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2017年5月

日本地名学を学ぶ人のために

吉田金彦・糸井通浩編 2004. 『日本地名学を学ぶ人のために』世界思想社,350p.2300円.

 

私が地名研究を始めたということは何度か書いているが,今年投稿した1本目の論文はすんなりリジェクトされた。まあ,そのコメントには反論したい気持ちもあったが,リジェクトという判断はある意味正しいといえる。ちょっと心を入れ替えて,いくつか地名研究の基本文献を読むことにした。随分前に読んではいたのだが,関戸明子氏の1988年の論文を読み返すと,彼女が出席した場で報告した内容が恥ずかしくなった。もう30年前の論文なのにとても鋭いレビュー論文だったのだ。

その後の地名研究をまとめたものとしては本書が必須文献になる。関戸氏は人文地理学会編の『人文地理学事典』でも「地名」の項目を執筆していて,「さらに詳しく知るための文献」に本書を挙げている。ただし,編者は言語学者であり,執筆者の多くも言語学者である。鏡味明克氏は言語学者であるが,父親の鏡味完二氏が著名な地名研究者の地理学者である。

本書の執筆者紹介で「地理学」とあるのは,片平博文氏と木下 良氏のみ。そして,以下の目次でもわかるように,片平氏は地形との関係で執筆し,木下氏は交通地名を執筆している。ということで,地理学者の本書への貢献は非常に限定的である。

序章 地名学への誘い
 第一節 「地名学」という学問:吉田金彦
 第二節 日本地名学の魅力――記・紀・万葉地名の転訛・改字例を考える:池田末則
第一章 地名の成り立ち
 第一節 地形と地名――人々の空間認識:片平博文
 第二節 自然地名とその認識:片平博文
 第三節 文化地名:鏡味明克
 第四節 交通地名:木下 良
 第五節 地名の歴史:鏡味明克
第二章 地名学の方法
 第一節 日本語の歴史と地名研究:糸井通浩
 第二節 地名研究の歴史と研究文献:綱本逸雄
 第三節 古代地名と語源研究:吉田金彦
第三章 地名に関する問題と課題
 第一節 山岳・河川等の名:山口 均
 第二節 大・小の字(あざ)名:岡田 功
 第三節 国・郡・郷(保・庄など)の行政地名:辰巳幸司
 第四節 方言と地名――地域人の空間認識:真田信治
 第五節 地名の由来・伝説等:明川忠夫
 第六節 音読みの地名・訓読みの地名:乾 善彦
 第七節 日本の中のアイヌ語地名:村崎恭子
 第八節 日本の中のコリア語の地名:清瀬義三郎則府
第四章 地名学の役割
 第一節 地名研究で見えてくるもの――信仰地名の変容:金田久璋
 第二節 現代の地名に関する課題――地名の保存:安藤伸重
 第三節 隣接の諸学を包摂する地名学――地名学の実践と発見の一例:吉田金彦
 第四節 地名研究の将来――自治体史の中での位置付け:金田久璋
終章 地名研究の基本文献・資料:梅山秀幸・綱本逸雄

序章の第一節で,「地名学の二大先達」と題し,民俗学柳田国男『地名の研究』と歴史地理学者吉田東伍『大日本地名辞書』が挙げられている。しかし,本書で参照されるのは地理学でいえば山口恵一郎などの1980年代の文献までで,民俗学に関してはより近年の民族分類的な研究は登場しない。

一方で,文字歴史の分野について充実しているのが本書の特徴。『古事記』『日本書紀』『万葉集』に始まり,『風土記』,そして『和名抄』については今回知ることが多かった。近世以降についても「地名研究に力を注いだ最初の人は新井白石であろう」(p.117)と述べ,本居宣長の『地名字音転用例』,明治政府の地名に関する資料の作成など,知らない史実も豊富に掲載されている。

そして,私にとって何よりも収穫だったのが第三章第三節の「国・郡・郷(保・庄など)の行政地名」である。また,吉田東伍『大日本地名辞典』のなかの「附録 行政区改正論」についても知識を得た。幸い,非常勤先の大学に『大日本地名辞典』があり,早速該当箇所をコピーしてきた。千田 稔『地名の巨人 吉田東伍』にも該当箇所を見つけたので,再読したい。

世界思想社のこのシリーズは初めて読んだが,なかなかよく編集されています。文字通り,多くを学ばせてもらって,論文を再投稿するまでに読まなくてはいけないものがまだまだある。

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絵はがきの旅・歴史の旅

中川浩一 1990. 『絵はがきの旅・歴史の旅』原書房,208p.2300円.

 

中川浩一さんは私の敬愛する地理学者の一人。結局生前にお会いすることもなかったし,なんらかのコンタクトをとることもなかった。研究者には文章を読んで抱く人物像と実際に会った時の印象とが異なる人がいますが,中川さんはどうだったのか。

ともかく,私のなかでの中川さんは研究という営為を本当に楽しんでいるようで,その発想も自由で豊かである。以前,「先駆的な大衆文化地理学者,中川浩一」のような文章を書こうと思っていて,その頃入手できる彼の著作は手元に置いておこうと購入した一冊。

第一部
1
 ロマンチック街道点描
2
 「うたかたの記」の湖岸をめぐる
3
 「ローレライ」と「ハイデルベルク」をめぐる
4
 「四つの署名」捜索の跡づけ
5 『倫敦塔』実地検証
6 見落とされているモナコ
7 ソ連のシルクロードをたどる
第二部
1 エアラインとエアポート
2 バスのあれこれ
3 ホテルあれこれ
4 駅と駅前旅館
5 海水浴の歴史をたどる
6 青函連絡船回想
* 絵はがきことはじめ
あとがき

中川さんは,地理学者のなかでは珍しく一般読者を対象とした出版界でも活躍した一人。本書は地理学専門書も多く出している出版社からのものだが,一般読者を対象としたもの。書名からすると,素材は絵はがきを中心としたもののように思われるが,学術書のように対象やテーマを限定して文章が展開されるわけではない。非常にゆるい感じの旅にまつわるエッセイだ。とはいながら,古典的な文学作品も取り上げられ,時には地理学者らしい地図を使った綿密な歴史考証もあったりする。

第二部はまたまたマニアックで面白い。特に航空関係の仕事をしている私には「エアラインとエアポート」という文章が楽しめた。また,日本人の海外渡航が限定されている時期の体験記は貴重である。そういえば,私が写真研究で対象としている田沼武能氏もその時期から海外旅行をしている。

エッセイでありながら,アカデミックな研究としても重要な記述が散りばめられている本である。改めて,中川浩一氏の研究史をたどってみたいと思わせる読書だった。

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自然の人間的歴史

モスコヴィッシ, S.著,大津真作訳 1988. 『自然の人間的歴史 上・下』法政大学出版局,751p.39003500円.

 

自然に関する文献研究は細々と続けています。調布に行くときによく立ち寄る古書店で,上下で1000円と破格の値段で出ていたので,迷わず購入。モスコヴィッシの著書は『自然と社会のエコロジー』など知ってはいたが,読むのは初めて。法政大学出版局で上下巻分かれているのに,通しページになっているのは初めて。さすがに読むのは時間がかかりましたが得るものが多い読書でした。

自然の問題
第一部 自然過程と自然状態の継起
 第一章 自然,人間の術
 第二章 労働の創造
 第三章 自然状態の継起(
I
 第四章 自然状態の継起(II
 第五章 自然分割
 第六章 資源の変換
第二部 自然カテゴリーと自然系学問分野の進化
その一 機械的自然と自然的カテゴリーの構造
 第一章 自然的カテゴリーの形成と自然的カテゴリーに属する学問の歴史の統一性
 第二章 技術の独創性
 第三章 技術の期限
 第四章 哲学革命
 第五章 機械の宇宙から宇宙の機械へ(
A 機械哲学者)
 第六章 機械の宇宙から宇宙の機械へ(
B 機械的自然)
その二 科学,発明の仕事,自然の進歩
 第七章 冷たい宇宙と熱い宇宙
 第八章 科学革命の前ぶれ
 第九章 結果の科学
 第十章 自然の人間的歴史のなかで諸科学がもたらした変革
第三部 社会と自然の人間的歴史
 第一章 手と頭脳――自然分割の社会的表現
 第二章 社会の統治と自然の征服
 第三章 事物の開発
まとめ

読み始めは,すっと頭に入ってこなくて,相性の合わない文体と感じましたが,最近地理学でも話題の「物質」に関する議論が続いたので,読み続けました。自然と物質の議論は,エンゲルスの『自然の弁証法』なども登場し,著者が基本的にはマルクス主義だと理解しながら読み進める。時折マルクスが登場するものの,どっぷりとマルクス主義一辺倒ではない感じがします。

第一部はマルクス主義的な観点から労働に関する議論が続きます。労働に関する議論は,後の「技術」に関する議論につながっていくことが理解できますが,私がこれまで読んだマルクス主義的な労働論とは少し観点が違くて読みにくい。少し我慢して読み続けると第二部で科学史的な内容に移行していきます。

科学史の本は結構読んでいる私ですが,本書の特徴は第一部との関連で,「技術」に関する記述が多いということです。もともとの始まりから科学と技術は切り離されていなかったという認識から,人間の知の歴史において技術の果たす役割が大きいということになるのでしょうか。科学史というと著名な哲学者,科学者がいてわかりやすいわけですが,技術史となると難しそうですが,本書を頼りに今後理解を深めていきたい分野です。

第三部は科学史を社会史の一部として理解するという近年ではよくあるとらえ方ですが,原著の出版は1968年であり,先駆的な試みなのかもしれません。独特の論の展開でなかなか刺激的でした。また機会があれば,同じ著者の『自然と社会のエコロジー』も読んでみたいと思います。

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旅のエクリチュール

石川美子 2000. 『旅のエクリチュール』白水社,251p.2400円.

 

『青のパティニール――最初の風景画家』という著作が気になっている本書の著者。ちょっと高価でまだ読んでいませんが,本書が少し安かったので購入。本書のあとがきにもロラン・バルトの名前が登場するが,最近いくつかの翻訳をしているのもこの人です。

私は写真家の研究もしているが,世界中に撮影旅行をする写真家が旅行記のような写真集を出版していて,そういう作品の分析に役立つかと読み始めた。以下に示した目次だけでは分かりませんが,詳細目次を読んだだけでも,ヘロドトスからマルコ・ポーロ,『ガリヴァー旅行記』などが登場し,意外にも今私が某大学で行っている講義内容に関して学ぶことが多かった読書でした。

序章 浦島太郎と旅文学
第一章 いにしえの旅人たち
第二章 風景の創造
第三章 旅行記をめぐって
第四章 旅の時間
第五章 異国へのいざない
第六章 虚構の旅路
第七章 おそるべき旅日記
終章 最後の書物

著者の専門は美術史家と思っていましたが,文学が専門でしかも,自伝に関する著書があるそうです。もちろん,ヨーロッパ文学ということになりますが,冒頭で触れている浦島太郎の話がとても細かくて,まあヨーロッパの文学史を研究している人であれば,日本文学史に関しても守備範囲ということになるのかもしれませんが,冒頭から「この人只者ではない」と思わせる導入でした。

決して文字数の多い本ではありませんが,非常に学ぶことが多く,自分の浅はかな講義内容を恥じてしまう次第。まあ,私の学術的関心はほとんどが独学に近いものですが,中途半端な独学ではなかなかある程度の域には達しないということでしょうか。

さて,内容的には第一章で古代から始まります。そして,中世に関しても言及していますが,ヨーロッパでも昔から物見遊山てきな旅行が多かったこと,そして旅行記の書き方も多くは近代以降と変わりないことが確認されます。そして,風景画家研究もある著者が強調するのが「風景の発見」的な議論です。近代期に風景が発見される以前は,旅人は旅の道中の景色や,美しい自然風景のようなものには全く関心がなく,そういうものを旅行記に書き留めることはなかったといいます。

そしてイタリア。私の理解ではデューラーなど近代初期の画家は必ずイタリア旅行をして絵画の技術を学んだといいますが,当時はイタリアに対するあこがれというのはさほど大きくないと著者はいいます。かといって,旅行先としてイタリアが選択されなかったわけではないというのが面白いですね。また,ヨーロッパにおける旅行先としての「東方」が時代によってその範囲が変化し,また必ずしも時代が下るごとに東へ拡張するわけでもないというのも面白いです。

本書の主題は徐々に旅行記の書き方そのものに集中していきます。まさに本書のタイトルについてですが,出版されるすべての旅行記が基本的には,旅先で書き留められる時点から読者を意識していて,最終的にどこまでが素朴な旅の記録なのか,どこからが演出なのか,虚構なのかがはっきりしないというわけです。モンテーニュの『旅日記』など,読者を意識しない旅の記録がいくつか残されていますが,そういうものの比較から,著者は実証しようとしています。そういう意味では,本書の考証は非常に科学的で,それでいながら,文学研究者らしい読みやすい文体というのが魅力的な本です。

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ミクロコスモス

平井 浩編 2010. 『ミクロコスモス 初期近代精神史研究 第1集』月曜社,365p.3,000円.

 

本書は雑誌のような体裁をとっているが,その後継続的に出版されているわけではなく,日本では珍しい論文集という扱いにして,読書日記で取り上げることにした。私の専門的研究は現代だが,そのための基礎的な知識の蓄積という側面と,個人的な趣味という側面から,主に西洋史になるが歴史書の読書をしている。非常勤先の講義ではそんな知識を活用したりもしているが,かなり以前から本書の編者が主宰するbibliotheca hermeticaというウェブサイトの存在は知っていた。

一度連絡を取ろうと思ったこともあるが,プロフィールを見ると日本からヨーロッパにわたってそのままヨーロッパで研究活動をしているということを知り,恐れ多くて趣味レベルで話はできないなと断念した次第。その後,2002年の雑誌『思想』に平井 浩「ルネサンスの種子の理論――中世哲学と近代科学をつなぐミッシング・リンク」という論文が掲載された。その時に掲載された略歴には「1967年生。リール第三大学PhD。ロンドン大学ウェルカム医学史研究所。ルネサンス自然哲学。」とある。

その論文を興味深く読み,ヨーロッパ史も新しい段階に入ったな,と素人ながら感じた。歴史書を読むといっても私の場合はもっぱら日本語で,翻訳されたものも多かった。また,雑誌論文というよりは書籍化されたもの,しかも印刷数の少ない高価なものではなく,一般の書店にも出回る比較的安価なものだった。当然,翻訳されるのはビッグネームの歴史家の作品であり,取り上げられる歴史的人物も日本である程度名の通ったものが多かった。マニアックなところといっても,フランセス・イエイツくらいだが,もちろん彼女もその作品の多くが翻訳されているという意味では,日本ではポピュラーな歴史家だ。

しかし,それ以降平井 浩さんの名前はあまり見かけなくなる。本書が出たのが『思想』論文から8年後だったので,また驚いたのだ。そして,本書を皮切りに,平井 浩氏によって勁草書房から,bibliotheca hermetica叢書の刊行も続いています。なかなかその動向に追い付いていませんが,ワクワクします。

さて,本書ですが,日本人による10編の論文が寄稿され,2本の翻訳が掲載されています。

 

論文と研究ノート
I.
生命と物質
記号の詩学――パラケルススの「微」の理論:菊地原洋平
ルネサンスにおける世界精気と第五精髄の概念――ジョゼフ・デュシェーヌの物質理論:平井 浩
II.
空間の表象とコスモス
画家コペルニクスと「宇宙のシンメトリア」の概念――ルネサンスの芸術理論と宇宙論のはざまで:平岡隆二
百科全書的空間としてのルネサンス庭園:桑木野幸司
III.
ルドルフ二世とその宮廷
アーヘン作《トルコ戦争の寓意》シリーズに見られるルドルフ二世の政治理念――《ハンガリーの解放》考察を通して:坂口さやか
ハプスブルク宮廷におけるディーとクーンラートのキリスト教カバラ思想:小川浩史
IV.
知の再構成と新哲学
伝統的コスモスの持続と多様性――イエスズ会における自然哲学と数学観:東 慎一郎
ニコラウス・ステノ,その生涯の素描――新哲学,バロック宮廷,宗教的危機:山田俊弘
翻訳
初期近代の哲学的世界観,神秘学,神智学における光シンボル:クルト・ゴルトアマー(平井 浩訳)
光について:マルシリオ・フィチーノ(平井 浩訳)
動向紹介
ルネサンスの建築史――ピタゴラス主義とコスモスの表象:桑木野幸司
ノストラダムス学術研究の動向:田窪勇人
ルネサンスの新しい身体観とアナトミア――西欧初期近代解剖学の研究動向:澤井 直

本書にも寄稿している山田俊弘さんは,17世紀ドイツの地理学者ヴァレニウスに関する論文もあり,私も引用したことがあります。bibliotheca hermetica叢書の最新刊は山田さんの著書で『ジオコスモスの変容――デカルトからライプニッツまでの地球論』だということで,必読ですな。

他にも物質とか,空間の表象とか,地理学的な興味を引くキーワードも多い。まあ,そんなことよりもやはり個々の論文の質が高く,また装丁も美しく(月曜社ってところがにくいですね),手元に置いておいて損はない一冊。

読書としては面白いが,自分もこの仲間に入って研究するとなるとハードルが高く感じてしまう。当然英語だけではない,ラテン語などを含む複数の言語,ましてや時代が時代ですから,そういうものの習得が必要。また,日本で手に入る資料ではとてもここまでのレベルにはならなそう。という意味でお金がかかりそうです。しかs,一方で興味深いのが,本書に掲載されている寄稿者リストには正規の大学教員がほとんどいないということです。大学院生は多いのですが,非常勤講師も幾人かいます。そういう意味でも,編者である平井 浩さんの力量がいかんなく発揮されている論文集というべきでしょうか。

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文化の概念

クラックホーン, C.・ケリー, W. H.著,難波紋吉訳 1949. 『文化の概念』創元社,93p.,60円.

クラックホーンは人類学者で,クローバーとの共著『文化』が有名だが,西川長夫氏が立命館大学の紀要を使って,ゼミ生たちに翻訳させた部分訳がある。本書の存在は神田孝治氏の論文に引用されていたので知ったが,Amazonの「ほしい物リスト」にいれておいて,比較的安価な商品が出品された段階で購入したもの。

第一部 緒論
第二部 説明的概念としての文化
第三部 叙述的概念としての文化
第四部 諸種の意味に於ける文化概念の効用性

本書の原著に関する書誌情報は詳しく載っていない。訳者の序文に,訳者が著者と19472月に会った際に手渡された論文の中にあった1編の論文を訳したのが本書だとのこと。本訳書も文庫版より一回り大きいくらいで100ページに満たないので,論文としては長いが単行本としては短い分量。

内容については詳細に思い出せないが,面白いのは本書が対話篇で構成されていること。4人の人類学者のほかに,経済学者,法律家,哲学者に心理学者,精神病学者,実業家が登場し,議論を交わすという展開になっています。もちろん,登場人物は架空です。

文化の概念については,近年その歴史的経緯の整理が進んでいるが,それらによれば,文化の概念を脱政治化し,学術用語として固定化することに人類学が大きく貢献したということになっており,本書も有体の文化概念が登場するものと想像したが,そうともいえない印象だけは残った。

幸い短い文章なので,文化概念についてきちんと検討する際に読み返したいと思う。

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久しぶり映画日記

以前のように映画のを観た日付もしっかり記録を取らなくなってしまい,1か月に1,2本になってしまったので,blogにかける頃には記憶も薄れてしまって,日付はかなり適当になっています。
 
2017年4月9日(日)
立川シネマシティ『わたしはダニエル・ブレイク
ケン・ローチ監督作品ということで,観に行きました。なんと,監督は私の母親と同い年のようです。80歳でもまだまだ現役ですね。『マイ・ネーム・イズ・ジョー』ってタイトルも1998年にありますが,本作も世間的には無名の個人をたたえる作品です。もちろん,フィクションではありますが。
もう上映が終了してしまった作品なので,いきなりネタバレですが,なかなか難しい作品。主人公が最後に亡くなってしまうという後味の悪さ。映画的な盛り上がりは一箇所ありますが,基本的には理不尽な日常を淡々と描く作品。何かが好転したと思うと,何かがうまくいかない,という社会の在り方をリアルに描きます。
2017年4月14日(金)
府中TOHOシネマ『パッセンジャー
TOHOシネマズの14(とうフォー)シネマズデーに休みを取ったということで選んだ作品。これぞというのはありませんでしたが,ジェニファー・ローレンスを観たかっただけ。地球から別の惑星へと移住が可能になった未来の話。とはいえ,その星までは何光年も離れているので,冬眠技術が発達し,冬眠状態で100年以上かけて移住するという設定。
なのに,主人公の男性は途中で目覚めてしまい,奮闘するというお話。最終的に,カプセルの中にいる女性に一目ぼれし,そのカプセルを故障させ,男女2人が宇宙船で過ごすという内容。まあ,設定は面白いけどそれ以上はかなり無理のある作品。ともかく,ジェニファーちゃんでなければ観るに堪えない映画。その分,彼女の身体的魅力(演技ではなく)は存分に味わえます。
2017年5月6日(土)
立川シネマシティ『カフェ・ソサエティ
連休中に1本は映画を観たいということで,家族で立川に行き,観ることにした。観たい映画はいくつかあったが,時間的制約のなか,ウディ・アレンの新作を選択。今回は若手俳優をキャストに選んでいますが,そのチョイスはいいですね。主人公はジェシー・アイゼンバーグ,相手役はクリステン・ステュワートとブレイク・ライブリー。個人的にはブレイク・ライブリーの出番がもっと多ければよかったけど。
ちなみに,二人の女性の名前がヴェロニカという設定になっている。「ふたりのベロニカ」といえば1991年のキェシロフスキ監督による名作。ウディ・アレンが特定の作品のオマージュを作るという話はあまり知りませんが,本作はそうなのでしょうか?まあ,もちろん作品自体の内容は違いますが,久しぶりに『ふたりのベロニカ』を観たくなりました。ウディ作品にしては普通のラブストーリーですね。もちろん,十分楽しめました。

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地名語源辞典

山中襄太 1968. 『地名語源辞典』校倉書房,458p..

最近私は地名の研究をしていると公言しているが,なかなか成果は出ていない。ただ,読書だけは進めていて,ふと見つけたのが本書。Amazonでさほど高価でなくあったので,早速購入。辞典というのは必要な項目を引くものだが,巻頭から通読した。私の蔵書にある辞典はそんなものばかりだ。ウィリアムズの『キイワード辞典』,クワインの『哲学事典』など。

まあ,辞典なので目次を載せてもしょうがないが,本書の場合には多少は意味があります。日本の地名のうちアイヌ語起源が少なくないというのは,金田一京介によって広められたというのはきちんと知りませんでしたが,本書はその影響下で,日本の地名を北海道だけ別だししています。附録もあったりします。

 

序論

一般の部

北海道の部

附録・アイヌ語地名対訳表

あとがき

 

私も蝦夷から北海道への歴史については最近多少なりとも勉強しているので,アイヌ語起源の地名が東北地方に広く分布しているのは知ってましたが,この著者は言語の伝播ということに関して,地理学者や一般の人とは違った発想をしているのが面白い。私たちはとかく,特に近代以前の物事の伝播は同心円的に拡散すると想定してしまいます。日本各地で地名がつけられた時期に,アイヌとの関係があった地域を想定すれば,それは東北のごく限られた地域だと思いがちですが,本書ではそういう思い込みはありません。

また,吉崎正松『都道府県名と国名の起源』(1985,古今書院)も同じ立場をとっていましたが,地名の漢字の多くは当て字であり,使用されている漢字の持つ意味が語源と関わりあうのは一部に過ぎないという認識は吉崎氏と同じです。とはいえ,読み方の方は日本語の意味を有すると考えていて,地名に関わる意味の有無というところに,本書は敏感です。そして,日本語の意味がおもいつかないような地名に関しては,アイヌ語を含めた多言語からの影響を想定する,という立場をとっています。なかには,聖書の記述やユダヤ教,キリスト教の教義が日本の地名に使われているという極端な説をとる文献も紹介しています。著者はそれらを鵜呑みにしているわけではありませんが,一方で多くの人がそういう学説を非常識として一掃してしまう傾向を戒めています。そういう多くの人が思いもしない発想から新たな発見があるという立場に立っています。

この著者がどういう立場の言語学者かは分かりませんが,本書の文面を読む限り,大学の教員ではなく,主流の学派に属しているわけではないようです。元々地名のみに関心があるというよりはひらすら「語源」に興味をもって文献を読み,資料を集めているような研究者のようですね。そういう意味でも学ぶことの多い読書でした。

 

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