日本地名学を学ぶ人のために
吉田金彦・糸井通浩編 2004. 『日本地名学を学ぶ人のために』世界思想社,350p.,2300円.
私が地名研究を始めたということは何度か書いているが,今年投稿した1本目の論文はすんなりリジェクトされた。まあ,そのコメントには反論したい気持ちもあったが,リジェクトという判断はある意味正しいといえる。ちょっと心を入れ替えて,いくつか地名研究の基本文献を読むことにした。随分前に読んではいたのだが,関戸明子氏の1988年の論文を読み返すと,彼女が出席した場で報告した内容が恥ずかしくなった。もう30年前の論文なのにとても鋭いレビュー論文だったのだ。
その後の地名研究をまとめたものとしては本書が必須文献になる。関戸氏は人文地理学会編の『人文地理学事典』でも「地名」の項目を執筆していて,「さらに詳しく知るための文献」に本書を挙げている。ただし,編者は言語学者であり,執筆者の多くも言語学者である。鏡味明克氏は言語学者であるが,父親の鏡味完二氏が著名な地名研究者の地理学者である。
本書の執筆者紹介で「地理学」とあるのは,片平博文氏と木下 良氏のみ。そして,以下の目次でもわかるように,片平氏は地形との関係で執筆し,木下氏は交通地名を執筆している。ということで,地理学者の本書への貢献は非常に限定的である。
序章 地名学への誘い
第一節 「地名学」という学問:吉田金彦
第二節 日本地名学の魅力――記・紀・万葉地名の転訛・改字例を考える:池田末則
第一章 地名の成り立ち
第一節 地形と地名――人々の空間認識:片平博文
第二節 自然地名とその認識:片平博文
第三節 文化地名:鏡味明克
第四節 交通地名:木下 良
第五節 地名の歴史:鏡味明克
第二章 地名学の方法
第一節 日本語の歴史と地名研究:糸井通浩
第二節 地名研究の歴史と研究文献:綱本逸雄
第三節 古代地名と語源研究:吉田金彦
第三章 地名に関する問題と課題
第一節 山岳・河川等の名:山口 均
第二節 大・小の字(あざ)名:岡田 功
第三節 国・郡・郷(保・庄など)の行政地名:辰巳幸司
第四節 方言と地名――地域人の空間認識:真田信治
第五節 地名の由来・伝説等:明川忠夫
第六節 音読みの地名・訓読みの地名:乾 善彦
第七節 日本の中のアイヌ語地名:村崎恭子
第八節 日本の中のコリア語の地名:清瀬義三郎則府
第四章 地名学の役割
第一節 地名研究で見えてくるもの――信仰地名の変容:金田久璋
第二節 現代の地名に関する課題――地名の保存:安藤伸重
第三節 隣接の諸学を包摂する地名学――地名学の実践と発見の一例:吉田金彦
第四節 地名研究の将来――自治体史の中での位置付け:金田久璋
終章 地名研究の基本文献・資料:梅山秀幸・綱本逸雄
序章の第一節で,「地名学の二大先達」と題し,民俗学柳田国男『地名の研究』と歴史地理学者吉田東伍『大日本地名辞書』が挙げられている。しかし,本書で参照されるのは地理学でいえば山口恵一郎などの1980年代の文献までで,民俗学に関してはより近年の民族分類的な研究は登場しない。
一方で,文字歴史の分野について充実しているのが本書の特徴。『古事記』『日本書紀』『万葉集』に始まり,『風土記』,そして『和名抄』については今回知ることが多かった。近世以降についても「地名研究に力を注いだ最初の人は新井白石であろう」(p.117)と述べ,本居宣長の『地名字音転用例』,明治政府の地名に関する資料の作成など,知らない史実も豊富に掲載されている。
そして,私にとって何よりも収穫だったのが第三章第三節の「国・郡・郷(保・庄など)の行政地名」である。また,吉田東伍『大日本地名辞典』のなかの「附録 行政区改正論」についても知識を得た。幸い,非常勤先の大学に『大日本地名辞典』があり,早速該当箇所をコピーしてきた。千田 稔『地名の巨人 吉田東伍』にも該当箇所を見つけたので,再読したい。
世界思想社のこのシリーズは初めて読んだが,なかなかよく編集されています。文字通り,多くを学ばせてもらって,論文を再投稿するまでに読まなくてはいけないものがまだまだある。
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