人間の本質を考察する」という点からすれば、1970年代の人文主義地理学に当てはまりそうですが、時代的な特異性を主張していて面白い。

11章は地理学者でありながら『社会科学における方法』という主著を持つセイヤーの文章。まだ、この本は読んでいませんが、最近彼の文章を読む機会が多い(最近の文章ではありませんが)。どの論文も哲学的考察が深くて難しいが刺激的。本書はそろそろまとめに入っていて、このセイヤーの章と12章のレイによる章が総括的な内容になっています。抽象的な議論が中心で、ちょっと内容を詳しく思い出せません。人文主義やマルクス主義の盛り上がりを側で見ていたセイヤーと、人文主義地理学を、トゥアンやレルフとは別のルーツから推し進めた社会地理学者であった当事者であるレイによる回顧というところが面白い。

編者たちによるあとがきなどはありませんが、本当によく編集されている論文集だと改めて思う。これは編者の力量によるところも大きいですが、やはり編者の求めに応じてこれだけの文章を寄せられる英語圏地理学の層の厚さを改めて実感する読書でした。

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