« ミクロコスモス | トップページ | 自然の人間的歴史 »

旅のエクリチュール

石川美子 2000. 『旅のエクリチュール』白水社,251p.2400円.

 

『青のパティニール――最初の風景画家』という著作が気になっている本書の著者。ちょっと高価でまだ読んでいませんが,本書が少し安かったので購入。本書のあとがきにもロラン・バルトの名前が登場するが,最近いくつかの翻訳をしているのもこの人です。

私は写真家の研究もしているが,世界中に撮影旅行をする写真家が旅行記のような写真集を出版していて,そういう作品の分析に役立つかと読み始めた。以下に示した目次だけでは分かりませんが,詳細目次を読んだだけでも,ヘロドトスからマルコ・ポーロ,『ガリヴァー旅行記』などが登場し,意外にも今私が某大学で行っている講義内容に関して学ぶことが多かった読書でした。

序章 浦島太郎と旅文学
第一章 いにしえの旅人たち
第二章 風景の創造
第三章 旅行記をめぐって
第四章 旅の時間
第五章 異国へのいざない
第六章 虚構の旅路
第七章 おそるべき旅日記
終章 最後の書物

著者の専門は美術史家と思っていましたが,文学が専門でしかも,自伝に関する著書があるそうです。もちろん,ヨーロッパ文学ということになりますが,冒頭で触れている浦島太郎の話がとても細かくて,まあヨーロッパの文学史を研究している人であれば,日本文学史に関しても守備範囲ということになるのかもしれませんが,冒頭から「この人只者ではない」と思わせる導入でした。

決して文字数の多い本ではありませんが,非常に学ぶことが多く,自分の浅はかな講義内容を恥じてしまう次第。まあ,私の学術的関心はほとんどが独学に近いものですが,中途半端な独学ではなかなかある程度の域には達しないということでしょうか。

さて,内容的には第一章で古代から始まります。そして,中世に関しても言及していますが,ヨーロッパでも昔から物見遊山てきな旅行が多かったこと,そして旅行記の書き方も多くは近代以降と変わりないことが確認されます。そして,風景画家研究もある著者が強調するのが「風景の発見」的な議論です。近代期に風景が発見される以前は,旅人は旅の道中の景色や,美しい自然風景のようなものには全く関心がなく,そういうものを旅行記に書き留めることはなかったといいます。

そしてイタリア。私の理解ではデューラーなど近代初期の画家は必ずイタリア旅行をして絵画の技術を学んだといいますが,当時はイタリアに対するあこがれというのはさほど大きくないと著者はいいます。かといって,旅行先としてイタリアが選択されなかったわけではないというのが面白いですね。また,ヨーロッパにおける旅行先としての「東方」が時代によってその範囲が変化し,また必ずしも時代が下るごとに東へ拡張するわけでもないというのも面白いです。

本書の主題は徐々に旅行記の書き方そのものに集中していきます。まさに本書のタイトルについてですが,出版されるすべての旅行記が基本的には,旅先で書き留められる時点から読者を意識していて,最終的にどこまでが素朴な旅の記録なのか,どこからが演出なのか,虚構なのかがはっきりしないというわけです。モンテーニュの『旅日記』など,読者を意識しない旅の記録がいくつか残されていますが,そういうものの比較から,著者は実証しようとしています。そういう意味では,本書の考証は非常に科学的で,それでいながら,文学研究者らしい読みやすい文体というのが魅力的な本です。

|

« ミクロコスモス | トップページ | 自然の人間的歴史 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/218863/65316749

この記事へのトラックバック一覧です: 旅のエクリチュール:

« ミクロコスモス | トップページ | 自然の人間的歴史 »